Hello 4



『今夜はようこそお越し下さいました』

 少し斜に構えたような角度で、彼女は微笑んだ。年齢に不釣合いなほどに艶やかな
表情で。


(・・・・・・偶然、じゃないよな・・・)

 屈伸運動をしながら、はるかは憮然とする。

 はるかの出先に偶然、彼女も訪れていたと素直に考えられるほど、能天気ではない。

 はるかのことを、知っている彼女。

『僕のことを勝手に調べるのは止めてくれないか』

 そんなことじゃなく、きっと、はるかのことを知っているんだ。あの夢の進む先まで。

(だからって、後ろの方にまで手を回す必要ないじゃないか)

「・・・・・・」

 そこまで考えたところで、ふとアリーナの方へ視線を向けると、視界の端に巻き毛
の少女が映った。


(またか・・・)

 はるかの行く先々に立ちふさがってまで、何がしたいのだろう。

『そんな馬鹿馬鹿しいこと、やってられないわ』

 何でこっちがそんなこと言われなきゃいけないのかと、生まれてこの方、他人に強
く咎められるようなことなく過ごしてきたはるかはかなり苛立った。その上、そう言
い放ったにもかかわらず、彼女はこうしてはるかの出場する陸上競技会にまで足を運
んでくるのだ。意味不明としか言いようがない。


(・・・可愛くないな)

 他に言いようがなくてそう毒吐いてみるけれど、なんだかしっくりこなくて余計に
苛立ちが募る。


 そもそもなんで、こんなに彼女のことを考えなきゃいけないのか。それこそ馬鹿馬
鹿しいじゃないか。


「天王はるかさん」

 苛々と考えていたら出場種目別の説明が終わったのにも気が付かなくて、不意に声
をかけられて思わず肩が上がってしまった。


「今日こそ、負けないわよ」

 驚きを取り繕うかのようにゆっくり振り返ると、褐色の女の子が好戦的な笑みを浮
かべて立っていた。


(・・・この間の)

 元凶。とまでは言わないが、あの巻き毛の子を連れてきた子だった。留学生だろう
か。学校によっては国内外から優秀なアスリートを抜擢してチームの戦力強化を図る
こともある。


 それにしても、あの巻き毛の女の子と、目の前の活発そうな子のどこに接点がある
のかよくわからなくて、はるかは首をひねった。わかったからといって、うれしくも
何ともないけど。


「・・・あのさぁ」

 それなのに、どうしてそんなことを聞こうと思ったのか。 

「あの子って、いっつも来てんの?」

 はるかの行く先々に現れては挑発的な行動をとる女の子を親指で指していた。

「ええ。私の応援に」

 相方と同じように、彼女は勝気に笑ってそう答えた。

 不意に、アナウンスが流れた。もうすぐ、はるか達の出場する種目のようだ。

「ふうん・・・」

 だからって、別に何か感想が浮かんでくるわけじゃないはずだ。投げかけておいて
失礼な話ではあるけれど。


 けれど、確かに。

『僕のことを勝手に調べるのは止めてくれないか』

 そのことを否定はしなかったけれど、彼女ははるかのプライベートな時間にまで現
れるわけではない。はるか自身、レーサーとしてはある程度世間への露出がある。出
場するレースだって、そこかしこでガイダンスされている。少し興味が湧いたから、
そんな理由で知りえるくらいの場所にしか、彼女は現れていない。


 少なくとも、通用口の前で、彼女がひたすらはるかを待っている姿なんて見たこと
がない。


 馴れ馴れしく、はるかに触れてきたことなんて一度もない。

 この競技場へ足を運んでいるのも、この子の為なのだ。

「そりゃ、仲良しで良かったね」

 アナウンスに誘導されたのを装いながら、ゆっくりと彼女から背を向けて歩き出す。
けれど、同じ種目に出場する彼女も同じように歩き始めるものだから、その距離が縮
まることもない。


 だからだ。

 少しからかってやろうと思っただけ。

「・・・でも、あの子が見てるのは僕のことみたいだよ」

 振り返りざまにそう言ってやった。もちろん笑顔を忘れずに。一応女の子みたいだしね。

「・・・!」

 それなのに、目の前の子は、はるかの表情にあからさまに不愉快な顔をした。

 話しかけてきたのはそっちじゃないか。だから遊んでやってるだけなのに。そんな
おもしろい顔されたら、もっといたぶりたくなるよ。


「鬱陶しいよな」

 トラックに足を踏み入れながら、アリーナにいる彼女の方へ視線を向けてそう吐き
捨てた。一々確認しなくとも、隣から怒気がありありと感じられて、はるかは唇の端
が上がって行くのを押しとどめる。


 元々、こんな風に誰かから間近に鋭い目で見られたり、敵意を向けられることはあ
まりない。遠巻きに感じることは多々あるけれど。だから適当に受け流せばよかった
のに。


 どうしてだか、叩きつぶしてやりたくなった。

 審判の声が聞こえてスタートラインに整列すると、その気持ちが否応なしに昂ぶっ
て行く。


 そのせいなのか何なのか。

 ピストルが打ち鳴らされると同時に駆け抜けていく順番は変わらない。

 けれど、ゴールテープを切って確かめたら、お互いに自己ベスト記録だった。



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