好きだよ。3



「何か、久しぶりだね」

「本当」

 街中を歩きながら、何だか落ち着かなくてそう言った。

 みちると会うのが久しぶりってわけじゃない。学校に行けば会えるわけだし。楽し
くも何ともないけどお仕事があれば、やっぱり会えるし。(みちるは学校でするの恥
ずかしがるけど)キスだって普通にしてるし。そう言うんじゃなくて。


(デートするの、久しぶりかも)

 制服のままだけど。でも、二人で約束して、買い物して、お茶して。また歩いて。
そんなことするのは本当に久しぶりで舞い上がってしまいそうだ。


「あ、CD買いたいんだけど」

 浮足立ったままだったから、何にも考えずに急に進行方向を変えた。

「あっ」

 ら、みちるがびっくりしたような声を上げて、それと一緒に腕に軽い衝撃が走る。

「ご、ごめん・・・」

 隣を歩いていたみちるが、横切ろうとしたはるかにぶつかったからだ。

「ううん」

 ぶつかって、身体が密着した状態のままの彼女が動かないから、どこか痛いのだろ
うかと思って顔を覗き込んだ。


「大じょう・・・」

 声が途中で止まってしまったのは、彼女の頬が赤かったからだけじゃなくて。

 触れていた方の手を、彼女が不意に握ったから。

(・・・・・・・・・)

 急速に、手のひらが汗ばむのがわかる。みちるの手は、どちらかと言えばひんやり
としているのに。はるかの手のひらだけが、ひどく熱い。だけど、振り払うなんてで
きるわけもなくて。むしろうれしすぎて、握り返した手に力が入りすぎちゃう。


「・・・あ、のさ・・・」

 何となく、二人とも黙ったまま道を歩きながら、これまた何となく思いついて。お
まけに思ったことをすぐに口にしてしまう性質だから、聞いてしまった。


「みちるって、僕のどこが好きなの?」

「え」

 だけど、口にした後に気が付くことだってあるんだよ。何言ってんだって。今が正
にそれ。


「・・・・・・」

 沈黙。しかも果てしなくぬるい感じの。

(だから、こういうところが・・・)

 余裕がない。というかみっともない。このまま灰になりそうなくらいのダメージで
ある。けれど、真っ白けになりそうながらも、やっぱり彼女の反応が気になって、そ
の表情を窺ってしまう。


 少しだけ屈むと、みちると同じ目の高さになる。

 視線が重なって初めて、彼女もこちらをみつめていたことに気が付いた。それから、
さっきよりもずっと、頬が赤くなっていることにも。


「・・・はるか、格好良いもの」

 小さな声で、みちるはそう言った。

「・・・・・・」

 言われた端から、指先まで熱くなっていく。耳元が脈打って痛いくらい。きっと、
みちると同じように、はるかの頬も赤くなっているに違いない。


 それから、その頬が、だらしなく緩んでいくのを止められなくて、はるかは無理や
りにそこを手のひらで押さえつけてみる。


(・・・そうか、みちるはかっこいい奴が好きなのか)

 とりあえず、最近は恰好悪い気がするが。その上、格好良いってどういうことだっ
けと、思い出さないと良くわからなくなりそうだ。


(で、でも・・・気取った感じは何か嫌だしな・・・)

 思い浮かべるのは、女の子に囲まれちゃった時の対処方法。

 以前、みちるに怒られたことはあるが、やっぱりあれは遊んでいるだけだ。はるか
も、それから多分女の子の方も。だから、軽く滑らかに、楽しく言いあえちゃうだけ。
みちると言葉遊びをする時の方がまだ、真剣なくらい。


「・・・ふぅん・・・」

 ほら、そこ。そこですよ。ありがとうぐらい言えたらいいのに。みちる相手だと嬉
しさが一周回って、返って来た時にはそっけなくなってしまう。


 はしゃいでしまうか、がちがちに緊張しちゃうか。

 自分でも感情をコントロールできなくなる。そんな子相手に、格好良い仕草なんて
できっこない。


(・・・よーわからんが、とりあえず、かっこ悪いのは無しの方向で・・・)

「それと・・・・・・」

 はるかが一人後ろ向きに決意を改めようとしたところで、みちるが言いかけた。

「あ、はるかさーん」

 「何?」と首をかしげたはるかに被せるように、後ろから自分を呼ぶ声がする。

「・・・・・・」

 絶妙のタイミングに、思わずしかめっ面になりそうだ。けれど、聞こえてきた声が
可愛らしいものだったから、はるかは振り返りながらその強張りを緩めた。


「あれ、この間の・・・」

 ゲーセンにいた子だ。連れの子にすっ転がされていた方。というかチューガクセー
が学校帰りにふらふらするなよ。


「みちるさんも、こんにちは」

 みちるとも面識のあるその子は、人懐っこい笑顔で彼女にも声をかける。しかも。

「あ、本当。二人とも、いつも一緒なんですね」

 後ろから、CG効果のように数人の女の子がわき出てきた。

 だから、驚いた拍子、だと思いたい。

 内心の慌てようとは裏腹に、はるかはごく自然にみちるの手を離していた。

(・・・・・・デジャブ?)

 こんな光景、前にもあったような気がする。しかも、結構最近。となると、その後
の光景も容易に予想できるわけで。


「・・・・・・」

 テストのヤマは五割正解。後は運。それなのに、こういう時だけ、しっかり予想は
当たるらしい。


 のほほーんと効果音をつけてやりたくなるくらい、みちるは穏やかに微笑んでいる。

 知っている子たちだから。しかも割と気に入っているらしい女の子たちだから。理
由を探せばいくらでもあるかもしれないけれど。


「はるかさん。今度もう一度、レーシングゲームで勝負してくださいね」

「え、一度だけ?君みたいに可愛い子が御所望とあれば、何度でも通うんだけどな」

「まーたまたー」

 口から軽口が滑らかに出てくる自分をあえて忘れて言いたくなる。

 何、その余裕。

 きれいな微笑みを振りまいて、優しいお姉さん面してる君のことだよ。

 一瞬でも、はるかが本当に摘み食いするかもしれないとか、不安は浮かんでこない
わけ。



                              


「バイクで帰るの?」

「うん」

 そこそこに話を切り上げて、新譜のCDを買って、また、何となく歩いてから、何だ
かどっと疲れた。


 隣にいるのはみちるで、うれしくて、楽しいことに違いはないはずのなのに。

「はい」

 ヘルメットを差し出して、彼女が受け取るとすぐに、はるかはバイクに跨った。二
人で乗るのは初めてじゃない。みちるの乗り方は危なっかしくて何度も注意したけれ
ど、改める様子もない。まあ、スカートのまま跨れと言うのも酷な話ではある。彼女
は後部座席に、ちょこんとお上品に乗っかるのだ。


「みちる」

「?」

 いつも通りに後部座席へ乗っかったみちるは、はるかの腰に、やんわりと腕を回す。
その力加減に、はるかは焦れってくなって言った。


「そうじゃなくてさ。ちゃんと持ってなきゃ、危ないだろ」

 自分の腰へまわされた腕を手探りで取って引っ張った。それは、本当に他意のない
行為のはずだったんだけど。


「・・・っえ・・・っ?」

「・・・っ・・・?」

 力加減が誤っていたのははるかの方だ。

 しっかりつかまってほしくて引っ張った彼女の身体は、それはそれは軽くて。

 腕を引かれた彼女の身体が、はるかの背中に勢いよくぶつかって、止まる。

 ヘルメットの硬い感触がわからなくなりそうなくらいに、彼女の柔らかな身体が押
し付けられている。


「・・・・・・しっかり、つかまってて・・・」

 その上、更に圧迫感を増して押し付けてくる膨らみに気が付いて、顔が熱くなる。
だから、後ろを振り返ることなんてできなかった。


 振り返ったとしても、彼女の表情はヘルメットに隠れて見えやしない。でも。

(どんな顔してんのかな・・・?)

 ぎゅっとしがみついたままでいてくれる彼女に、そんなことを考える。

 でも、きっと。いつもと同じように、余裕の笑顔に違いない。不意に、身体が密着
したくらいで、いつまでも、顔を赤らめたりなんて、しないんじゃない。


 だけど、もしかしたら。

『・・・はるかは、意地悪だわ』

 あの時みたいな表情を浮かべてくれていたらいいのに。

 そんなことを思ってしまった。

(・・・・・・・・・マゾ?)



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