Thanks ss1
発掘したWeb拍手のおまけssをまとめてみました。(若干の加筆修正をしています。ご容赦ください。)

 選挙の後に



「ごちそうさまでした」

 幼い姉妹の様に二人して手を合わせて、空になったお弁当箱に向かってそ
ういったらどちらからとも無く笑いがこみ上げてきた。


 選挙の後、祥子さまは「祐巳にリラックスさせてもらおうかしら」と言っ
た。その言葉はついこの間まで、妹なのにお姉さまに何もしてあげられない
とうじうじ拗ねていた祐巳の心を浮上させるには十分すぎるほどの威力を持
っていた。ただ、なんでもいい、お姉さまのために出来ることなら何でもし
ますと意気込んだ祐巳に祥子さまがお願いしたことは、一緒にお弁当を食べ
ると言うごく簡単でささやかなお願いだったのだけれど。


「リラックス、できました、か・・・?」

 二人で楽しくお弁当を食べている間ははしゃぎすぎて何にも考えられ
なかったけれど、ごちそうさまをして食後のお茶を飲んでいると、ふとこれ
だけでよかったのかなと思いついてしまったのだ。


「もちろん」

 恐る恐る、と言う様子でたずねた祐巳とは対照的に、祥子さまは至極満足、
という微笑を浮かべる。思わず祐巳までつられてにっこり笑ってしまった。
祥子さまがうれしそうにしているから自分もうれしいなんて、なんて単純な
んだろう。でも幸せ。そんな風に自分ひとりで納得していると、祥子さまが
ふと思いついたと言うように口を開いた。


「それとも、他にも何かしてくれるのかしら?」

「へ?」

 祥子さまの不意打ちに思わず目を瞬かせてしまう。ぱくぱくぱく。まるで
金魚のように口は動くのだけれど声が出てこない。


「なぁに?」

 祐巳の毎度の百面相に祥子さまも慣れたのか、祐巳の表情を見ながらくす
くす笑う。むしろその様子を眺めるのも面白いと言った風だ。しかし、今度
はつられて笑ったりする余裕なんて無い。なんでもしますとは言ったけれど、
具体的に何をしようとまでは考えていなかったのだ。それにお姉さまの望む
ことなら何でもするということであって、決定権はあくまで祥子さまにある
のだから。


「え、えっと、お姉さまが他にして欲しいと思うことなら、なんでも」

 だから、なにかリクエストしてくださいと逆に祐巳のほうからお願いする。
お願いのお願いなんて、なんだかおかしいのだけれど。祐巳は真っ赤になっ
た顔を俯かせて祥子さまのリクエストを待った。


「そうね・・・」

 ちらちらと様子を窺っていると、人差し指を唇に当てていたずらっ子のよ
うな顔をしている祥子さまと目が合ってしまった。


「あ、えっと・・・」

 また俯くことも出来ず、真っ赤になった顔を両手で隠すように抑えるけれ
ど、視線が泳いでしまった。だって、こういう表情のときの祥子さまは要注
意だ。だけど、それに気が付いてからではもう遅い。祥子さまはにっこりと
笑って祐巳に手を伸ばしてきた。


「では、祐巳に甘えさせてもらうって言うのはどうかしら」

「ふぇ!?」

 祐巳の両手を取って甘く囁いた祥子さまの言葉に、煙が噴出してしまうん
じゃないかと言うほどの勢いで顔が真っ赤になってしまった。甘えるって、
祥子さまが祐巳に甘えたいって。自分の耳を疑ってしまう。思わず、おっし
ゃる相手を間違えていませんかと聞き返しそうになる。でも、そんな祐巳に
追い討ちをかけるように祥子さまははっきりと告げた。


「祐巳に甘えたいわ」

 そんなにまっすぐに見つめられて、そんな甘い言葉を囁かれたら、重度の
祥子様病の祐巳が逆らえるはずが無い。


「は、はいっ!!」

 思わず祐巳の手を握っていた祥子さまの手を強く握り返してしまうと、祥
子さまは少し驚いたような顔をしたけれど、直ぐにまた祐巳に微笑みかけて
くれた。その笑顔にとろけそうになるのをぐっと堪えて、祐巳は祥子さまを
見つめ返した。


「あの、お姉さま。では私はどのようにしたら・・・」

 甘えると言っても具体的に言っていただかないと、祐巳にはどうすればよ
いのかわからない。だからといって物知り顔で頭をなでなでなんかすると、
怒られたときのショックも大きいだろうから。ここはお姉さまの指示を仰が
なければ。祐巳は戸惑いながらも祥子さまに問いかけた。


「じゃあ・・・まずここに座ってくれる?」

「え?こ、ここって・・・」

「そう、ここ」

 そういって、祥子さまは自分の膝の上を軽くはたいて見せた。

「えぇ〜〜〜〜〜〜!?」

「大きい声出さないの。はしたないわね」

 はしたないって、じゃあお姉さまのお膝の上に座ったりするのははしたな
い行為ではないのですかって口を付いて出そうになるけれど、口が動くばっ
かりで声にならない。


「何でもしてくれるのでしょう?」

「う・・・」

「・・・それとも、嫌なのかしら」

「い、いいえっ!」

 少し口を尖らせてそう言うお姉さまが可愛くて、でもそんなことを思って
しまう自分がとんでもない無礼者に感じられて。そんなことを考えていたら、
力の抜けた身体がふわりと抱き寄せられて、ちょこんと祥子さまの膝の上に
座らされてしまった。


「あっ、あ、あの。これでは私の方がお姉さまに甘えているみたいです・・・っ」

 小さい子が、お父さんやお母さんに甘えて抱きついているみたいな格好に
ますます頬が赤くなる。


「そう?こうした方が甘えやすいと思うけれど」

 祥子さまはそうつぶやくと、祐巳の背中に腕を回して胸に顔を埋めた。

(うわぁ・・・)

 確かに。祐巳が祥子さまの膝の上に乗っているため、その分だけ頭の位置
が高くなって祥子さまを少し見下ろせるようになっている。そのせいなのか、
抱きしめられているのは自分なのに、まるで子どもを抱っこしているような
感覚になってしまう。


「祐巳は体温が高いのね」

 祐巳の胸から顔を上げて、見上げるような角度でそう言う祥子さまはいつ
もより幼く見えた。


「お姉さま・・・」

 胸が甘く締め付けられる。それと同時に先ほどまでの、緊張感を伴う激しい
動悸は穏やかなものになっていき、代わりにうれしいような泣きたくなるよう
な甘くて切ない鼓動が耳に響いてくる。小さい子どもにするように祥子さま
のことをやさしく抱きしめてあげたいって思った。


「なぁに?」

 何を伝いたいでもなくふと名前を呼んだ祐巳のつぶやきに、祥子さまが優
しい声で聞き返すから。祐巳は答える代わりに、そっと祥子さまの緑の黒髪
を撫でた。


 ゆっくりと何度も確かめるように撫でると、祥子さまは喉の奥で子猫みた
いな声を上げて、祐巳の胸に頬を押し当てた。その仕草に、また胸が締め付
けられる。


 甘えん坊なお姉さまも嫌じゃない。それどころか、もっとやさしくしてあ
げたいと思った。もっともっと暖めてあげたいって思ってしまった。


「・・・おねえさま」

 もう一度お姉さまを呼ぶ、掠れたような甘い声に自分でも驚いてしまう。
祥子さまは祐巳の呼びかけに応える代わりに背中に回した腕にぎゅっと力を
込めた。
 すがりつくような仕草に、愛しい気持ちが湧き上がる。
 ぴったりと触れ合った場所から、身体いっぱいに募ってあふれ出たこの愛
しさが祥子さまに伝われば良いのにと、願いを込めて祐巳も祥子さまの背中
に腕を回して抱きしめた。
 締め切った窓から柔らかな太陽の光だけが降り注いで、祥子さまと祐巳を
包み込む。優しく、でもしっかりと抱きしめあうと、光の中で祥子さまと二
人、ふわふわと溶けてしまいそうだった。溶けて一つになれば良いのにと思
った。しばらくそんな感傷に浸りながらぼんやりとしがみついていたら、腕
の中の祥子さまが喉の奥で不満そうに小さく唸った。


「・・・・・・他には?」

「え・・・っ?」

 祐巳の胸元で祥子さまが動いた気配を感じて、慌てて視線を落とすと自分
を見上げている祥子さまと至近距離で目が合った。また顔が熱くなっていく
のを感じたけれど、祥子さまの頬もうっすらと朱に染まっていたから恥ずか
しくなかった。


「もう、甘えさせてくれるのはお終い?」

 悪戯っぽくそういって、祥子さまは目を細めた。その瞳の中に首まで真っ
赤になった祐巳が見える。


「あ・・・の、お姉さまがお望みなだけ、こうしていて・・・下さい・・・」


 もちろん祐巳も時間が許す限りこうしていたい。でもきっと、祥子さまは
もっともっと甘えたいって言っているんだ。髪を撫でるだけじゃなく。抱き
しめるだけじゃなく。でも、それ以上はどうしたらいいのかなんてわからな
い。正確にはわからないのではなく、頭に血が上りすぎて、それ以上何も考
えられないと言うことなのだけれど。


「そうじゃないでしょ」

 案の定、祥子さまは祐巳の答えに不満の声を上げる。拗ねたように眉をひ
そめた顔も可愛い。自分に向けられた不満もいったん脇に置いてときめいて
しまった。


(いけない、いけない・・・)

 ふにゃふにゃになってしまいそうなのを自力でどうにか持ち直して、祥子
さまを見つめる。わがままなお姫様のお言葉に途方にくれそうになりながら、
何とか声を絞り出す。


「でも、お姉さま。他にはどうしたら・・・良い、です・・・か・・・?」

 必死で言葉を告いでいるのに、祥子さまが至近距離にある顔をなおも近づ
けてくるから、最後の方は蚊の鳴くような声になってしまった。


「そうね・・・では、がんばった私にご褒美を頂戴」

「えぇ?ご褒美?」

「そうよ」

 そう言ったきり祥子さまはきれいな瞳をすっと閉じてしまった。至近距離
でこんな風に瞳を閉じられれば、いかにそういうことに疎い祐巳でもその意
味はわかる。


(えぇぇ〜〜〜〜〜!?ご褒美って・・・ご褒美って・・・キ・・・)

 いつまでも見惚れてしまいそうになるきれいなお顔をそっと窺うけれど、
祥子さまは静かに目を閉じているだけだ。だけど、祥子さまはただ瞳を閉じ
ているだけではない。祐巳にご褒美の催促をしているのだから。唇をつぐん
でいても、瞳を閉じていても、全身で祐巳に語りかけているのがわかる。


『キスして頂戴』

 たぶん、間違いない。だって、いつも祐巳にキスをくれるときと同じよう
に睫が少し震えているから。閉じられた目元がもううっすらとはいえないく
らい赤くなっていたから。


 でも、祐巳のほうからなんてなんだか恐れ多い気がして躊躇ってしまう。
それなのに。


「ゆみ」

 掠れたような声で、祥子さまが祐巳を呼ぶ。それは先ほど祐巳の腕の中で
唸ったのと同じような、不満げで甘い声だった。祐巳を呼ぶ祥子さまの声が
頭の中で反響する。甘ったるい眩暈にくらくらして、口の中がからからに乾く。

 耳の奥にこだまする祥子さまの声にとろとろに蕩かされてしまいそうにな
りながら祥子さまの左の頬に手を添えると、祐巳の背中に回された手が、制
服をきゅっと握った。それに押されるように、そっと祥子さまの額に口付け
たけれど。唇が祥子さまの肌に触れたとたん、唇が火傷したかのように熱く
なって、口付けた時と同じようにそっと唇を離すと、すでに目を開けていた
祥子さまと目が合った。


「・・・ご褒美、です・・・」

 見つめられながらそれしか言えなかったけれど、あまりにも甘やかなその
言葉の響きに言ってしまった祐巳のほうがくらくらした。祥子さまは、その
言葉に満足そうに微笑むと、先ほど祐巳がしたのと同じように祐巳の左の頬
に手を添えて、反対側の頬に軽く触れるだけのキスをしてくれた。ご褒美の
ご褒美。「よくできました」というように、添えていた指先で祐巳の頬を軽
く撫でた。


「・・・おねえさま・・・」

 至近距離で見詰め合っても、もう恥ずかしいと思う余裕も無い。今度はど
ちらからとも無く唇を触れ合わせた。軽く触れさせては離してみつめあい、
また口付ける。
 
祐巳の髪を縛っているリボンを解くように、祥子さまの指が髪に絡まって。
何度目かの口付けの後、みつめ合ったまま祥子さまの左手を取って指と指を
絡ませた。祥子さまは、一度その手に視線を落としたけれど、また微笑んで
唇を寄せてくれた

 何度も微笑みあってキスをして。また頬をくっつけるようにして笑った。
窓から溢れる日差しが、いつの間にか部屋を赤く照らし始めても、ずっと。

 絡めあった祥子さまの手は、もう震えてなんていなかった。



END




祥子さま新婚シリーズ



 高等部在学中の同棲(0930参照)から数年。彼女はついに愛する人と生涯
を共にすることを誓い合い、二つの人生は一つになった。


 フリルのエプロンは標準装備。目覚めには甘い声とほっぺにちゅうがお約束。

「あなた、起きて(はぁと)」

 小笠原祥子。
 新たなる人生の華麗なる幕開け。

 ・・・・・・。

 ・・・・・・。

 ぼんやりと目覚めるとすぐ目の前には壮絶な美人。

「おはよう」

 にっこりと笑う顔も可愛らしいと言うより美しい。

「おおおおおおはようございます!祥子さま!!」

 幸せすぎる目覚めに目を白黒させながら、祐巳は何とかそう応えたけれど。
祥子さまは祐巳のその返事を聞いた途端、ぷくっとほっぺたを膨らませた。


「違うでしょう」

「?」

 何が違うのかな。祥子さまにほっぺや鼻先を甘噛みされながら首を傾げる
けれど、まったく要領を得ない。そんな風にしばらくおろおろしていると、
祥子さまは呆れたようなため息をついてから、祐巳の耳元に唇を寄せると、
甘えた声で囁いた。


「私はあなたの妻なのだから。祥子‘さま’とは呼ばないはずよ」

 なるほど。・・・って。

「えええ!?」

 それって。もしかしなくても呼び捨てにしろってこと!?あの小笠原祥子
さまを!?


(無理!絶対無理!!)

 思いっきり首を横に振って見せるけれど、そうすると祥子さまはますます
眉を顰めて不快感を露にした。


「私がお願いしているのに、祐巳は嫌なのね・・・」

「そ、そんなこと!」

 お願いと言うより、明らかに命令なんだけど。祥子さまにそうすごまれて
は呼ばないわけにはいかない。


「え、えっと・・・」

 口ごもる祐巳の前で、祥子さまは目を輝かせて待っている。ええい、儘よ。

「お、おはよう・・・ございます・・・・・・さ、祥、子・・・」

 しどろもどろでそう言うと、祥子さまは満面の笑みを浮かべて、もう一度
祐巳の頬っぺたにキスをした。


「朝ごはんの用意ができているから、早くきてね。あなた」

「は、はい・・・っ」

 朝からこんなにドキドキくらくらしている自分の身体を心配しつつ、祐巳
は何度も頷いて見せた。


 ・・・・・・。

 ・・・・・・。

 急いで着替えを済ませて寝室を出ると、キッチンにはいそいそと朝ごはん
を作る祥子さまの姿。


(うわぁ、うわぁ・・・)

 自分ってばなんて幸せ者なんだろう。こんなきれいで知的で優しい人がお
嫁さんだなんて。

 凛々しい後姿を眺めながら、祐巳は心の底からそう思う。胸いっぱいに吸
い込んだ幸せにふにゃふにゃと蕩けているとちらりとこちらを向いた祥子さ
まと目があった。


「・・・・・・」

「?」

 首を傾げると、祥子さまはすぐに前へ向き直った。だけど、すぐにまたこ
ちらをちらりと見ては前を向く。


「???」

 ちらちらとこちらを窺う祥子さまに、祐巳は首を傾げるばかり。

(あ、もしかして・・・)

 三度目に目があった時に、ようやく祐巳はあることに気が付いた。

「・・・あの、何かお手伝いすること、ありますか?」

 考えて見なくても、お姉さまに朝ごはんの用意をさせておいてぽけっと突
立っているなんて、何たる無礼者。


 今更だけど、祐巳は慌ててその背中へと駆け寄った。が。

「そうではないわ」

 祐巳が近寄ってそう声をかけた途端、祥子さまは眉を吊り上げてこちらへ
向き直った。


「へ?あ、えと、洗顔を済ませたほうがいいでしょうか・・・?」

 もしかして、お手伝いなんてしたらかえって邪魔になっちゃうとか。そん
なことを思いながら再度そういうと、祥子さまはますます眉を吊り上げた。


「わかってない・・・」

「はい?」

「祐巳は新婚の何たるかをまったくわかっていないわ!」

「はい〜!?」

「もういいわ」

 ぷいっ。

「お、お姉さま?」

「聖さまは、エプロンを着れば完璧といっていたのに・・・」

「???」

 ふてくされたようにそっぽを向いた祥子さまは何だか意味不明なことをぶ
つぶつとぼやいている。


「えっと、お姉さま?」

 とりあえず、どうして怒っているのかまったくわかりません。

 そんな風に肩に手を置くと、祥子さまはちらりと顔だけでこちらを振り向
いた。


「・・・祐巳は別に私のことに興味なんてないのね」

「はい?」

「結婚した途端に、妻の髪型や服装に目もくれない人もいるとは聞いていた
けれど。まさか祐巳もそうだとは思わなかったわ」


「あ、あの・・・?」

「だから、もういいといったの」

 そう言い捨てて、またつんと目をそらす。ちょっとだけ、目が潤んでいた。

(も、もしかして・・・)

 服装ってところではたと気付く。そういえば、この可愛いエプロンは今日
はじめて見た気がする。


 もしかして、それに気付かなかったから怒っているとか?

「・・・お姉さま」

 そんなことでいちいち拗ねなくても。なんだか呆れたような気持ちで祐巳
はため息をついたけれど。


 まあ、どこかの国では毎日愛しているって言わないと離婚されちゃうらし
いし。


「お姉さまってば・・・」

「知らない」

 とにかくごめんなさいをしようと祥子さまに呼びかけるけど。意地になっ
ているのか、祥子さまは絶対にこちらを向こうとしない。どんなものを着て
いても、祥子さまに見惚れちゃうから気付かないだけなのに。


 それなのに、怒ってそっぽを向いちゃう祥子さまが可愛くて、それからち
ょっとだけ憎らしくて。


「えいっ」

「きゃ!?」

 祐巳はつややかな黒髪の揺れる細い背中に体当たりするみたいに飛びついた。

「だ、だめ……祐巳」

「???」

 祐巳が背中に抱きついた途端、祥子さまは先程までのお怒りを忘れたみた
いに弱弱しい声でそう囁いた。


 あ、そうか。お料理中に飛びついたら危ないよね。

「えっと、ごめんなさい。お姉さま」

 とりあえず、予想外な祥子さまの反応に祐巳はおとなしく抱きついていた
背中から離れる。


「……」

 すると、祥子さまはあっけにとられたような顔をしてまた眉を顰めてしまった。

(???な、なんで・・・?)

 なんだかよくわからない。祥子さまの不可解な行動に祐巳のほうこそ先程
までの勢いをそがれてしまったけれど。


「あの、お姉さま。私がお姉さまのことに目もくれなくなるなんてことあり
えないですから」


 とりあえず、言うことは言っておかないと。

「今日のエプロン姿も、その、とってもおきれいです」

 わわわ、改めてこういうことを口にするのは想像している以上に照れくさ
いんだ。顔がすごく熱い。


「…ありがとう……」

 祐巳の言葉を聞いた祥子さまはほんの少し頬を染めてちょっぴり拗ねたよ
うな声でそう言った。


「えへへ」

 祥子さまのそんな反応がうれしくて祐巳はにっこり笑い返す。よかった、
どうやら仲直りできそうだ。


 が、しかし。

 一瞬だけ和みかけた空気を切り裂くように祥子さまはとんでもないことを
言い出した。


「でも、祐巳にとってはきれいではあっても、魅力的ではなかったのね…」

「はい?」

「だって、祐巳は私がエプロンを着ていてもまったく、愛でようとしてくれ
ないじゃない」


「はい〜!?」

 め、め、愛でる!?

「あ、あの…もしもし?お姉さま?」

「聖さまは、妻がエプロンを装着していたら誰だって、その、愛でたくなる
と仰っていたもの」


 あの、親父女子大生め……。
 祥子さまになんてこと吹き込んでるんですか、聖さま。

「ですから、お姉さま…」

「………」

「な、泣かないでくださいってば!」

 おろおろおろ。
 ただでさえ、祥子さまに頭が上がらないのに泣かれたりした日には、手の
付けようがない。


(ああ、でも…)

 恐れ多くてそんな風に見ていなかっただけで

 改めて祥子さまを眺めてみると抜群のプロポーションに清楚な白いエプロン。
ちょっとだけ幼いデザインがアンバランスだけどそれが却ってそそるという
か、何と言うか。おまけにそのきれいな瞳はうるうると潤んでいて。


 ごくり…。

「お、おねえ、さま…」

「?」

 祐巳の声にちらりとこちらを向き直る上目遣いがたまりません。

 ぷつんと何かが外れる音がした。

「祐・・・きゃっ・・・」

 瞳を潤ませたままの祥子さまと目が合うと同時に祐巳は体当たりするみた
いに華奢な身体に抱きついた。


「お姉さま・・・おねえさまぁ・・・」

 勢いよく抱きついてしまったせいで、ダイニングテーブルの上に祥子さま
を押し倒す形になってしまった。


 だけど、豊かなお胸に顔を埋めていると、そんなこと考えられないくらい
に理性が蕩けてくる。


「好きです・・・だいすき・・・おねえさま」

 白いエプロンの布地に鼻先をこすりつけるとむせ返りそうなくらいに甘い
祥子さまの匂いがした。


 ああ、こんなきれいな人に毎日こうして愛を伝えられるなんて。自分はな
んて果報者なんだろう。


「待って・・・まって、祐巳・・・」

 だけど、そんな幸せに蕩けながら、顔だけじゃなくて手のひらもそこへ重
ねようとしたところで祥子さまは乱暴にならないようにそっと祐巳の頭をお
胸から引き離した。


「そうじゃないわ」

「え?」

 お顔を優しく緩ませたままなのに、祥子さまが咎めるような声を出すから、
祐巳は反射的にびくんと身体を縮こまらせた。


「祐巳のばか・・・確かに愛でるだの何だの言ったけれどどうしていきなり
押し倒す必要があるの」


「あう・・・」

 もっともな正論をつかれて、祐巳はしゅーんとうなだれた。

「ばか・・・」

 何だか涙が滲みそうになってきたところで祥子さまが重ねてそんなことを
言うから本当に涙がぽろりと零れ落ちそうになったけれど。祥子さまはそん
な祐巳の頬へやさしく手を添えてものすごく甘い声で囁いた。


「最初はキスからでしょう?」

「あ・・・」

 頭に水を掛けられたような感覚に目を見開くと祥子さまの切なそうな表情
がより鮮明に視界に飛び込んでくる。


「ごめんなさい、お姉さま・・・」

 祐巳が素直に謝ると、祥子さまはにっこりと笑って一度は引き離した頭を
ゆっくりと抱き寄せてくれた。


「・・・大好きよ、祐巳」

 唇を重ねる直前に、祥子さまが穏やかな声でそう囁くから。

 今日もいっぱい、祥子さまとキスできるといいな。

 そんなことを思いながら、祐巳は幸せにまどろむようにそっと目を閉じた
のだった。


END




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