好きだよ。4



(あの、クソガキ)

 今日も今日とて、はるかは毒吐く。もちろんひっそりとだけど。だって、怒られち
ゃうもんね。


 警戒はしていた。何も学校だけじゃないのだ。みちるがキンギョのフンをくっつけ
て、ぽてぽて歩いているのは。絵画教室だって要注意。ちゃんとみちるの教室までく
っついていって、椅子やらロッカーの上でごろごろしながら周囲を威嚇していたのに。
でも、まさか、小学生の子まで想定してなかったんだもん。きれいなお姉さんに憧れ
てる位にしか思っていなかったのに。


 何で告白なんかされてんの。

 薔薇の花束贈り付ける小学生って。おかしくね?

『やっぱり恋人からの贈り物?』

『当然よ』

 ここで本気でムカついているはるかが大人げないことはわかっている。でも。

『みちるが僕以外の誰かに目を向けるのが許せない』

 本気だ。マヂだ。大真面目にそう言った。なのに、みちるはいつも通りに笑っていた。

「え?」

 でも、相手は小学生だし。そんな風に何とか自分を押さえつけた、

 午後はゆっくり過ごしたいようなことを彼女が言っていたから。わざっわざバイク
を置きに帰って、車で迎えに来た。もちろん、彼女が座るのは後部座席じゃなくて、
助手席で。彼女の好きな海岸沿いの道をゆっくり走っていた。


「キスしたの?」

「頬っぺたよ」

「・・・・・・」

 いつもの柔らかな匂いに混ざって、花の香りがしていたから、不意に思いついて聞
いてしまったのだ。そのマセガキから花束を受け取った時のことを。


 ―――自分の気持ちだって言って、お花を渡してくれたのよ。もちろん、応えられ
ないけれど、その気持ちまで踏みにじったりはできないもの。


 だから、チューしたって。

「・・・あのさ・・・」

「?」

「その子にはわかんないと思うよ。トモダチデイマショなんてのは」

 むしろますます燃え上がらせると思う。

「そう?」

 風になぶられる髪をかき上げながら、みちるはどこか楽しそうに微笑む。

「・・・・・・弄んでるようにしか見えないけど」

 あ、この言い方はまずかったかも。そんな時に限って、言葉が風に消えてしまうこ
とはないわけで。


「そういうつもりじゃ、ないわ・・・・・・」

「・・・・・・」

 はるかの言葉に、みちるが表情をこわばらせた。

 まずかったかも、じゃなくて確実にまずい。

 だって、こうなると、はるかは止められなくなる。

「だって、そうだろ。君のことが好きなんだから。キスされてうれしいだけに決まっ
てるじゃないか」


 ああ言えば、こう言うの良いお手本になると思う。うん。それとも売り言葉に買い
言葉?その上。


「・・・・・・」

 みちるの瞳がうっすらと緩み始めたのを見ると、もっと止められなくなった。

「本当。いい加減自覚してほしいね。みちるのそう言うところ、相手にとっては優し
さじゃないと思う」


 可愛い、可愛い、大好きな女の子。

 なのに、優しくしてあげたいのと同じくらい、意地悪したくなるよ。

「それとも、誑かして楽しんでるとか」

 困った顔が見たくて。こっち見てほしくて。いじめちゃう。ほとんど泣き出しそう
になってるの、わかってるのに。


「・・・・・・はるかだって」

「え?」

 そのくせ、非常口がわからなくて、黙り込んでいたら、隣のみちるが振り絞るよう
に言った。


「はるかだって、女の子を構いたがるじゃない・・・」

 大きな声ではなかったけれど、強い語調でそう言われて、はるかは視線を一瞬だけ、
前方から彼女へと移した。


 怒ってる。でも、それだけじゃなくて。

「だから、あれは遊んでるだけだって」

「相手はそう思ってないかもしれないでしょう」

 きれいな声が震えてる。


「はるかこそ、女の子と話している時、だらしなく頬っぺたが緩んでいるわ」

 涙が今にも零れちゃいそうに。

「今は君のことを言っているんじゃないか」

 いつもなら、きっと、はるかの口調はもっときつくなる。言われたらその分だけ言
いかえしたくなる。それなのに、言葉と気持ちが全く重ならない。


 頬が、熱くなる。

 唇が、上がっちゃいそうになる。

「・・・・・・はるかは、わがままよ」

 小さな子どもみたいに、みちるがそっと言い捨てた。

 拗ねると、こんな風になるんだ。

(・・・・・・むちゃくちゃ可愛い)

「知らなかった」

 不謹慎この上なく頬を緩ませて、必死に口元を押さえているはるかの横で、みちる
がまた呟くから。


「知ってると思ってた」

 かろうじてそれだけ答えた。

 知ってる。はるかはわがまま。理不尽。幼稚。全部自分のためにある言葉だときち
んと自覚してる。治せないだけで。


「・・・そうじゃないわ」

 開き直り始めたはるかを見透かすかのようなタイミングで、みちるが言葉を重ねる。

「・・・・・・格好良いだけじゃなくって・・・わがままなのに・・・はるか」

 泣いてるのかな。

 途切れ途切れの言葉に不安になって、だけどこんな時ばっかり、彼女の表情を盗み
見ることができない。


「・・・・・・はるかの知らない所、わかると、・・・・・・・」

 じっと前を見て、ごめんねも言わないはるかに、みちるは言った。

「さっきまでよりも、どうして好きになるの」

 タイヤが悲鳴を上げる。

 後ろに車がいなくてよかった。今度から急ブレーキ注意って張り紙、貼っとこうかな。

 ギアを変えて。ハンドブレーキを上げて。もどかしいベルトをはずして。

 唇にかみついたら、やっぱり泣いてた。

「・・・・・・はるか怒ってるんでしょ」

「怒ってる・・・かも・・・」

「・・・かも・・・?」

「・・・・・・いちいち可愛くて、わかんなくなるんだけど」

 ゆるやかに後ろを駆けていく車のせいで、はるかの髪と、みちるの髪が巻き上げら
れて絡みつきそうだ。


「・・・それなのに、何でいっつも僕だけ妬かせるんだよ」

 ああ、もうこのままシートを倒せたらいいのに。意地悪も、涙もなかったことにし
たくて、みちるの頬に唇を這わせていると、見境もなくそんなことを考えてしまった。


「・・・やっぱり、はるかはわかってないじゃない・・・」

 がっつくみたいにして、唇を重ねたら。息継ぎの合間に彼女がそっと囁いた。



 ―――はるかしか見えない。



                        END



 とりあえず、やっぱりごめんなさい。どうしてもこんなことに・・・。



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