Lovers 1



 可愛い彼女が、以前にも増して可愛く見える。

 近くでじっとみつめていても、遠くから眺めていても、彼女が愛しくて仕方ない。

(何でだろ・・・)

 図書室で向かい合って座った彼女を頬杖をついたままみつめてる。

 みちるは俯き加減で、ノートにペンを走らせていた。作業の邪魔になるのか、髪を
後ろで結わえてまとめている。後れ毛がかかる頬っぺたが柔らかそう。伏せ目がちな
角度が、長い睫を強調しているみたいでドキドキする。


(・・・・・・ほんっと、可愛いなー)

 対するはるかは、ついさっきまで、授業も聞かずに肘ついているふりして寝ていた
ものだから、手のひらがあたっていた方の髪の毛がちょっとはねていたり。ぽわわん
とみちるをみつめたまま、口元が緩みっぱなしだったり。


「はるか」

 急に、みちるが顔を上げた。

「えっ・・・何?」

 間近でぶつかる視線。彼女が俯けていた顔を上げただけのはずなのに。

 胸に何かが強くぶつかって弾けたみたい。

「全然進んでいないわ。明日が提出期限なんでしょう?」

 はるかが広げていたノートに視線を落としてから、こちらをみつめる彼女の視線が
少しだけきつくなる。


「うん」

「さぼらないで、きちんとして」

 はるかが頷くと、瞳とおそろいのような咎める声。

「うん」

「もうすぐ閉館してしまうわ」

「うん」

「はるか、聞いているの?」

「うん」

「・・・・・・・」

 さっきから同じ言葉しか口にしていないはるかに、みちるが怪訝そうに首をかしげた。

 聞き流してるわけじゃない。ちゃんと、「うん」って言葉と一緒に、良い子に頷い
て見せてる。ただ。


(怒った顔がこんなに可愛くて良いのか?)

 でれーっとそんなことしか思い浮かばないだけ。

「・・・どうかした?」

「うん」

「何かあったの・・・?」

「うん」

 声をかける度に、みちるは訝しげに眉をひそめるけれど、幸せなお空を飛んでいる
はるかには、その声の美しさを堪能することはできても、内容を吟味することまでは
できない。


「・・・もしかして、気分が悪いの?」

「うん」

 はるかの様子に、いよいよ心配になったらしいみちるが、少しだけ慌てたように椅
子から腰を浮かせた。


 さらに縮まる距離。伸びてくる手のひら。

「熱は、ないみたいだけど・・・?」

 はるかの額に手のひらを押しあてながら、こちらを覗き込むみちるの顔が目の前に
ある。

(おやつの時間?)


 目の前にある唇が視界に入ると、はるかはそうかと納得して呟いた。

「いただきます」

「は?」

 少し突き出すように顔を上げて、目の前の唇に口付けると、間近にある瞳が見開か
れる。見惚れながら、くっついていた唇を離すと、ちゅって音がした。


 それと同時に開かれる唇。

「き・・・」

 瞬間、はるかは慌ててみちるの口を手のひらでふさいだ。その上に、みちるの手が
重ねられる。彼女もここが図書室であることを思い出したらしい。悲鳴なんてあげた
ら追い出されちゃうよ。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 彼女の口を押さえていない方の手で、「静かに」と人差し指を自分の唇に当てて見
せたら、彼女が眉を顰めて、キッとにらんだ。けれど、にらまれたはるかはといえば。


(上目遣い止めてっ、襲っちゃいそうじゃん!)

 まったく反省の色無し。

 それを察してか、みちるは手にしていたペンをノートの端へと走らせる。

<何するの!>

 筆談らしい。ちゃんとアテンションマークまでつけて、怒りの程を知らせる彼女。
その気持ちに答えるべく、はるかも自分のシャーペンをその文字の横へと走らせた。


<キス せっぷん ちゅー>

<何考えているの!!>

 はるかが丁寧に字を書いているそばから、みちるがまたカリカリと書き綴る。今度
はアテンション二つである。 


 ちらりと見上げると、みちるは相変わらず眉をしかめたままの表情ではるかをみつ
めていた。


<みちるのこと>

 改めて彼女の名前を字で書き記すなんてことが珍しくて、妙にうれしくなる。

<かわいいなぁって思いながら見てたら ちゅーしちゃった>

 うれしい勢いのまま書き終えて見上げると、みちるはまだ少しだけ怒ったような顔
をしていた。口を塞いだままのはるかの手のひらを退かせると、もう一度ペンをノー
トに近づける。けれど、ノートに言葉が書き綴られることはなかった。


 みちるが静かにペンを置く。

「・・・・・・知らないわ、もう・・・っ・・・」

 声を潜めるようにそう言って、彼女は俯き加減にそっぽを向いた。その姿をじっと
眺めていると、うれしさ全開で唇の端が上昇する。赤くなった頬っぺたって、こんな
においしそうに見えるものなのか。悶えるどころか喘ぎそうになったはるかは、たま
らず机に突っ伏してみる。


(堪らん・・・!)

 声に出して言うわけにもいかず、はるかは腕の上でごろごろしつつ耐えた。

 本当は、前よりもさらに、彼女が可愛く見えてしまう理由なんてわかってる。

 表情だけじゃない。彼女の動きに合わせて揺れる髪や。ペンを持つ指先や。背筋を
伸ばして座る姿。時折視線を移す時の仕草。全部にドキドキする。ぎゅって壊れる位
抱きしめたくなる。それと同じくらい、いっぱい優しくしてあげたい。


 前からずっとそう思ってた。でも。

『もっと好きになったみたいだ』

 あの日から、それまでよりももっと、際限なく、そんな気持ちがあふれて仕方がない。

 重なって、くっついて、一つになった後からは、世界はなんて輝いて見えるのだろう。

 すっかり心清らかになったような気分のまま、胸の奥からそっと息を吐きだすとひ
どく熱い。


 と、不意に突っ伏したままの頭に軽い衝撃を感じて、はるかはのろのろと顔を上げ
た。小突かれたらしい。


 目の前に、ドンッと立てられるノート。

<真面目にしなさい!>

 ノートの向こう側には、ツンと唇を突きだして、怒ったような顔を浮かべているみ
ちる。「あ、怒られてるのね」と理解はしてる。でも、態度を改める暇もなく、その
背景がきらきらと輝き始めたものだから、はるかの思考は目の前にある注意書きをさ
くっと飛び越えてしまった。


(・・・次って、いつできるんだろ)



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