好きだよ。2



 ふわふわ、ふわふわ。

 彼女の動きに合わせて、柔らかい髪が揺れている。みちるがゆっくり、軽やかに歩
いていた。


(移動教室かな)

 中庭に面した窓辺にもたれて、ぼんやりとその姿を目で追った。

 背の高いビルになっている校舎は、真ん中が中庭になっているロの字の形。おかげ
さまでかなり遠いけれど、中庭を挟んだ向こう側の校舎の様子も窓から眺めることが
できた。これでみちるだけを眺めていられたらいいんだけどな、と考えているはるか
も移動教室の途中である。急いで移動するつもりは最初からない。というか、今、動
く気なし。それでもって。


(ノートなんか借りるな。自分でやれ)

 彼女の後ろから声をかけてノートを差し出している生徒を睨みつけ。

(入学してから何カ月たってると思ってる。いい加減、教室くらい覚えろよ)

 道を尋ねているらしき生徒を罵倒し。

(つーか、気安く声掛けるな!)

 大した用もなさそうなのに、みちるに話しかけている生徒を発見してキレた。

 別に、みちるが誰とも関わりをもっちゃだめ、なんてことを言いだすほどキレてい
るわけではない。ただ、みちるに話しかけているのが、どいつもこいつも男子生徒だ
から、余計に腹が立つわけで。


(・・・話かけてるのが女の子なら、そのツーショットを額縁かなんかに収めて眺め
てやるよ)


 男が嫌いとか、そういう問題かと言えばそれも違う。ただ。

(デレデレするなっ!腹立つ!!)

 だからって、みちるにつんけん当たるような奴も腹立つけど。

 絶対に、はるかの思い過ごしなんかじゃないはずだ。

 男たちの視線をくっつけて。気持ちを引き寄せて。そのくせ、そんなことにはまっ
たく我関せず、ふわふわとみちるは歩いている。


(・・・・・・何だよ、もうっ)

 それが見えているからと言って、はるかに何かできることがあるわけでもなく。

 みちるがもしもそれに気が付いたとしても、相手の気持ちをどうにかできるもので
もない。


 そんなこと位わかってる。

(でも・・・)

 嫌だ嫌だ。こんな余裕のない自分は。きちんとそう考えられるのに、何で、こんな
にも胸がざわついて仕方がないんだろ。


(何なんだよ、本当に)

 みちるのことが好きなのに。こんな時、なんでみちるを恨みがましくを思ってしま
うのだろう。


 はるかは、こんなにも、余裕がなくなっちゃうのに。

『何だよ、妬いてんの』

『そうかも』

 何、そこで笑っちゃってんの、君。

(うあー!かっこ悪ぃ!!)

 屈辱的な単語が脳内に浮かんだ結果、はるかは人目も憚らず頭を抱え込んでのけ反
りそうになる。と。


(あ・・・?)

 長い廊下を歩き終えて曲がり角へと消える前に、キンギョのフンを引き連れたまま
の彼女がこちらへ振り向いた。


 ちなみに、はるかの視力は異常に良い。グラウンドで走るみちるの艶やかな姿、と
いうか揺れる胸を、三階からでもつぶさに観察できる位に。


 こちらへ振り向いた彼女が、はるかに気づく。

 ふわふわと揺れていた髪の毛が、一瞬その動きを止める。

 それから、すぐに笑顔になる。

 はるかへ向けて。

「天王さん」

「え?」

 浮かべられた表情に魅入られていたら、不意に名前を呼ばれて思わずびくりと肩が
上がってしまった。


「どうしたんですか、気分が優れないんですか?」

 振り返るとそこには、数名の子猫ちゃん。

「・・・・・・ううん」

 に、気が付けば取り囲まれてる。何よ、このパラダイスは。

「ええ、でも、さっきから窓辺に寄りかかって。それに少し前まで体調がよくなかっ
たって、天王さんのクラスの子が言ってましたよ」


「よかったら、保健室、一緒に行きましょうか」

「いや、大丈夫だから」

 肩をさすられたり。背中に腕を添わしてもらったり。ちょっとトロピカルな気分に
なりつつ、はるかははっと中庭の向こうへ視線を戻した。


(・・・・・・いないじゃん!)

 くっつけてた人影すら見えない。

「本当に大丈夫ですかぁ?」

 耳に心地よい黄色い声が通り抜けていくのを感じながら、はるかは盛大にため息を
つきたくなる。


(あー・・・・・・)

 別にこの楽園状態を見られたからじゃない。そうじゃなくて。多分みちるはこんな
ことに心動かされたりなんてしない。


『何だよ、妬いてんの』

『そうかも』

 きっと呆れたように、笑い声を一つだけこぼして、そのままふわふわと歩いて行っ
たに違いない。


 だからため息が出るとしたら。

 彼女のいなくなった、静かな廊下。

 彩のなくなった、中庭の向こう側。

 何のざわめきも残っていない。

 その全部に落胆して、はるかはしょんぼり肩を落とす。

 何で寂しくなっちゃうんだろ。



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