1.kirari



 昼下がりの日差しが眠気を誘う教室。けれどそこでうたた寝をすることはおろか、
あくびをかみしめる仕草をする奴もいない。ひたすら黒板をみつめ、教諭の声に耳を
傾ける四十名弱の生徒達。


(・・・・・・気持ち悪)

 頬づえをついたまま、はるかは心の中で毒吐いた。


                             


 元々進学する高校について、あれこれ悩んでなんかいなかった。将来についてはそ
れなりに考えてはいたけれど、それが熱心な受験準備に繋がるかと言えばそうでもな
い。適当に走れて、モータースポーツに好きなだけ時間が割ける、そんな希望を受け
入れてくれるところであればどこでもいい。幸い、進学先を選り好みできるだけの学
力やその他付加価値は備えていた。


『無限学園を受験することにするけれど』

 だから、そう言ったみちるの言葉にそのまま乗っかってくっついてやってきたのが
ここである。主体性のかけらもない。ナニソレオイシイノ。


 曰く、天才ばかりを集めた学園。だそうで。

(それが十把一絡げに展示されてるわけね。オエ)

 一体ここの創設者は何の理念のもとにこんな学校を創設したのか。そんな方向では
るかが心配してしまうほど、ここには彩がない。容姿とかの問題ではなく、何だか灰
色なのである。息が詰まるったらない。


 スポーツ特待生枠での入学でもよかった。現にはるかは陸上競技では右に出るもの
がいないほどの成績を残していた。中学の担任にも強くそれを勧められていた。けれ
ど、それを選択せず一般受験を選んだ。そしてそれは多分に正解だったと思う。


(・・・普通クラスでこれだもんな。特待生のクラスなんて行った日には・・・)

 きっと、ここで感じている灰色のオーラ以上の物で、はるかは圧迫されるのだ。あ
り得ない。スポーツを通じてわかりあえない気がしないでもないが、それはきっと叶
わぬ希望であろう。頭で考えながら身体を動かすような人間がはるかは好きでなかった。


(あ)

 鬱屈としてしまいそうな空気に目をそむけるように窓の外へと視線を向けると真っ
青な空。よりも前にグラウンドで走る女子生徒達に目が行った。


 その中に、みちるもいた。

(・・・・・・ハーフパンツ)

 体操着からすらりと伸びている手足が弾ける白さで眩しい。

『あの学園には、良くない空気が立ち込めているわ』

 図書館で隣り合って受験雑誌を眺めている途中で、みちるはそうも言っていた。真
剣な横顔よりも、薄手のワンピースの襟もとから除く鎖骨に、妙に息が上がりそうに
なったことしか覚えていないけど。


『危険かもしれないけれど、敵の正体が何か分かるかもしれない』

 ふんふんとみちるの言葉を真剣に聞くふりをして、じっとその唇を眺めてた。他の
女の子よりも、少し小さくて、鮮やかな桃色。それから、みちるはとてもいい匂いが
する。敵の正体は分からないが、それがわかったことだけでも、はるかにとっては収
穫だった。


 その後も、受験勉強と称してはみちると一緒にいる時間が増えた。(もちろん、そ
れは別の仕事の為でもある)とにかく、四六時中彼女とともに過ごしていた。中学が
違うから、朝から晩まで、というわけにはいかなかったけれど。高校に入学してしま
えば、今よりももっと一緒にいられると思っていた。


 こんなにきれいで、優しい女の子と、ずっと一緒にいられるんだ。

 そんな淡い期待を膨らませていたのに。

 不意にガラスの向こうから歓声が聞こえて、外の景色へと意識が戻される。

 コートの中、片側の団体がうれしそうに飛び跳ねている。バレーの試合をしている
らしい。ハイタッチを楽しむ輪の中に、柔らかな微笑みを浮かべた女の子が見える。


 その隣のコートでは、男子生徒のむさくるしい団体が隣と同様にバレーの試合をし
ている様子。やる気がないことこの上ない空気が充満していた。


(・・・・・・はぁ)

 希望を胸に受験した無限学園。みちると一緒に入学した学校。なのに。

(なんで・・・)

 クラスが違うのである。

 まぁ、様々なコース設定がなされているせいで、一学年に十五クラスもあるのだか
ら、一緒のクラスになれる確率が低いことは予想できる。みちるが特待生コースを選
んで受験していたのならば、最初から同じクラスになる可能性は皆無だ。でも、みち
るははるか同様一般受験を経て入学していた。


『一つに決めるには、まだ迷っているの』

 彼女にはヴァイオリニストになる夢がある。美しい絵画を織りなす才能がある。そ
の上、はるかが足元にも及ばない程の学力があった。選ぼうと思えば、どんな未来だ
って手に入る。それをたかだか十五歳で決められるわけがない。


 でも、だからこそ、少しばかり、・・・いや、かなり期待していたのに。

 その期待は入学式当日、クラス割が貼り出された掲示板の前で粉々に踏みにじられ
た。クラスが別々な上に、三階と六階、更に端と端。これでは複数クラスで共同で行
う副教科ですら別れてしまう。なんじゃそら。


(せめて・・・)

 頬杖をついたまま、ずるずると落ち込んでいきそうな身体を支えながら、はるかは
世界の中心で叫びたくなった。


(せめて、短パンにしてくれ・・・!!)

 生憎、はるかの頭はみちるのように芸術的かつ哲学的にはできていない。前世の記
憶や、未来の沈黙の予知夢や、断片的にしかわからないことを、二十四時間考え続け
ることなど不可能。


 前世では平和を守る正義の味方だったかもしれん。

 もしかしたら高尚な人間だったかもしれん。

 が。

 今のはるかは。

(目の保養ぐらいさせてよー・・・)

 一人の健全で思春期な乙女(?)であった。



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