Life 2



「はるかはやきもち屋さんだったのね」

「・・・・・・」

 ふわふわのワンピースに着替えてショールを羽織ると、とっくの前に脱がされて散
らかされていたドレスを拾い上げながらみちるはおっとりとそう言った。


「私はそんなに信用がないの」

「・・・・・・」

「日ごろの言動のつけだってわかっているけれど、やっぱり傷つくわ」

 にっこりと笑いながらみちるは優雅に言葉を投げつけてくる。しかもその一つ一つ
が的確にはるかの胸にぐっさぐっさと突き刺さるような角度で。


「・・・別に、みちるが僕のこと好きなのは知ってるし」

「そうかしら」

「ああ。ちゃんとわかってるよ。僕しか見えないんだろ」

「そうよ。それなのに、はるかはどうしてすぐに拗ねるの」

 どうしてはこっちの台詞だ。はるかのことが好きなのに、他の奴にあんなに親しげ
な仕草をして見せるなんて。はるかは先ほどみちるが腰かけていた椅子に座り込んで
膝を抱えた。何か窮屈。


「・・・普通は怒ると思う。あんな奴に、身体触らせるとか」

「未遂よ」

「僕が来たからでしょ。来てなかったら、絶対触ってたし。大体あいつ、ムカつくし」

 思い出したらまた腹が立ってきた。髪を掻きあげたみちるの後ろ姿と、そのすぐ真
後ろに突っ立っているあいつ。扉を開けた時にそんな状態だったんだから、はるかが
来る前には何をしていたことか。


「あの子は私の相手をしてくれていただけでしょう。それなのに、あんな乱暴なこと
して。腹を立てるのならあちらの方よ」


「・・・・・・」

 だったらやっぱりみちるが悪いんじゃないか。それなのに相手に怒って見せてるは
るかの方がよっぽどか良心的だと思う。


「・・・もういい」

 ドロドロしていたむかつきが、急に鎮まったみたいに感じて息を吐く。けれど、こ
の場合は昂ぶりが別の方向へ向いて行っただけだ。胸がぎゅっとねじれていきそう。


「僕が何で怒ってるのかなんて、みちるにはわかんないんだろ。だから、もういいし」

 僕のことが好きなんだろ。

 それなのに、何で平気な顔してるの。

 せめて僕の前だけでも、その、何でもないでしょって顔やめてよ。

 折りたたんでいた膝を投げ出して、踵を乗っけていた場所へ両手をついて見上げた
ら、みちるが愛しそうに笑うものだから、何だか目が合わせづらくなって視線をそら
した。そう、今は怒っているんだから。


「・・・・・・拗ね虫さん」

(虫じゃねぇ!)

「あなたを試そうとか、そう言うことをするつもりではなかったけれど。私が軽率だ
ったわ」


 いつもとはあべこべに、みちるが少しかがんでこちらをみつめてる。流れ落ちてい
きそうな髪の毛を肩のところで抑えながら。


「もうしないわ。だから、機嫌を直してほしいの」

「・・・・・・嫌だ」

「・・・でも、さっきだって、はるか怒ったまましたじゃない。それで治まったりし
ないの?」


「・・・・・・」

 したけど。めっちゃ盛ってましたけど。ワンピースの襟元の鎖骨に、当てつけのよ
うにくっきりとつけてやった赤い跡がちらりと覗いていた。

 何となく。嫌な予感がする。この場合、みちるに何かされるとかじゃない。問題が
あるとするならはるかの方。こうなると、はるかは中々素直になれない。「わかったよ」
って言って抱きしめたら、喧嘩なんてしなくて済むこと位は承知しているはずなのに。


 焦っていく気持ちとは裏腹に、次の言葉が見つからなくて、ぶすっとしたまま視線
を下へ落とした。ら。


「子どもみたい」

 ぷち。

 絶対今何か音がした、耳の後ろの方で。顔を上げると、みちるが相変わらず笑顔の
ままだから、黙り込むこともできなくなった。


「ああ、どうせ僕は子どもさ。だから絶対許してやるもんか」

 何だ、この捨て台詞は。

「・・・じゃあ、お家に帰っても喧嘩したままなのね」

「そうさ」

「ハグもキスもしないのね」

「・・・・・・そう、なる、なっ」

「それなら、ベッドも別々かしら」

「・・・・・・」

「寂しいけれど、はるかを怒らせてしまったのだから、仕方がないわね」

「・・・・・・・」

 どうやら、もしかしなくとも、完全に遊ばれているらしい。さっきまで笑顔を浮か
べていたはずのみちるは、わざとらしく眉を顰めてため息をついている。


「・・・どうしてむこうへ向くの」

「喧嘩中だろ」

 言えば言うだけ遊ばれると言うことはわかった。はるかが噛みついた分だけ、みち
るを楽しませて、結果、余計に腹が立つということも。そっぽ向くしかないじゃないか。


「・・・困ったわ」

 後ろへ立ったまま、みちるがそう呟く。また、笑っているんだろうな。そんなこと
を思ってはるかが唇を尖らせるぐらい、穏やかな声。


 それから、すぐそばでまた、微かに笑い声が零される。

 零れ落ちた声が髪をくすぐると、みちるの両手が、後ろからそっとはるかを抱きし
めた。


「・・・・・・」

 はるかみたいに力任せじゃない、包み込むような抱きしめ方に、反って固まってし
まった。


 唇が、髪を啄ばむ。手のひらが、頬を撫でる。意地を張るにしても、そっけないふ
りをするにしても、その感覚を振り払うことなんて出来ない。


 椅子についていた手を上げると、そのまま後ろへ倒れこみそうになる。背中に当た
る柔らかな膨らみを感じながら、みちるの腕に手のひらを這わせると、抱きしめる力
が少し、強くなった。


「・・・・・・大人だったらこんな風にはならないのかな」

 相手の行動に一々腹を立てたり。結局仲直りするのに遠回りしたり。そんなこと、
大人はしないのだろうか。


 だからって、子どものように率直に、気持ちを表すこともできないのに。

 どちらでもないはるかは、だからこんなにも不器用になってしまうのだろうか。

「もっと喧嘩になるかもしれないわ」

 呟きのような疑問に、みちるは静かに答えてくれたけれど。

「そうかな」

 好きな子に意地悪したくなったり。

 優しくしてもらいたくなったり。

 喧嘩したり。

 そんなこと、するのかな。

 多分もう子どもではなくて、だけど大人でもないはるかには、正解なんてわかりそ
うにない。


 ごめんね。困らせて。

 そう素直に言えたらいいのにって思ってしまう。

 何となく言いよどんで、少しばかりうな垂れていると、みちるの手のひらがはるか
の髪をそっと撫でた。


 心地よくて、安心する。ずっとそうしていて欲しくなるような手のひらの感覚に目
を閉じる。


 それから。

 大人でも、子どもでもないはるかは、少しだけ躊躇ってから、みちるの手が髪から
離れてしまう直前に、不恰好な早さで告げた。


「・・・もっと撫でてよ」 

 見上げたら、みちるがうれしそうに微笑んだ。



                        BACK  NEXT

inserted by FC2 system