好きだよ。



『好きだよ。好きすぎて、どうにかなっちゃいそう』

 なっちゃいそうなんてもんじゃない。

 みちるのことが好きすぎて、とっくにどうにかなっているんだ。


                  *



「やっぱり可愛い子はゲームのセンスもいいのかな」

 目の前で赤くなったり目を回したりしている女の子たち。こういう表情を見るのは
嫌いじゃない。むしろ好き。可愛くて、それから楽しくて、ついついからかいたくなる。


 それから。

「お待たせ、はるか」

 不意に名前を呼ばれたけれど、別に驚きうろたえるなんてことはしない。

 彼女がずいぶんと前からその様子を眺めていたのがわかっていたからだ。

 少しわざとらしいかなと思いながら、目を見開きながらふりかえってみる。

「早かったね」

 けれど、振り返った先のみちるは穏やかな微笑を浮かべているだけ。

「ずいぶんと仲良くなったのね」

 女の子に愛嬌を振りまいてから歩き始めたはるかに合わせるように、彼女が笑いか
ける。


「何だよ、妬いてるの」

「そうかも」

 くすくすと笑う彼女からは、嫉妬なんて感情はまったく感じられない。

 あくまでも優雅に、彼女ははるかの横を歩く。

(・・・・・・どこが)

 はっきり言って、おもしろくない。


                              


 まるで、溺れていくみたいだ。

 白い肌に。波打つ髪に。

 いたずらに指先を滑らせると、みちるの肩が微かに震えた。行き先なんて考えてい
ない。首筋から滑らせて顎をくすぐる。唇から小さく吐息が漏れて、また噤む。それ
を見つけて、その唇へ指を押し付けた。


「・・・っ、・・・・・・・」

 柔らかくはね返ってくるような感触と一緒に、彼女は震えるように息を吐き出す。

(可愛いな・・・)

 伏せ目がちに、彼女は視線を彷徨わせている。どこを見たらいいのかわからないと
いった風に。その度に、長い睫が揺れる。唇を撫でると、それが、少しだけ大きな動
作になった。


 その表情をずっと見ていたくなる。

 梳いてやるふりをして、彼女の前髪をかき上げると、隠すことの出来なくなった頬
が赤く色づいているのが見えた。


「・・・は、はるか・・・・・・」

  覗き込むみたいにしてみつめていたら当然のように目が合った。彼女は咎めるような
声で呼んだ。


 でも、それに気づかないそぶりで彼女に深く口付ける。

 額を軽く押さえつけたまま気のすむまで貪っていたら、みちるが苦しそうに首を振った。

「大丈夫?」

 頬が緩んでいくのを自覚しながら、もう一度、みちるの瞳を覗き込む。

 困ってるんだろ。

 そう言ってやりたくなるような。そう言わずにはいられなくなるような。何でこん
なに煽情的な顔をするんだろう。小さく頷く仕草を眺めながら、身体の奥から煮詰め
られていくように感じて、また指先を素肌へと這わせていく。じっと、その瞳をみつ
めながら。


「あ・・・」

 指先が肌の上を下降していく感覚に、みちるが不安そうに眉をしかめるから。むし
ろそれを煽りたくすらなりながら、彼女が警戒している通りに撫でおろす。指先が先
端へたどり着くと、汗ばんでしまいそうになる。


「・・・・・・っ・・・ん」

 はるかにみつめられながら、みちるが苦しそうに唇を噛みしめた。

「・・・どうかした?」

 それをじっと眺めていたせいだ。声が上ずってしまった。それを気取られたくなく
て、少しだけ性急な仕草でそこを摘みあげる。みちるがまた、唇をぎゅっと噛む。だ
けど。


(・・・声って、抑えようとしても漏れちゃうんだ・・・)

 多分、噛みしめた唇からじゃない。喉の奥で呻いているような微かな声が鼓膜を震
わせる。高いとか、低いとかじゃなくて、甘い音。


「・・・あのさ」

「・・・・・・?」

 そこを挟み込んだまま指先から根元へと移動させると、彼女がまた甘く呻く。眉を
ひそめていただけの表情が、いつのまにかぎゅっと目を瞑ってる。目尻に少し、涙が
溜まっていた。


 でも、それってさ。

「・・・余計煽られちゃうんだけど」

 欲情を焚きつけて煽って燃え上がらせてるようにしか見えないよ。

「自分でも聞こえるだろ」

 好きすぎて、本当におかしくなっちゃいそうだ。

「・・・えっ・・・」

 はるかの言葉に、みちるが愕然としたように目を見張る。それを眺めている自分の
頬がゆるんで、唇が意地悪く弧を描いて行くのをきちんと自覚している。


 優しくしたいけど。多分優しくなんてできないよ。怖がらせるつもりなんてまった
くないけれど、それだってわかんない。


 みちるが泣いても、溺れて行くのを止められそうにない。

「・・・・・・っ」

 はるかの声と、表情に、みちるは僅かに怒ったような表情を浮かべると、ふいっと
横を向いて腕で顔を隠してしまった。だから、どうしてそんな仕草をするんだろう。
こういうことされると、大概の人間は余計に構いたくなるもんなんじゃないの。


「隠さないでよ」

 見せてよ。

 顔も、身体も、心も全部。隠したりなんてしないでよ。

 乱暴にならないように慎重に、でも逃がしたりしないように、彼女の腕を持ち上げた。

「・・・はるかは、意地悪だわ」

 横を向いたまま、みちるが言う。けれど、はるかがその腕をそっとシーツに押し付
けると、今度こそ怒ったように、こちらを睨みつけた。だけど、怒った表情も場面に
よってはこちらの受け取り方がまったく違うらしい。思わず笑ってしまうくらい、そ
れは可愛い表情で。ついついからかいたくなってしまった。


「みちるだって意地悪じゃないか」

「?」

「僕のこと、恋人じゃないって言ったじゃん」

 ―――はるかさんの恋人なんですか?

 ―――No、よ。

(あ、思い出したらぐっさりと・・・)

 もうぐっさり。というかめった刺しにされて切り捨てられたような感じ。腹が立つ
わけじゃないし、悲しくて涙が出るわけでもない。ただ、何となく。仕返ししてやり
たくなるような気分になるわけで。


「・・・それって、僕が女だから?」

 それからやっぱり、少し、否、かなり不安になる。それなのに、自虐的なはるかの
質問に、みちるは目をぱちくりとさせて、首をかしげて、そのまま考え込んでしまった。


「???」

 そして、よく意味がわからないらしく、今度は反対側に首をかしげる。

(・・・・・・)

 わからん。そこらへんにまったくこだわりのないその表情が。尋ねているこっちが
バカみたいに見えるじゃないか。おまけに可愛いし。


「だって、あれは・・・」

 その時のことを思い出しているのか、みちるは上の方へ視線を向けて言葉を考えて
いる。


「何だよ」

「・・・あの子たち、一生懸命だったし・・・」

 それは駄目だろ。

 脱力して突っ伏してしまう。柔らかい胸の上に。普通はそう言う方向に思考を飛ば
さないと思う。というか、それって。


「・・・じゃあ、相手に熱意があれば、みちるは簡単に僕を譲っちゃうわけだ」

 唇がとがっていくのが自分でもわかる。何だか拗ねちゃいそうだ。柔らかな谷間か
ら見上げながら、淡く色づいたそこをいじけたみたいに指先で弄る。


「・・・嫌よ。そんなの」

「・・・・・・もしもし、みちるさん?」

 そこはきっぱり言うんだ。

「・・・それって。結局自信があるからじゃない」

「?」

「僕が君に夢中だって、知ってるからじゃないか。その余裕は」

 ずりずりと彼女の身体の上を這いあがりながら、覗き込んでそう訴えてみる。やっ
ぱり、それってそういうことでしょ。


「・・・・・・そうかも」

 昼間と同じ台詞を、その時よりも少しだけ考え込んで、そう言う彼女が、はにかん
だように笑いかけた。それからそっと、はるかの頭を抱き寄せる。


 抱き寄せられると、彼女の表情が、さっきまでと同じように近くに見えた。

 はるかをじっとみつめてる、瞳も頬も唇も、まるで魔法にかかったみたいにきらき
ら輝いて見えちゃうのは、何なんだ。


「でも、はるかはわかっていないのね」

「?」

 みちるはそっとはるかの髪を撫でて、それから頬に口づける。

「私がいつも誰を見ているのか」

 囁かれた頬が、その日はずっと、くすぐったかった。



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