Sweets Buffet 4
不定期小噺をあつめたものです

A comfortable gift in return
*caution*性的描写が含まれます。閲覧は自己責任でお願いします




「え?」


 きょとんと首をかしげる祐巳の前で、祥子は頬が上気していくのを止められなかった。

 『甘いチョコレートが食べたいの』

 そんなことを言ったのは、つい一ヶ月前のことで。

「だから・・・」

 言葉に詰まってまごつく自分は、傍から見れば相当滑稽であろう。

 温室の隅で隣り合ったまま、彼方の夕日だけが落ちていく。

 『お姉さまのお好きなようにしてくださって結構です』

 一ヶ月前に祐巳がその言葉を口走った時には、なんとも微笑ましくて、事実噴出して
しまったのに。自分がそういった類の事を口にする段になると、途方もなく恥じらいが
込み上げてきて何も言えなくなる。

 隣り合って繋いだ祐巳の手はいつもと同じように柔らかで暖かく、この上もなく安ら
かな気持ちにしてくれるのに。


「お姉さま?」

 俯いた先の二人の影の片側で、祐巳がこちらへゆっくりと顔を向ける。

「だから、その・・・、もうすぐホワイトデーでしょう?」

 相手の目を見て話をしないことが失礼なことくらいわかっている。しかし、今祐巳の
方へ視線を向けると、赤くなった頬を真正面から見られてしまう。それが気恥ずかしく
て、祥子は前を向いたまま、ぼそぼそと口篭もった。


「あ、はい」

「・・・・・・」

 明るく答えてくれる声にちらりと横を盗み見ると、祐巳は花開くような笑顔を浮かべ
ていた。


「お返し・・・なにがいいかしら」

 可愛らしい笑顔に勇気付けられるように、お腹に力を込めてそう返す。それなのに。

「え?・・・い、いいです、いいです!お返しなんて、そんな・・・私がお姉さまに贈
りたかっただけですから」


 祐巳は一瞬呆けたように小さく口を開いて、次に顔と手をぱたぱたと振りながらそん
なことを言う。


「だめよ、それでは。ほら、去年もきちんとお返ししていないもの。何でもいいわ。何
か欲しいものでも、その・・・祐巳がしてほしいことでも・・・何でも」


 その仕草自体は可愛らしくて気持ちを和ませてくれたけれど。祐巳の答えは祥子の期
待していたものではなかった。祥子は既に何か返すと決めているのだから。欲しいのは
具体的な言葉なのだ。


 否、きっと。本当に欲しいのは、一ヶ月前の自分と同じような答えなのかもしれない。
ぼそぼそと付け加えた自分の言葉にその気持ちが滲み出ているような気がして、やっぱ
り顔が熱くなってしまった。


「・・・でも」

 もしかしたら、わざと焦らされているのだろうか。困惑の色が混じった声に、祥子は
痺れを切らしたように祐巳に向かい合った。


「もうっ、私がしたいと言っているのに。あなたは聞き入れないと言うの」

「ええ!?そ、そういうわけでは・・・」

 思わず大きな声でそう言い放つと、声と同様に祐巳が困惑気味に眉を下げる。その様
子に急激に頭の熱が冷めていくと同時に、居た堪れなさが競りあがってくるものだから、
祥子は何も言えずにふいと祐巳から顔を背けてしまった。


 どうしてこうも、祐巳の前だと冷静になれないのだろう。祐巳は答えをわざとはぐら
かせて祥子の反応を楽しむような子ではない。少し考えればわかることなのに。


「えっと・・・それじゃあ・・・」

 半ばふてくされたような気持ちで黙り込んでいたら、どこか笑いをかみ殺したかのよ
うな声で祐巳が言った。


「一つだけ。お願いを聞いてくださいますか?」


                               


「ここは、公式を当てはめればすぐに解けるわ」

「?」

「文章の順番どおりにすれば良い訳ではないでしょう?この数字をまず公式で分解して
から、もう一度全体を当てはめるのよ」


「あ」

 祐巳はうれしそうな声を漏らすと机に向き直り、一心にノートへペンを走らせた。隣
に腰を下ろした祥子の顔のすぐ側で、祐巳のお下げがふわふわと揺れる。


 『一つだけ。お願いを聞いてくださいますか?』

 はにかんだように微笑みながらそう告げる祐巳に、胸の高鳴りを自覚しながら、祥子
は即座に頷き返した。が。


「ありがとうございました、お姉さま」

「え、ええ・・・お礼を言われるほどのことではないわ」

 目の前にはパステルカラーの小さな折り畳みのテーブル。その上に乗せられているの
は、祐巳が使っている数学の教科書とノート、それから筆記用具。


 なぜならば、ここは福沢家の祐巳の部屋で。祐巳が言うところの「お勉強会」とやら
を実施中だからである。


 一つだけという祐巳のお願いは本当にささやかなもので。物品が欲しいわけでもなけ
れば、デートなんてイベントごとでもない。勉強でわからないところを教えて欲しいと
いう、極めて簡単なものだった。


「これで、来週の小テストもばっちりできちゃうような気がします」

「そう・・・」

 なんでも、二年生は学年末テストが終わったこの時期に入っても、各教科で復習やら
演習やらの名目の元、小テストという名の試験が行われているらしい。いくらリリアン
の受験対策が整っていないとは言え、二年生ともなれば将来へ向けてそれなりに緊張感
を持たなければいけないという所だろう。


 しかし、だ。

 何故に、ホワイトデーのお返しにあえて試験勉強の指導なんてものを選択する必要が
あるのだろう。これで、場所が祐巳の部屋でなく薔薇の館ならば日常の風景と変わりが
ない。勉強会兼お泊り会となっているところがせめてもの救いだろうか。もちろん、祐
巳の部屋にこられるのはうれしいことなのだけれども。


「ねぇ、祐巳」

「はい?」

 にこにこと教科書類を片付ける祐巳に、祥子は不満げな声を上げた。

「他に、何かないの?」

「?」

「ほら、勉強を教えるだけならば、学校でもできるでしょう?お返しなのだから、あな
たのして欲しいことを遠慮なく言ってくれたらいいのよ」


 言いながら、それが自分の願望であることに気が付いて、妙に気恥ずかしくなる。何
を期待しているのだ。


「でも、私はお姉さまがお泊りして下さるだけでうれしいから・・・他には思いつかな
くて・・・」


 祐巳はぽっと頬を染めながらもじもじとそんな言葉を口にする。

「そう?」

 そう言われれば悪い気はしない。何よりも。もう少し甘えて欲しいけれど、それを何
度も口に出せるほどには、恥じらいを拭いきれない。どうせなら、祐巳から何か言って
くれれば話は簡単なのだけど。


(・・・別に、そういうことがしたいわけでは・・・)

 相手に責任転嫁しかけたところで、祥子は我に返って自分の思考に訂正を入れた。そ
う、別に。祐巳と一緒にいられるだけで充分幸せであるからして、それ以上どうこうし
よう何てことは・・・。自分に言い訳をしながら、それでも喉の奥が焼け付いていきそ
うな感覚を覚えて、祥子はふっとため息をついた。


 本当は。

 一ヶ月前の自分のようにとは行かないまでも。祐巳からも求めて欲しい。

 心の底で、そんなことを願っているからこそ、こんなにももどかしいのだ、きっと。

「それに、お姉さまに教えていただけて本当に良かったです。私、文章題がどうしても
苦手で・・・」


 疚しさでいっぱいになった頭で一人考え込んでいると、隣の祐巳がおっとりとそう切
り出した。


「そうなの?国語や英語はすらすらと解けていたけれど」

「だって、数学の文章題は妙に引っ掛けが多くて」

「あら、それは祐巳が早合点するからでしょう。落ち着いて考えればわかるわよ」

 力説する祐巳の様子が微笑ましくて、自然に頬が緩む。祐巳が笑ってくれるのなら、
これはこれで良い気がしてくる。先程までのもどかしさも一瞬にして流されてしまうほ
ど、それは可愛らしい笑顔だった。


「でも、問題を読んでいるとだんだんと頭がパンクしそうになってですね・・・それが
数学なのか他の教科なのかすらわからなくなるんです」


「まあ」

「それに」

 不意に笑いあっていた二人の肩が触れた。

 痺れるような感覚にそろりと隣を窺うと、遠慮がちにこちらを覗き込んだ祐巳と目が
あう。


「もう、勉強はお終い?」

 目の前の祐巳の頬が赤く染まると、自分の頬にまでそれが移ったかのように熱くなる。
気恥ずかしいやら、照れくさいやらで、結局目を逸らせてしまった。ただ、ぶっきらぼ
うにそう言って、祐巳の手を握るしかできない。


「あ、はい・・・」

「お夕食まで、まだ時間があるわね」

 まだ時計は十七時を回ったばかりだった。

「えっと、ゲームか何かしましょうか?それとも、何か本でも・・・」

 沈黙からの緊張のためか、祐巳は裏返ったような声でそう言って立ち上がろうとする。

「祐巳」

 けれど、それではせっかく繋いでいた手を離さなければいけなくなるから。甘える子
どものように、祐巳の手を強く握ってそれを押し留める。ぎゅっと握って引き寄せると、
祐巳はよろよろと元の位置へ戻った。


「お姉さま?」

 困惑した表情の祐巳がこちらを見ている。きらきらと輝く大きな目に、ほんの少し強
張った表情の自分が映し出されている。座って向かい合う距離がもどかしくて。反射的
に目を閉じると、しばらくの逡巡の後に頬へ柔らかな唇がそっと押し当てられた。僅か
な時間を置いて、目元と鼻筋にも吐息がかかる。唇のすぐ横に温もりが訪れると、祥子
は自分からほんの少し唇を開いてしまった。


「ぁ・・・」

 喘ぐようなため息が唇から注ぎ込まれて、思わず祐巳の腕にしがみつくと、ゆっくり
と背中が絨毯へと押し付けられる。


(ちょ、ちょっと、待ちなさい)

 確かに、求めて欲しいとは思っていたのだけれど。こうも唐突な展開は予想していな
いわけで。


『ホワイトデーだから、祐巳の好きなことをしてくれたらいいのよ』

『じゃ、じゃあ、私もバレンタインデーの時みたいに、その・・・甘いお菓子が食べた
いです!』


 そんなやり取りが実施されて初めて、行為へと移行されるはずなのであって。

「ゆ、祐巳・・・」

 ブラウスの上を滑っていた手のひらが、スカートの裾へとゆっくり下がっていくのを
感じて、祥子は狼狽を隠し切れない声で祐巳を呼んだ。


「あっ、え、うえ!?」

 助けを求めるように細い背中をぽんぽんと叩くと、祐巳は重なっていた祥子から弾け
るように身体を離した。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あの・・・・・・」

 身体を浮かせるようにしてこちらを見下ろす祐巳の顔は、湯気が出てくるのではない
だろうかと思うくらいに、見る間に赤くなっていく。桜色の唇が、戦慄くみたいに震え
ていた。


「・・・大丈夫よ。今日は祐巳の好きなことをしてくれたら良いのだから」

(あ、あら・・・・・・?)

 焦る心境とは真逆の言葉がすらすらと口から出て行くのに固まってしまう。けれど、
祐巳がうれしそうに目元を緩めるから、固まった身体が蕩かされていくように、祥子は
うっとりと吐息を漏らしてしまった。


「お姉さま。背中、痛くないですか・・・?」

「ん・・・、だい、じょうぶ・・・」

 耳元に直接吹き込むように囁く声に仰け反ると、細い指先におとがいを撫で上げられ
て声が上擦る。


「おねえさま」

 髪に顔を埋めて抱きしめながら、祐巳が甘えた声で祥子を呼ぶ。掠れたような、歌っ
ているような、甘い甘い声。何度も祥子を呼んでくれる、この声が好き。普段よりも一
層幼くて、甘く切なく自分を求める声がたまらなく好き。


「・・・っあ・・・」

 後ろから祥子を抱きすくめたままの祐巳の手が、ブラウスの裾から入り込んで素肌の
上を遠慮がちに滑る感覚に声が漏れた。そのまま絨毯に頬を押し付ける。その瞬間。


 ガタ・・・ッ。

「・・・・・・っ!?」

 押し付けた絨毯の下から、何かが動く音がして祥子は息を呑んだ。

 忘れかけていたが、ここは祐巳のお部屋で。階下には小母さまや祐麒さんがいるのだ。
お家へ上がる際に挨拶したきりだったけれど、どこかへいった風には感じられなかった。


「ま、まって、祐巳・・・」

「?」

 おへその辺りを舌先が撫でる感覚に身を捩りながら、祥子は上擦った声を上げる。こ
の場合は甘く掠れているなんて代物ではないはずだ。


「その、祐麒、さんや、小母さ・・・っまは・・・っ・・・」

 それなのに、祐巳は暖かな愛撫を止めようとはしない。濡れた感覚が胸元まで滑り込
んで、熱を帯びた息遣いがそれと一緒に近づいてくる。


「・・・下に、リビングにいると思います、けど・・・」

「・・・・・・っゆ・・・」

 胸のふもとに唇を這わせながら、祐巳は舌足らずにそう言うと、もどかしそうにそこ
で言葉を飲み込んで、先端にぎゅっと唇を押し付けた。


(な、な、な・・・っ)

「・・・お姉さま・・・おねえさま、だいすき・・・」

 胸に吸い付く祐巳を引き離そうとはするものの、とろんとした声と赤ん坊みたいな仕
草が愛しくて、制止する手にも力が入らない。


 が。不味い状況には変わりはない。むしろ。

「・・・や・・・っ、ぅん・・・」

 手どころか、全身の力を抜き取られていくかのように、身体が絨毯に沈み込もうとす
る。それと一緒に、胸の奥から熱く蕩けていくように甘い息が競りあがって上擦った声
が漏れてしまう。


 だけど、自分と祐巳の乱れた吐息の合間に、誰かがすぐ側にいる気配が入り込んでき
て、頭の中が真っ白になる。


 どうしよう。もしも気付かれたら。

(べ、別に、祐巳とのことが露呈するのが嫌なわけでは・・・)

 霞んでいく頭の中でそんなことを喚いてみるが、そういう問題ではないこと位はわか
っている。こういった行為は、二人の間で秘めやかに行われるものであって。あえてそ
れを観覧してもらう必要なんてないのだ。閨の秘め事なんて言葉もあることだし。


「―――っあ・・・少し、ま・・・て、ゆみ・・・」

 鎖骨に押し当てられる前髪の感触に、むずがるように首を振ってみせても、祐巳の手
のひらはますます忙しなく素肌の上を滑っていく。


「や・・・、やめて、嫌・・・っ」

「・・・・・・!」

 『嫌』と言う言葉を発した途端、指先を髪に絡めるようにしてかき抱いていた祐巳の
動きがぴくり、と震えて。すぐに身体ごと跳ね上がった。


「ご、ごめんなさい・・・っ、あ、あの・・・っ」

 跳ね起きた祐巳は祥子の顔を覗き込むと、泣き出しそうな顔をして必死な様子でそう
切り出した。


「もうしませんから、お姉さま・・・っ」

「?」

 確かに嫌だとは言ったけれど。尋常じゃない様子でそう頭を下げる祐巳に首を傾げて
しまう。


「だから、泣かないで。お姉さま」

「え・・・?」

 おろおろとうろたえながら、自分の方こそ泣き出しそうな顔をして、祐巳は祥子の頬
を撫でた。


「泣いてなんていないわよ・・・」

「でも」

 何のことを言われているのかわからなくて、祥子がぶっきらぼうに答えると、祐巳は
目元を拭った指先を目の前へ持ち上げて見せた。


「あ・・・」

 そこは確かにきらきらと光る雫で濡れていた。どうやら、焦った拍子に涙が出てしま
ったらしい。ただ、それだけのことなのだけれど。


「本当にごめんなさい、お姉さま・・・」

 母親に叱られた幼稚園児のように、祐巳は落ち着きなく、口元へ手を押し当てて、涙
の滲む瞳をぎゅっと閉じる。


「そうじゃないの、あなたが嫌だったのではなくて。ご家族の方が気になっただけなのよ」

「でも・・・」

 お腹の上へちょこんと跨ったままの祐巳の頬へ手を伸ばす。ゆっくり撫でてやると祐
巳はくすぐったそうに目を細めたけれど、まだむずがるように瞳を揺らめかせていた。
先程までの勢いはどこへいったのだか。


「祐巳のしてくれることで嫌なことなんて一つもないわ。知っているでしょう?」

 ぐずぐず鼻を啜っている子どもを宥めるのは一苦労だ。手のひらで包み込むように撫
でると、祐巳は子犬のようにそこへ頬を押し当てて目を瞑った。


 嫌なことなんて何もない。それどころか、半ば自分から求めておいて、泣いたり喚い
たりしている祥子の方にこそ問題があるのだ。


 今は階下の音も、扉の向こうの気配も、何も感じられない。

 目の前に俯く祐巳がいるだけだ。

 『祐巳の好きなことをしてくれたらいいの』

 もう一度その言葉を掛ければいいのだろうか。俯く祐巳を眺めながらそんなことを考
えて、すぐに否と首を振る。自信をなくしかけているだろう祐巳からは「もういいです
から」なんて涙声が聞こえてくるだけだろうから。


 なによりも。本当は「ホワイトデーのお返しだから」祐巳の好きなようにして欲しい
わけではない。相手に全てを委ねるなんて言葉は聞こえはいいけれど。恥じらいや、躊
躇いを放棄して、気持ちの一切を相手に押し付けるなんて、ただの傲慢だ。


 祐巳が好き。だから、祐巳に触れて欲しい。

 最初からそう言えば良かった。

「祐巳」

 祥子の声に、手のひらに頬を押し当てて目を伏せていた祐巳が顔を上げた。まだ少し、
目元が涙で滲んでいる。


『私がしたいと言っているのに。あなたは聞き入れないと言うの』

 また、そんな風に喚いてみようかしら。そんなことを考えると、思わず苦笑が漏れて
しまった。


「・・・?」

 急に笑い始めた祥子を、祐巳が不思議そうにみつめてくる。首を傾げて、少しだけ不
安そうに瞳を揺らめかせている祐巳をみつめ返すと、とくんとくんと胸の奥から湧き出
てくるように、温かい気持ちが全身に広がっていく。


「私が、祐巳に触れて欲しいの。だから・・・」

 さざめいていた胸が、徐々に激しい鼓動に突き上げられていくのを感じながら、祐巳
の頬を両手で包んで引き寄せる。


「・・・いっぱい、気持ち良くしてくれる?」

 顔が熱い。

 本当の気持ちを伝えると、どうしてこんなにも胸がドキドキするのだろう。

「お姉さまぁ・・・」

 引き寄せたままの距離で、祐巳はやっぱり涙の混じった声で祥子を呼んだけれど。そ
の声は、祥子の大好きな甘くて暖かい声だった。


 唇を寄せてくる祐巳の背中に腕を回して。柔らかな腰に足を絡めて。ぎゅっと力を込
めて祐巳の身体を全身で感じる。


 耳元に聞こえてくる、唇が触れ合う微かな音を感じながら、たまらなく愛しい気持ち
がこみ上げてきた。


 祐巳の身体の確かな重みと、熱と。その全部が愛しい。欲しかったのは、この感覚だ
った。


「ゆみ・・・」

 鼻先をこすり合わせるようにしてみつめあいながら、うっとりと祐巳を呼んだ。その
時だった。


「おーい、祐巳!」

「「・・・・・・!!!」」

 唐突に扉の向こうから聞こえてきた祐麒さんの声に、「ひっ」なんて声ではない、
「ぎっ」だか「ぐっ」だか、とにかく声にならない叫びを二人してあげると、寝転がっ
て抱き合ったまま、本当に固まってしまった。


「祐巳ー?」

「ななな、何!?!?」

 祐巳は弾かれたように起き上がると、階段の下かららしい張り上げられた声に負けな
いくらいの大きな声でそう叫ぶ。


「母さんが、もうすぐご飯だから降りて来いってさ」

「わ、わかった。すぐ行くから・・・!」

 跳ね起きた祐巳と同じく、祥子も起き上がると、二人してお互いの身なりを整える。
階段の下にいるらしい祐麒さんが上がってくる気配は無かったけれど、いかにも勉強を
していましたという風に、折りたたみテーブルの前に並んで座った。


「・・・・・・」

「・・・・・・」

 一、二、三・・・。激しく高鳴る胸の中で数えること数十秒。祐麒さんがリビングへ
帰るのを感じると、お互いに安堵のため息を盛大に漏らしてしまった。


「祐巳ったら」

「お姉さまこそ」

 お互いのため息に二人同時に噴出す。そのまま肩を寄せ合って、くすぐりあって、二
人してしばらくの間、くすくすと笑い続けていた。


「・・・・・・ご飯の後は・・・」

 お互いをくすぐる手がいつの間にか背中に回されて、強く抱き合う形になると、祐巳
がさえずりに紛らせるようにそう囁いた。


「ええ」

 はにかんだ声でそう答えると、祐巳はまた、うれしそうな笑い声を漏らした。きつく
抱きしめあうと、祐巳がどんな顔をしているのか気になって。ほんの少しだけ身じろぎ
すると、声と同じようにはじけるような笑い顔が目の前にあった。きっと、自分も同じ
ような顔をしているのだろう。目と目が合って熱くなっていく胸の中で心からそう思う。


「お姉さま」

 みつめあって、頬ずりをする。鼻先でくすぐりあって、額をくっつける。馬鹿みたい
にそんなことを繰り返していると、祐巳が遠慮がちに祥子を呼んだ。


「お願い。もう一つだけ・・・」

「なぁに?」

 ああ、そういえば。このお泊り会は祐巳のお願いを叶えた形になるのだった。そんな
ことを思い出しながら、薄紅色の頬を啄ばむと祐巳は消え入りそうな声で言った。


「もう少し、キスしたいです」

 また、目が合って。打ち落とされるというのはきっとこういう感覚なんだろう。祐巳
の言葉が耳に届く前に、祥子は桜色の唇にそっと口付けた。


 結局、小母さまが「ご飯ですよ」と階下から大きな声で呼ぶまで、何度も何度もキス
をした。


 それは、ホワイトデーのほんの少し前の週末の出来事。



                              END


 乙女祥子さま。いえ、いつの間にか三月だったので。ホワイトデーも妄想。うふ(殴)。



お外でご飯?


 いつもならそんなに気にならないことでも、ちょっとしたきっかけでそのことばっかり考えちゃう時がた
まにあったりして。

「お姉さま」

「?」

 ぽかぽか陽気が南向きの大きな窓から惜しみなく降り注いで、部屋中を暖かい空気でいっぱいにする。
思わずお出かけしたくなるような、麗らかな日差し。本日は晴天なり。だけど。

「今日は何か予定でも」

「特には何もないわね」

 リビングのソファの上、祐巳の膝に頭を乗せてごろごろしている祥子さまは、放っておけばいつまでも
そうしていそうな位にくつろいでいる。

「祐巳は何か予定があるの?」

「いえ、特には…」

 特にはないんだけれども。ないからこそ、何か予定を立てたいのだ。お姉さまと一緒に。というかお出
かけしたい。だってこんなに晴れているのだもの。

「ただ、お昼ご飯を外で食べたりしたいなぁって…」

 もちろん、休みの度にそんな贅沢がしたいわけではない。だけど、ふと思いついてしまったのだ。
 祐巳と祥子さまは、一緒に暮らすようになってからデートしなくなったような気がする。 一緒に過ごせ
るのだから、それだけでも満足で。いつもならそんなこと考えないんだけど。

 では、そもそもなぜそんなことを考えるに至ったかと言えば、ごく身近な人の何気ない一言がきっか
けとなったわけで。

『昨日、久っしぶりに令ちゃんとデートしたんだぁ』

 週明けの放課後、満面に笑顔を浮かべた由乃さんは開口一番、そんなお惚気を披露してくれた。万
年新婚状態な黄薔薇さんちだから、お惚気を耳にするのはしょっちゅうのことなんだけど。

『ええ、いいなぁ…』

 その日もその日とて、祐巳は力いっぱい物欲しそうな顔でそう答えてしまった。
 だって。
 そうじゃなくても、祥子さまは学校ではそっけなくて。お家に帰ったら甘えてはくれるけど、二人で一緒
にどこかへ行こう、なんてことにはならない。幸せなのは幸せなんだけど、由乃さんと令さまみたいな熱
々な二人を見てしまうと、どうにも羨ましくて仕方なくなったりするわけで。まぁ、贅沢な悩みなんだろう
けど…。本人はいたって真剣である。

「そと?」

 それなのに、祐巳の言葉を聞いた祥子さまは、意味がわからないといった風にきょとんとした表情で
首を傾げた。

「お昼ではなくても三時のお茶、とか…」

 ぽそぽそ。そんな反応をされると、自分がとんでもないことを言ったような気がして、急に言葉尻がす
ぼまってしまう。どうやら、祥子さまの頭の中には、即座に外食という概念が浮かんでこなかったらしい。

「外で食事をするのはあまり好きではないですか?」

 まぁ、学生の身分で同棲しているわけだから、やっぱりずうずうしいお願いになるかな、やっぱり。そ
んなことを考えながらおずおずと膝の上を覗き込むと、祥子さまはなんだか困っているような考え込ん
でいるような曖昧な表情を浮かべていた。

「そんなことはないけれど…」

 あ、言い難そう。どことなくもじもじしているような祥子さまの様子は、普段ならば見られないものであ
ろう。それはそれで、希少なんだけれど。
 もしかして、祥子さま外食嫌いなのかな?それとも祐巳と一緒が嫌だとか…。

 そんな風にうじうじとマイナス思考に片足を突っ込んだところで、祥子さまがぼそぼそと言った。

「だって、外だとできないし…」

 もじもじ。

「へ?」

こんな風に近くに座れないし…

「…………」

 もじもじもじ。

「……
『あーん』ってできないもの……」

 消え入るような声で言い捨てて、祥子さまはつんとそっぽを向く。

(く、ぁぁぁぁ……)

 何、この可愛さ。ものすごい破壊力。とりあえず、祐巳の思考回路は木っ端微塵である。

「……どこか、行きたいところはもう決めているの?」

 でれでれふにゃふにゃ蕩けていると、ほんの少しだけ頭を浮かせた祥子さまが祐巳の顔を覗き込ん
でいた。

「え?でも……」

 今の口ぶりでは、今日のお昼もお部屋でご飯に決定みたいだったのに。むしろそれで構わなかった
んだけど。どういった気分の変化なのか。

「たまには外で食べるのも良いでしょう?」

 なんだかあべこべ。立場逆転。祥子さまの思考回路ってよくわからない。そんな風に顔中にハテナマ
ークを浮かべていると祥子さまがはにかみながら言った。

「場所がどこでも、私は祐巳の顔を見ながら食事をするのも好きだもの」

「へ?」

 囁き声にぽうっとほっぺたを熱くしていたら、「今、思い出したわ」なんて付け加えながら、祥子さまが
甘えた声で続けた。

「にこにこ笑っていて、可愛いから」



                              END



 まぁ、祥子さまは祐巳ちゃんと一緒にご飯食べられればそれで満足なんだろうなぁと。



 0930プチ〜日曜日の昼下がり編〜



「お、お姉さま・・・もう、これくらいで・・・」

「駄目」

「あうぅ・・・」

 そりゃ、元はと言えば祥子さまに甘えて多少強引なことをした祐巳が悪いのはわかっている。
わかっているけれども。もう既にこんなことを始めてから数時間。そろそろ体力の限界も近い。
 だけど、祥子さまはそんなに祐巳の様子になんてちっとも気に掛けない。むしろわかっているけ
ど無視。

「お姉さまぁ・・・」

 由乃さんをお手本に、できるだけ可愛い顔を作って見るけれど。

「そんな顔をしても駄目よ・・・・・・むしろ逆効果ね」

「ぴ・・・・・・」

 にやりと口元を上げて見せる祥子さまは、それはもう壮絶に美しいのだけど。

「さ、次はこれよ。早くなさい」

 問答無用で祥子さまは手にしたものを祐巳の眼前に突き出した。

 試着室のカーテン越しに。

 祐巳と祥子さまは今ショップめぐりをしているのだ。正確にはワンピースをお買い求め。

『ワンピース、着てくれる?』

 事の発端はその一言だった。

 いや、そもそもの始まりは祥子さまの麗しいお姿に、祐巳の理性やら慎みやらが吹っ飛んでし
まったからか。

 どちらにしても、祐巳がこんなところでこんなことをしているのは、自業自得というわけで。

 祥子さまの艶っぽい吐息と、濡れた瞳に引き寄せられるように二つ返事で承諾したまでは良か
ったんだ。が。

 実はワンピースというものを持っていなかったことに気付いたのは、二人して仲良くお風呂へ入
って、遅い朝食をとってからのことで。

 まったく持っていないわけではない。夏用の薄地でキャミソールの延長のようなものや、チュニ
ックワンピースなんかは持っているけれど。祥子さまが期待しているような、実用的・・・ちがう、
即着られるような物を持っていなかったのだ。実家の箪笥を探せば二、三着はあるかもしれない
けど。

 祐巳が素直にその事を告げると。

『じゃあ、お昼からはデートしましょう』

 祥子さまは優しく笑ってそう言ってくれた。

 しかし、それで許してくれる祥子さまではなかった。

 ファーストフード店やファッションビルへ入るのも一苦労だった頃の祥子さまはどこへやら。ビル
自体で三件目、お店にいたっては既に何件目だかわからない。祥子さまは祐巳の手を引き、文
字通りしらみつぶしにワンピースをとっかえひっかえ着せ替えごっこ中なのであった。

「はう・・・」

 先程まで来ていたものを丁寧にハンガーへ掛けて、祐巳はぐったりとため息を吐き出した。

(うーん、やっぱり似合わないんだよなぁ・・・)

 持っていないのにはそれなりの理由があるわけで。嫌いなわけではないのだけれど、なんとも
似合わないのが実情で。
 お子さま体型だから身体のラインが強調されるようなものは避けたいし。かちっとしたシャツワ
ンピースもいかにも着せられてる感が漂う。だからといってフリルやバルーンなんて何だか可愛
らしすぎる気もする。

 祐巳はもう一度、はぁっとため息をついて先程手渡されたものに袖を通した。

 祥子さまはそれはもう手当たり次第といった感じでお店にあるワンピースをとっかえ引返してい
るようにも見える。だけどよくよく見るとどうやら好みがあるらしく、どこかレトロな感じがするもの
や、それこそフリルやらレースやらで作られた柔らかい印象のものを選択していたのである。

 それから、祐巳がどんなに恥ずかしそうにしていても、遠慮したいなって言う顔をしていても、満
面の笑顔で「可愛いわ」なんて言ってくれちゃうのだった。

(そりゃ、お姉さまが喜んでくれるのはうれしいけど・・・)

 あんなにうれしそうにみつめられるとどうしたらいいかわからなくなる。顔がとっても熱くなって、
恥ずかしいのか、照れているのかすらわからない。だから結局、真っ赤な顔のまま「これはちょっ
と・・・」なんてことしか言えなくなっちゃうのかも・・・。いやいや、祐巳にも好みがあるのは事実だ
けど。

 でも、そんなこんなでいつまでも決められないから、祥子さまも何時間もこうやってお店めぐりを
しないといけない羽目になっているんだ。

「祐巳、いい?」

「あ、あ、はいっ」

 ぐるぐるといつもの百面相を一人で披露していると、祥子さまの声が聞こえてきた。何だかそわ
そわしているというか、焦っているというか、とにかくいかにも「待ってます」という声。

「見せて」

 そう言って、こちらが良いとも悪いとも言っていないのに試着室のカーテンを開く。

(わ、わ、わ・・・!)

 一応装着は完了しているが、心の準備ができていなかった祐巳は無意味に慌ててしまった。

「あ・・・」

 とっさに自分で自分の身体を抱きしめたところで、開かれたカーテンの向こうから顔を覗かせた
祥子さまと目があった。

「可愛いわ、祐巳」

「あぅ・・・」

 そういうこと言うから、何も考えられなくなっちゃうんだってば。

「祐巳はどうなの。気に入った?」

「え、えっと・・・」

 祥子さまにそういわれて、祐巳は自分が今着ているものをきちんと確認していなかったことに
気付いた。もう何着も着ていたから、いつの間にか単調作業のようにこなして、そんなことすっか
り忘れていた。

 腕を解いて、鏡の前に立つ。

「・・・どう?」

 後ろから、祥子さまの声が聞こえてくる。

 鏡の中の自分が身につけている服は、お昼からは何度も目にしたワンピースの形だけれど。
柔らかいシフォン生地にカッとワークで小花が散りばめられている。先程までのものよりは少しシ
ンプルな、それでも可愛らしいワンピースだった。

「なんだか、これって・・・」

 今朝、祥子さまが着ていたものと似ているような。

「ええ、少し似ているかしらと思って」

 はにかんだように祥子さまがそう言って、もう一度「どうかしら」なんて尋ねてくる。

「いいですっ、これが良いです、お姉さま」

 勢いよく振り返ってそういうと、祥子さまは一瞬だけ目を見開いて、すぐににっこりと笑った。

「よかった」

「え?」

「だって、祐巳が自分で「これがいい」と言ってくれたのは、これが最初だもの」

「あ・・・」

 そういえば、目を回して恥ずかしがるだけで、そんなこと言っていなかった気がする。

「ご、ごめんなさい・・・」

「いいのよ。祐巳が良いといってくれるものを選びたいのだから」

 何だか自分がとってもわがままな気がしてしゅんと俯いたけれど、祥子さまは優しい声でそう言
って祐巳の肩にそっと触れてくれた。

 それから、顔だけを覗かせてカーテンを自分の身体に巻きつけるようにぎゅっと締めると、祐巳
の唇にチュッとキスをした。

「!お、お姉さま・・・っ!」

「そのまま着て帰りましょうね」

 何食わぬ顔でそう言うと、祥子さまはさっとカーテンの向こう側に隠れたけれど。

「・・・・・・」

 残された祐巳は。ふわふわのワンピースと、カーテンに隠れてしたキスのせいで、お家に帰っ
たら祥子さまとどんなことをするのか思い出して、顔どころか全身が見る間に熱くなってしまった
のだった。

                           *

「でも、お姉さま」

 手を繋いで歩く帰り道、繋いでいないお互いの片手にはちゃっかりと買い物袋の山。

「なぁに?」

 お店を出てからずっと、祥子さまは何度も祐巳を見てはにっこり笑って、上機嫌に繋いだ手を大
きく振ったりなんてしてる。

 祥子さまに見立ててもらったワンピースを着た自分を見ることはできないんだけど。今朝の祥
子さまとお揃いを着ていることがうれしくて。それを祥子さまが愛しそうに見てくれることがうれしく
て。
 だけど、はたと気付いてしまった。

「えっと・・・お家に帰ったら、結局すぐにその・・・このワンピースは必要なくなるのでは・・・?」

 だって、もとはといえば、今朝の約束のせいでこんなデートが実施されたわけであって。お気に
入りの一枚を購入できたのは良いけれど、その先に待っているのはそれはあまり必要のない甘
い時間であるからして。

「・・・まぁ、どうしましょう」

 そんなことを考えながらしどろもどろで告げた祐巳の顔をじっと見ていた祥子さまは、今思い出
したかのように口元に手を当てて。

「お姉さま?」

 ほんの少し耳元に朱がさし始めた所で、ぼそりと呟いた。

「今日は祐巳を眺めて過ごそうって決めていたのに・・・」

「へ?」

 どちらも捨てがたいわ、なんていっている祥子さまお顔は、それはもう真剣だった。



                         END


「・・・お姉さま」

「・・・・・・(じー)」

「あの、そんなに見られると、落ち着いてお料理できないんですけど・・・」

「・・・・・・(じー)」

「も、もう・・・っ、知りませんからね(ぷいっ)」

「後姿も可愛いわ(にっこり)」

「・・・・・・・・ぁぅ・・・・・・」

 祥子さま新技(?)を会得した模様。
 リクエスト、ありがとうございました。



0930プチ〜日曜日の夕食後編〜
*caution*性的描写を含みます。閲覧は自己責任でお願いします。


 祥子さまの唇がそっと首筋に押し当てられる。短い吐息の熱さと、ほんの少しだけひんやりとした祥
子さまの唇の感触に、疼くように肩が揺れる。次いで、白い歯で柔らかく噛まれると、背筋から頭のて
っ辺に向かって震えが走り抜けた。

「・・・・・・痛かった?」

「へ?」

 ぞくぞくとするような感覚は、どことなく得体の知れない感じがするけれど、決して不快なわけではな
いのに。祥子さまは祐巳の反応に、ぴくりと顔を上げた。

「いえ、そんなことは・・・・・・」

 祥子さまの真剣で、少しだけ不安そうな顔に正直どう応えたらいいのかわからなかった。触れただけ
で痛いわけないのに。

「そう」

 祥子さまは、祐巳の言葉にほっと息をつくと、確かめるように先程まで唇で触れていた場所に指先を
這わせた。
 まるでほんの少しでも乱暴に扱えば壊れてしまうかのように、祥子さまは優しくそこを撫でてくれた。

「お姉さま・・・」

 天にも昇る気持ちって、こんなことを言うのではないだろうか。愛しげにこちらをみつめてくれる祥子さ
まをみつめ返しながら、夢見心地のように祐巳はそんなことを思ったけれど。

(それにしても)

 こんな風に優しく扱われると改めて、今朝の自分の浅はかさが思い出されて居た堪れない。求める
気持ちが先立って、相手を思いやれないのはなんて滑稽なんだろう。

「あ」

 悶々と一人反省会を行っていると、とあることに気が付いて、祐巳は祥子さまの腕の中で素っ頓狂な
声を上げてしまった。

「ど、どうしたの?」

 祥子さまは突然の大声に素直に驚いた様子で、瞬時に身体を離して祐巳を覗き込んだ。

「あ、いえ・・・・・・」

 まじまじと眺められてつい言葉に詰まってしまったけれど。

『ワンピース、着てくれる?』

 思い出した。

 思えばその一言で(というよりその前の自分の行為のせいだけど)、今日一日の行動が決まってしま
ったのは言うまでもない。

 お店を出てから、お家へ帰ってお風呂に入るまで、祐巳はやっとのことで見つけたそのワンピースを
身につけて過ごした。祥子さまもずっとにこにこ顔で祐巳をみつめてくれていたわけだけれども。

 だけど今それは、洗濯機で回されて部屋干されている。

「その、ワンピースなんですけど・・・」

「?」

「えっと、今は着てないから・・・・・・」

「???」

 もじもじと切り出すと祥子さまは不思議そうに首を傾げたけれど。

 祥子さまのあの口ぶりでは、てっきり着用したままで・・・・・・つまるところそういうことをするのだと思
っていたのだ。思い出すだけに留めておけばいいものを、口に出してしまってからでは取り返しが付か
ない。

「朝、お姉さまと約束したのに・・・・・・いいのかなって・・・・・・」

 覆水盆に返らずなんて言葉をかみ締めながら、祐巳は消え入りそうな声で言った。

「あら」

 対する祥子さまは、祐巳の言葉を聞くと一瞬だけ目を丸くしたけれど、すぐにすーっと目元を細めた。
何だか嫌な予感・・・。

「祐巳がばんざいの格好が好きなら・・・・・・」

 ぼそりと呟いてから眼前に差し出された祥子さまの右手には、何故だか祐巳の赤色のリボン。

「いいいいい、いいえ!そんなことは・・・・・・!!」

 そ、それで何するつもりですか!?そんな叫びが思わず口をついて出そうになったけれど、返ってく
る答えがなんとなく想像できたので、寸前で喉の奥へと押しやる。その代わりに、ぶるぶると全身で拒
否してから、おびえる子犬のように首をすくめた。

「冗談よ」

「・・・・・・」

 目が笑っていないように見えるんですけど。

「可愛いワンピース姿は充分堪能したから、それで満足よ?」

「・・・・・・あの、そういう言い方はちょっと・・・・・・」

 何となく親父なあの人を思い出してしまう。

「でも、今は必要ないわよ。そんなもの身につけていたら、せっかくの抱き心地が台無しだもの」

 しかし、祥子さまは祐巳のそんな心の声を余所に、きっぱりと言い切って、祐巳の脇腹の辺りを手の
ひらで撫でた。抱き心地というか、触り心地というか。どうやら、祥子さまには祥子さまのこだわりが
あるらしい。

「・・・・・・んっ」

 手のひらは脇腹からゆっくりと撫で上げるように滑らされて。くすぐったさに身をよじると、後ろからぎゅ
っと抱きすくめられる。

「可愛い洋服を着ている祐巳を見るのも好きだけど・・・・・・」

「お姉さま?」

 振り向こうとすると、祥子さまは祐巳の耳に唇を押し付けて、照れくさそうな笑い声を零してから囁い
た。

「こうしている方が、もっと好き」

 僅かな隙間もない位にぴったりくっついて、祥子さまはぎゅうっと祐巳を抱きしめる。そういえば、今朝、
祐巳が自業自得で落ち込んでいる時も、こんな風に抱きしめてくれたななんて思い出す。

 祥子さまは、二人の間を隔てるものがない方が好きってことなのかな。

 ぼんやりとそんなことを考えてから。

 きっと、自分もそっちの方が好きなんだろうなって、素肌が触れ合う優しい感覚にとろかされそうになりな
がら祐巳は心からそう思ったのだった。



                             END


 祥子さまにとっては服なんてラッピング用紙と一緒というお話(え?)
 日曜日編その後のその後、リクエストありがとうございました。







おまけ?



「でも、お洋服を一緒に買いに行くのは楽しかったわね」

 眠りに落ちる前に、祥子さまはそんなことを囁いた。

「はいっ」

 抱っこされたまま、うとうととしていた祐巳は、耳元で聞こえるうれしそうな声に思い切り
頷いた。

「また、時間がある時には行きましょうか」

「是非。今度はお姉さまのお洋服も一緒に見たいです!」

「そうね。お互いに見立てるのも楽しそうね」

「はいっ」

 ご機嫌な様子な祥子さまに自分まで頬が緩んでくるのを感じつつ、祐巳は再び豊かなお胸に
顔を押し付けて、幸せな夢の中へと片足を突っ込んだ。

(お姉さまのお洋服かぁ・・・スタイルがいいからどんなものでもすごく似合うんだろうなぁ・・・)

 この間眺めていた雑誌を参考にしつつ、想像なのか夢なのか。とにかく祥子さまの麗し
いお姿を想像する。

(早く一緒にお買い物に行きたいなぁ・・・は!もしかして、それってデート!?)

 そんなことを思いつくと、先程までの眠気が一気に吹き飛んで。祐巳は悶えるように白
い肌に顔をこすり付けた。どちらにせよ、幸せである。

(・・・・・・脱がせやすそうな服がいいわね・・・)

 祥子さまがそんなことを考えているとは露知らず。祐巳は温かい腕に抱きしめられて、
しばらくのあいだ、幸せな想像に身をゆだねていたのであった。



・・・・・・おバカなおまけでごめんなさい(殴




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