With you 3



 瞼に降り注ぐ光に目が覚める。開けっ放しのリビングの扉から、朝日が差し込んで
いるのだ。


(・・・・・・ん?)

 リビングの扉が開け放してあるのが見える。ということはここは寝室ではない。

「・・・えっと」

 座り込んでいるのはみちるのベッドの上じゃない。脚元にフローリングが見える。
どうしてこんなところにいるのだろう。そう思って左右に視線をさまよわせると、肩
に掛っている毛布が見える。それから、左肩に感じる柔らかく暖かい何か。


「・・・・・・みちる?」

 座り込んだはるかの横で、同じように座り込んだみちるが、静かな寝息を立ててい
た。はるかの肩に頭を預けて。はるかの肩に掛る毛布が落ちないようにと、しっかり
と握りしめながら。


「みちる」

「・・・あ・・・」

 その顔を覗き込もうとした拍子に肩が動いて、揺すられたみちるが目を覚ます。

「はるか・・・」

 すぐ近くにはるかの顔があったことに驚いたらしい。少しだけ寝ぼけているような
表情が可愛らしかった。


「・・・おはよ」

 何だか気まずくなりながら、とりあえずそう言ってみる。

「・・・ごめんなさいね。本当は寝室に連れて行ってあげたかったんだけど」

「ううん」

 よく見ると、座り込んだ部分には小さなラグが敷いてある。彼女が持ってきてくれ
たのだろう。


(・・・あのまま、寝ちゃってたのか・・・)

 つまるところ、泣き疲れて眠ってしまったと。

 部屋から出てきたみちるはさぞ驚いたことだろう。泣きながら眠っている人間が転
がっているのだから。これじゃ、飼い主の帰りを待つ犬みたいだ。そうじゃなきゃ、
母親の帰りを待つ子ども。どちらにしても、不格好。


 それを抱きかかえて、寝室まで連れて行こうとして、だけど、上半身を起こすだけ
で彼女の力では精一杯だった。でも、一人寝室には帰らず、毛布を持って来て一緒に
眠ってくれたのか。


(・・・・・・何やってんだろ)

 あんな、意地悪なことしたのに。みちるは、怒って知らん顔なんてしない。

「朝食の準備をするから、着替えてきて」

 今だって、何もなかったかのようにそう言って立ち上がる。

「?」

 その腕をそっと捕まえて引き止めた。彼女が不思議そうに振り返る。

「・・・昨日は、・・・ごめん・・・」

「え?」

 朝日の中で、僅かに目を見開く表情が、たまらなくきれいだ。

「怖がらせるようなことして、ごめん」

 思っていたよりもずっと素直に、その言葉が口をついて出ていた。

 みちるは驚いたような表情のまま、しばらく固まって、それから苦笑いを零してか
ら、はるかに手を差し出した。その手を取ると、優しく引き上げられて、はるかは立
ち上がる。

 抱きしめると、その背中も、肩も、細くて華奢で。はるかの胸に頬を擦りよせる彼
女は、やっぱり小さな女の子だった。



                              


「おい、どうした。ぼーっとして」

 作業場のタイルの上に座り込んで眺めていたら、車の下に寝そべっていた亀田さん
が顔をのぞかせた。


「いえ・・・」

「何だ。元気ないな」

 立ち上がりながら近くの段ボールから缶コーヒーを二本手にとって、彼がこちらへ
と歩いてくる。


「ほら」

「ありがとうございます」

「今日は来ないのか?」

「え?」

 差し出された缶コーヒーに口をつけていると、亀田さんが横に腰をおろして言った。

「いっつも差し入れ持ってきてくれる子」

 あの巻き毛の可愛い子、と言われる前にみちるのことだとわかったけれど。

「あ・・・えっと・・・」

 何となく言い淀んでしまった。ら。

「喧嘩でもしてんのか」

「・・・・・・」

 肩を落として涙ぐみそうになったわかりやすいはるかの反応に、亀田さんはおかし
くてたまらないのか声をあげて笑い転げた。


「・・・へぇ、でもあの子、あんまり怒ったりするように見えないけどな」

(・・・そうかな?怒るとめちゃくちゃ怖いんですけど・・・)

 言いかけてぐっとこらえる。今は怒らせているわけじゃない。

「喧嘩と言うか・・・ちょっと、気まずくて」

「?」

 怒らせているわけじゃないし。それに、よく考えれば、みちるとそんなにひどく喧
嘩になるようなことなんかない。どちらかと言えば、彼女は黙って苦笑いを浮かべる
タイプなのだ。はるかがあまりにも目に余ることをすれば、別なんだろうけど。


「彼女の気持ちが、・・・わかんなくて・・・苛々して・・・」

 だから、喧嘩なんかじゃないんだ。少なくとも、みちるは悪くない。

 言葉に詰まって隣をうかがると、亀田さんが内また気味に膝を立て、そこに肘を置
く格好で頬づえをついていた。


「何ですか、その女子高生みたいな恰好は」

「だって、お前が悩める青少年みたいなこと言うから」

「・・・・・・」

 だから何故に。そう言いたい気持ちをはるかは懸命にこらえた。

「そりゃ、わかんないよ。人の気持ちなんて。あの子だって、お前の気持ちの全部な
んかわかんないだろ」


 確かに。体操服はハーフパンツじゃなくて、短パンに、むしろブルマにしてほしい
と思っていることとか。風が吹いたら、スカートを後少しだけ短くしてくれていたら
良かったと思うこととか。そんなことまでばれた日には、口をきいてくれなくなるだ
ろう。


「でも、根っこの部分はわかるはずだろ」

「?」

「あの子が、せっせとお前の世話焼く理由まで分かんないのか」

「・・・・・・いえ」

 知ってる。そんなこと。みちるが、どれだけはるかのために心を砕いているのかも。
その理由が何なのかも。


 視線をからませて、口づけて。ぎゅっと抱きしめた時に伝わってくるみちるの気持
ちは、はるかの気持ちと同じものだ。


「だろ。じゃあ大事にしてやりゃいいじゃん。シンプルイズベストよ、はるかたん」

 簡単に、亀田さんはそう言った。

 だけど、簡単だって思えることが、はるかにはできていない。

「・・・可愛いぶって言わないでください」

「えー・・・」

 それに気が付いて、どことなく悔し紛れでそう言ってやったら、亀田さんはやっぱ
り笑っていた。


 その威勢のよい笑い声を聞きながら缶コーヒーを一気にあおる。

「あ、だからって、毎晩毎晩盛って無理させるなよ」

 一気に噴いた。



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