With you 2



 近頃何だかイライラします。さて、そんな症状の原因は一体何なのでしょうか。

○ダイエット中だから。

○仕事に追われているから。

○恋人とうまくいってない。 

 そう言った際に、うまく解消できれば問題はないですよね。スポーツに打ち込んだ
り、趣味の幅を広げたり。大がかりなことはできなくても、気分転換に散歩をしてみ
るのもいいかも。だけど、ついつい周りに当たってしまうこともありますよね。それ
じゃあ、あなたが当たってしまいやすい人は誰でしょう。


○同僚・部下

○友人

○家族・恋人

 目ぼしいのはこんなものですかね。でも、当たられる方にしてみたら、やっぱり迷
惑。同僚や部下に当たること自体
NGですが、知らないうちに邪険にしてませんか。そ
う言った日々の積み重ねでできた険悪な雰囲気が、いざという時のチームワークにも
支障をきたします。友人・家族も甘え過ぎるとやっぱり相手には負担。恋人もお付き
合いの長さにもよるかもしれませんが、わがままと受け取られかねません。後々まで
引きずってお別れに至っては大変。


(・・・・・・わかってる!!)

 脳内相談室を開いていたはるかは、思わずこぶしを握り締めた。そのままその拳を
振り回したり打ち付けたりしたくなったが、授業中なので何とか慎む。


「どうした、天王。また、具合が悪いのか」

「いえ・・・」

「そうか、気分が悪くなったらいつでも言うんだぞ」

「・・・・・・はい」

 つい最近まで血が足りなくなるほど煩悩にまみれていたはるかが、よく倒れていた
ことを鮮明に覚えているらしい教諭は、慈悲深い言葉を教壇から投げかけてくれた。
胸が痛い。


(あーあ・・・)

 頬づえをついてぼんやりと窓辺に視線を移す。青空にぽっかりと浮かんだ大きな雲
が、ゆっくりと流れていた。


 でもそれって、結局自分の問題なわけだよね。苛々するっていうのは。原因があっ
たとしても。いつまでもそれに引きずられたり、誰かに八つ当たりしたり。そんなこ
としても、受け入れなきゃいけないことなんて、多分世の中にはいっぱいあるだろう
し。そこまではわかる。ただ。


『これから先、何があっても。もう私を助けたりしないで』

 わかっているからといって、すんなり治まるかと言えばそうじゃない。受け入れら
れるものとそうじゃないものが、確実に存在するのも事実だ。


 あの時、わかったって言ったのは、みちるを悲しませたくないからで。泣くのを止
めてほしくて頷いて見せただけ。納得なんてするわけない。


 でも、みちるはそうじゃない。

 平素の慌ただしさに加えて、自分から忙しさを背負い込んでいく。

『何で、理由つけて逃げようとすんの』

 するりとはるかの腕をすりぬけて行くような彼女。いつか感じたその違和感が、そ
の時にも増して、はるかの胸をかき交ぜる。


 距離を置かれてるんだ、間違いなく。

(あーーーっ、もうっ!何だよ!)

 喚き散らしたい衝動に、頬づいていた手のひらでそのまま頭を抱え込んだ。

 悪いところがあれば直すよ。

 嫌なことしてたんなら謝るよ。

 だからこっち向いてよ。

(・・・・・・幼児かっ、僕はっ!)

 そんなことばっかり考えてるから、みちるが距離を置きたがるんだ。知ってる、そ
んなこと。でも、心に浮かんでくる言葉まで、自分の意思で変えられる術なんて知る
由もない。強く打ち消そうとすればするほど、その気持ちは強くなっていくんだ。


 馬鹿馬鹿しくて、情けなくて、ついに両手で頭を抱えると同時に、チャイムが鳴った。


                            


「痛い・・・っ・・・」

 訪ねた玄関先で、無理やり唇を奪った。乱れてほとんど意味をなしていない衣服を
まとったままの状態のみちるの腕を引っ張った。寝室のドアを乱暴に開けて、力任せ
に彼女をベッドへ放る。全部取り払った状態でキスしようとしたら、みちるが肩を押
し返すから、その手をねじ伏せるようにしてシーツに押し付けてしまった。だから最
後に、みちるは「痛い」と言ったのだ。


「・・・嫌なんだ?みちるは」

 見下ろした彼女の顔が怯えている。それなのに、「ごめん」の一言が出てこない。

「そうじゃないわ・・・でも、そんなに力任せにしなくても」

 少し前に個展があった。そのすぐ後には演奏会。息つく暇もない。もちろんその間、
いわゆる「お仕事」がある時以外に、みちると言葉を交わすことなんてなかった。学
校だって、クラスが違う。触れ合うのなんて何日ぶりなんだろう。


『今から会える?』

 電話越しにそう言ったみちるの声が可愛くて、愛しくて。

 だから、優しくしたいのに。

「・・・だから。それが嫌なら、しなくてもいいけど」

 何でこんな言い方になっちゃうんだろ。

「・・・・・・」

 戸惑いの色を浮かべたまま、彼女が瞳を伏せる。押さえつけたままだった手を離す
と、手首が少し赤くなっていた。


 彼女からは何の返答もない。だからと言って、拒絶するようなそぶりもない。それ
をいいことに、はるかは反省するよりも前に、彼女の素肌に口付けていた。


 唇が滑らかにすべっていく、久しぶりの感覚に胸が熱くなる。

 手当たりしだいに唇を降らせて行くと、そこかしこに痛々しいほどに赤い跡がつけ
られていく。服で隠しきれないところまで。それに気が付くと、みちるは気まずそう
に身体をよじったけれど、見えないふりをした。


「・・・はる、か・・・まって・・・」

 彼女にとっては、おおよそ心地いいとは言えない時間がずいぶんと流れてから、小
さな声で呼ばれた。


「何?」

 白い背中を見下ろしながら答えた自分の声がずいぶんと険を含んでいた。

「もう少し、ゆっくり・・・」

 細い腰を引き上げるようにして抱き寄せながら、その白い脚に指先を這わていると、
みちるが弱々しい声でそう言ったけれど。


「ぃ・・・」

 むしろその声に煽られたみたいに、指先を突き立てて入り込む。

 苛々して。寂しくて。会いたくて。

 どれが本当の感情なのか分からないまま、自分勝手に彼女をかきまわす。

(・・・あー・・・何かもう、本当に最低かも・・・)

 これじゃ、愛情じゃなくて、ただの支配欲だよ。

 彼女の髪が、肩が、背中が揺れているのを眺めながら、ふとそんなことに気が付く。

「・・・るか・・・・・・はるか・・・」

 額をシーツに押し付けたまま、みちるが呼ぶ。

 気が付いてるのに。

 なんで、抱きしめてあげられないんだろう。


                             


「みちる・・・?」

 ふと目が覚めると、隣に彼女はいなかった。別に珍しいことじゃない。はるかは目
覚めが悪い。だから、一緒に過ごした朝も、寝坊するはるかを他所に、みちるは身繕
いをしていたり、朝食の準備をしているのがほとんどだ。けれど、ぼんやりと眺めた
時計の針は深夜の位置を指していた。


(何かあったとか・・・?)

 そう思って身構えるけれど、感じ取れる範囲で、何か異常が見当たるわけではない。

(・・・・・・どこかへ行ったのかな)

 どこかへ行くと言っても、ここは彼女の部屋だから、出て行ったのでもない。とな
ると。


 毛布を捲って床に脚を下ろすと、ひんやりとした感覚に少し目が覚めた。そのまま
勢いをつけて立ち上がる。投げ捨ててあったシャツに袖を通しながら寝室を出る。


 リビングを抜けて扉を開けると、廊下の突き当たりの部屋から薄く光が漏れていた。

(・・・ここか)

 そっとその部屋近付くとストライプ状にはられたガラス窓から、彼女の姿が微かに
見えた。


 ガウンを羽織ったままの姿で、彼女はヴァイオリンを弾いていた。

 元々あった空間を改装して完全に防音してある部屋を、彼女は練習室として使って
いた。だから、何の曲を弾いているのかわからない。微かな音すら漏れてはこない。


 ガラスの向こうで、遠くをみつめながら、彼女は弓を動かしつづけている。

「・・・・・・」

 小さな女の子だなと、脈絡もなく思った。

 どちらかと言えば、みちるは背の低い方ではない。はるかに比べれば小さいという
だけ。でも、そう言ったことではなく、そう感じたのだ。


 細い脚で、必死に立っている。その姿が、ひどく儚く見えた。

『これから先、何があっても。もう私を助けたりしないで』

 防音が施された部屋からは、何の音も聞こえない。だから、彼女がどんな曲を奏で
ているのかも。


 わからない。

 喉元からせり上がってくるような感覚に身構えて、両手の拳を瞼に押し付けたけれ
ど、間に合わなかった。


 わからないんだ。

 みちるの考えていることが。



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