Sweets Buffet 3

   ピーマンなんて


「だって私食べられないもの。きっとピーマンは私のこと嫌いなんだわ」

「それはさっちゃんがピーマンのことを嫌いだって思っているから、ピーマンもさっちゃんのことを嫌いにな
っちゃうのです」

 ゆみたんはそう言うとさっちゃんの手を握りました。

「だから、さっちゃんもピーマンとお友達になればきっと食べられるようになります」

「本当?」

「本当です」

 ゆみたんとさっちゃんはピーマンと仲良くなるために、ピーマンの国までいくことにしました。

(略)

 どろんこになってぶつかり合ったさっちゃんとピーマンたちは本当の友達のように肩を抱き合って笑いま
した。

「私、もうピーマンなんて怖くない。今日からきっと食べられるわ」

 さっちゃんはにっこりと笑ってそう言いました。


                                *


「・・・・・・あなた、さっきから横で何を読んでいるの」

 祥子さまは読み終わらないうちに、お弁当を食べる箸をおいて、祐巳の手にあった本を取り上げた。

『ピ●マンなんてこわくない』

 表紙の題名を目にした祥子さまは不快そうに眉を顰める。

「祐巳。あなた姉である私を侮辱したいのかしら。それにどこにも『さっちゃん』なんて登場していないじゃ
ないの」

「登場人物の名前は一部変更してあります」

「なぜ」

 ぱらぱらとその絵本をめくりながら徐々に祥子さまの眉が釣りあがってくるけれど、ここで怯む訳にはい
かないのだ。

「それは、お姉さまがピーマンをお召し上がりにならないからです」

「く・・・・・・っ、だからといってこんな子ども騙しが私に通用するとでも?」

「騙されて食べてくれる分だけ、子どもの方がましです」

「・・・・・・」

 祥子さまの偏食は祐巳と姉妹になってから大分改善されたとご本人はおっしゃるけれど、はっきりいって
祐巳にはまったくそんな様子窺えない。毎日毎日、お弁当の中で何かしら嫌いなものを見つけてはこっそ
りと端に避けて、何事もなかったかのようにお弁当箱のふたを閉じるのだ。これじゃあ、必要な栄養分ま
で捕りそこないそうだ。

「・・・祐巳は姉が苦しんでも平気なのね」

「これから先、好き嫌いのせいでもっと苦しまないといけないかも知れないことの方がよっぽど心配ですか
ら」

 こんなに偏食していたら、いつか絶対痛い目にあうのだ。姉の健康を案ずるのも妹の役目。今日という
今日こそ、この緑の物体を食べてもらわないと。

「食べてください、お姉さま」

「・・・・・・」

「お姉さま」

 祐巳がなおもそう言って迫ると、祥子さまはぷいっと横を向いたけれど、ここまできたら後には引けない
のだ。祐巳は自分の端でピーマンをつまむと、そっぽを向いた祥子さまの眼前に回り込んで口元へと運ん
だ。

「あーん、してください」

「・・・・・・」

 祥子さまはしばらく祐巳の顔と端の先を見比べていたけれど、自分で口元に運ぶよりは踏ん切りがついて
いいと判断したのか、おずおずと口を開けた。

 ぱくり。

「・・・・・・・・・」

 もそもそと咀嚼しながら、祥子さまはじんわりと目に涙を滲ませたけれど。何とかごくんと飲み込んだ。

「・・・・・・食べれないものではないわ」

 言いながら、紅茶を探して机の上を祥子さまの右手が行き来する。

「はい、がんばりましたね」

 忌々しげに口元をゆがめる祥子さまは本当に子どもみたいだけれど、きちんと食べてくださったことに取
りあえずは安心して。祐巳は紅茶を入れて差し上げようと席を立った。
 のだけれども。

「え?」

 腕を掴まれて引き寄せられたと思った次の瞬間に、祐巳は祥子さまの膝の上に座らされてしまって
いた。

「えっと、お姉さま?」

 驚いてあたふたしながら真横を窺うと、祥子さまはお弁当箱の中に残ったピーマンを指差した。

「まだ残っているわ」

 祥子さまはそう言って、雛鳥のように小さく「あーん」と口を開けて見せる。

 祥子さまの膝の上で可愛らしい様子に頬が緩みそうになりながら、こうやって食べてくれるのなら、
祥子さまの「好き嫌い」のわがままも悪いものじゃないかもなんて、脳みそ溶けまくりの祐巳は思ったのだった。


                                    END

 いえ、たまたまそんな絵本を発見してしまってですね・・・。こんな妄想をしてしまったと・・・。

0930プチ〜祥子さまの特別でないただの一日〜

〜目覚め〜


 小鳥のさえずりが微かに聞こえてくる朝。遮光カーテンを隔てていても、その向こう側には晴れ間が広
がっていることが予感させられる。

「うーん・・・」

 思いっきり伸びをしながらころんと寝返りを打つと、目の前に美しい人の寝顔があった。

「・・・・・・おはよーございます、おねえさま」

 眠い目をこすりながら取りあえずは朝の挨拶。

「・・・・・・・・・」

 当然のように返事はない。
 祥子さまは低血圧。ちょっとやそっとの物音にはびくともしないのだ。

「お姉さま、お姉さま」

 ゆさゆさと柔らかな肩を揺すってみてもぴくりともしない。このまま寝かせてあげても良いけれど、朝起
きた時に祐巳が隣にいないと、祥子さまはとっても不機嫌になる。せっかくの休日なのだから、それは避
けたい。のだけれども・・・。

「・・・お姉さま」

「・・・・・・・・・」

 起きる気配なし。むしろ起きる気無し。

「・・・先に朝ごはん作ろうかな」

「んー・・・」

 祥子さまが目覚めるまでに作れば良いのだし、と思い直してシーツから抜け出したところで、祥子さま
がもぞもぞと伸びをした。

「おはようございます、お姉さま」

「・・・・・・」

 ベッドから下ろしかけた身体を押し留めつつそう言うと、祥子さまは答える代わりに両手を前へ突き出し
た。『起こして』の合図らしい。

「お姉さまったら・・・わ、ひゃ!?」

 やれやれと両手を引っ張ろうとしたら、逆に勢いよく祥子さまの方へ引き寄せられてしまった。

「・・・・・・おはようございま・・・んー」

 おはようも言い終わらないうちに、向かい合った身体をぎゅっと抱きしめられて、キスされた。

「おはよう、祐巳」

 満足そうににっこりと笑う祥子さまに、祐巳はぷうっと頬っぺたを膨らませてしまった。

「起きてるじゃないですか」


〜午前中〜


「何を作っているの?」

 キッチンカウンターの向こうから、祥子さまが物珍しそうにこちらを覗き込む。

「たこさんウィンナーです」

「タコサン?」

「お弁当の定番です」

 首を傾げる祥子さまに、両端に切り目を入れたウィンナーを掲げてみせる。ちなみにカウンターの
上には、玉子焼きやらから揚げやら、その他の定番がならめられているわけだけれども。

「お弁当?」

「そうです」

 つまみ食いをしようとする祥子さまからたこさんを避けつつ、祐巳は自信たっぷりにうなずいた。

「せっかくお天気もいいので、今日はお外で昼食にしようと思いまして」

「・・・・・・・・・」

 カーテンを開けると予想通りの晴天で、朝からお出かけしたくて仕方なかったのだ。それなのに、
祐巳からそう提案された祥子さまは不服そうなお顔。

「どうかしましたか?」

「・・・・・・外は寒いもの」

「・・・・・・・・・」

 出ました、お嬢さまのわがまま攻撃。いや、急にピクニックなんて提案している祐巳も充分わがままか
もしれないけれど。せっかくお天気のいい休日なのだから、お散歩もかねてちょっとそこまで、と思っただ
けなんだけどな。

「でも、天気もいいですし、たまにはどこかへお出かけしたいなぁって・・・」

「寒い」

「お散歩くらいなら」

「凍えてしまうわ」

「・・・・・・・・・」

 暑がりで寒がりな祥子さまはまったく譲ろうとしない。仕方ない、最終手段を使うしかないか。

「お姉さまと一緒にお弁当、食べたいです」

 言いながらも、いそいそとお弁当箱におかずを詰める。

「・・・・・・・・・」

「お姉さまに食べてもらいたくて作ったのに・・・」

「・・・・・・」

 手早くおにぎりを結んで詰め終えたら完成だ。

「一緒にお出かけしたいです」

 パタンとお弁当箱のふたを閉めてから、最後の一押しでじっとみつめると、祥子さまはやれやれといっ
た様子で口を開いた。

「仕方ないわね」


〜昼〜


 広い敷地一面に芝が敷き詰められているご近所の公園は、休日ともなればそれなりににぎわうらしく、
楽器を演奏している人もいれば、ダンスを踊っているグループもいて、家族連れでピクニックに来ている
人も少なくない。離れた位置にある子ども用のアスレチック遊具も大盛況だ。

「日が当たると暖かいわね」

 祐巳作のお弁当を二人して残さず食べ終えると、祥子さまはビニールシートに座る祐巳の膝の上に当
たり前のように寝転がった。

「ね、たまにはいいでしょう?」

「そうね」

 言いながらも、お腹がいっぱいで眠くなったのか祥子さまの瞳がゆっくりと閉じていく。食べてすぐに寝
たりしたら体重に響いちゃうなんて、祥子さまみたいな完璧プロポーションの人ほど気にしないのかな。
羨ましいやら、ちょっぴり悔しいやらで、悪戯に目元を指先でなぞって見せるけれど。すぐに捕まえられて
噛み付かれてしまった。

「いい天気ですね」

 特に話題もなくて、でも何かお話がしたくて。わかりきったことを呟いて上を見上げると、真っ青な空に
綿菓子みたいな雲がところどころ浮かんでいた。

「・・・・・・おいしそう」

「え?」

「え?わわわ、えっと、雲が・・・」

 思わずぼそりと呟いたら祥子さまが眠そうな目を見開くから、慌てて訂正しようとするけれど、しどろもど
ろで尚更おかしくなってしまった。

「雲?」

「綿菓子みたいだなぁって・・・」

 言ってしまってからではもう遅いけれど、なんて恥ずかしい答えなんだ。これじゃまるで、しょっちゅうお
菓子の事ばっかり考えているみたいじゃないか。

「・・・ああ、おいしそうね」

 だけど、祥子さまはそんな祐巳の答えを聞いても、嫌な顔なんてしなかった。「本当にお菓子が好きね」
って言う代わりに、祥子さまは空を見上げながら、くすりと笑って呟いた。

「あの雲はおいしそうね」

「?」

 祥子さまがおかしそうに指差した先を見上げると、そこには丸いふわふわの両端に、ぴょこんと尻尾を
生やした小さな雲が浮かんでいたのだった。


〜夜〜


「どうして、しりとりに詰まると服を交換するの?」

 お風呂上りのリビングで、祐巳の髪をドライヤーで乾かしながら、祥子さまはテレビの画面に映る光景
に突っ込んだ。

「そういう芸なんです」

「そう・・・それにしても、これの元のあのゲームの二人は何かに酷似しているような・・・」

「それは言ってはいけません」

 意味不明な会話を交わしながら、祐巳は祥子さまの暖かい腕の中でとろとろと夢うつつになってしまう。

「祐巳、眠たいの?」

「ほえ?え、あ、大丈夫・・・です」

 いけない、ちょっと涎が・・・。

「これで良いわ」

 乾かし終わった祐巳の髪を祥子さまが優しく手ですいてくれる。そうされると、ゆりかごで揺られている
みたいに気持ちよくなって、再び夢の国へ言ってしまいそうだ。

「爪が伸びているわ」

「ふえ?」

 再度とろとろとしていると、祥子さまがぽつりとそう呟いた。目を開けると頭を撫でていた指先がいつの間
にか祐巳の指に絡まっている。そういえば、伸びているような気がしないでもない、と自分の指先を眺めて
いたのだけれど、どうやら祥子さまは自分の爪のことを言っているご様子で。

「これでは祐巳を傷つけてしまうわ」

「う!?」

 もしかして、切って欲しいのかななんて思う間もなく、祥子さまはとんでもないことを言い始めた。

「具体的に言うと・・・」

「切ります。切らせてください」

 細部にわたって回りくどく説明しはじめそうな気配を感じて、祐巳は慌ててリビングボードの下に仕舞っ
てある爪きりを取り出した。

「丁寧にしてくれないと駄目よ。でないと祐巳の・・・」

「大丈夫ですからっ」

 放送禁止用語もためらいなく口走りそうな祥子さまを宥めながら、細い指先に爪きりを当てる。

(きれいだなぁ)

 祥子さまの手は祐巳の小さな手よりも少しだけ大きくて。だけど、白くて細い優美なその指先はとっても
繊細な感じがする。ぱちぱちと爪を切りながらも、傷つけてしまわないかと内心ではどきどきしてしまう。

「はい、おしまいです」

 仕上げに切り口をやすりで磨いてから撫でてみせると、祥子さまはその指先で祐巳の頬を撫でた。

「痛くない?」

「?はい」

 爪で引掻くように頬っぺたを撫でられたけれど、滑らかな指先からはくすぐったさしか感じない。

「そう、ありがとう」

 顔中にはてなマークを浮かべつつ祐巳が頷くと、祥子さまはにっこり笑って。引掻いた頬っぺたに
ちゅっと唇をくっつけた。

「ねぇ、祐巳」

 頬っぺたにくっついていた唇が耳元へ移動するのを感じたところで、祐巳はさっきまでの祥子さまの
おふざけを思い出した。「痛くない?」って・・・。
 もしかして。そう思い当たったのと同時に祥子さまがはにかんだように囁いた。

「もう、寝室へ行く?」

 天邪鬼な祥子さまはそんな言い方をしたけれど。

 「もう寝ましょう」って言わないところが素直でかわいいなって、思ってしまったのだった。


                              END


 小噺14の続きと思いきや(おい)、だらだらといちゃラブ妄想。
 いつでも祐巳ちゃんの事を考えている祥子さまの一日の風景でした(逃)。



kiss of shyness


「・・・ん・・・は、ぅん・・・」

 脇の辺りに腕を伸ばして引き寄せる、小さな子を持ち上げるような体勢で祥子さまに抱っこされながら
いつもよりもずっと長いキスをした。

(く、苦しい・・・)

 あいにく肺活量には自信がないのだ。それなのに、息継ぎをするのも忘れて祥子さまからのキスに夢
中になっているから、こんなことになっちゃうのだ。

「・・・・・・・・・んく・・・っ、けほっ・・・」

 ついに耐え切れずに、首を振るようにして触れ合っていた唇を離すと、そのままむせてしまった。
・・・ロマンチックさの欠片もない。

「大丈夫・・・っ?」

 しばらく口を押さえて呼吸を整えていると、祥子さまが心配そうな顔で覗き込んでくれた。

「だ、大丈夫です!」

「・・・本当に?」

 表情同様、心配そうな、申し訳なさそうな声で、祥子さまは続ける。

「嫌じゃなかった・・・?」

 消えちゃいそうな小さな声。お顔も依然青いまま。まるで乗り物酔いしたような顔だ。

(あれ?)

 前にも祥子さまのこんな顔見たことがある。確か、ファーストデートの時のジーンズショップでもこんな表
情をしていたような・・・。

(もしかして・・・祥子さま、自信をなくしかけているとか?)

 それはまずい。いつの間にか、お膝の上にちょこんと乗せられて抱っこされていた祐巳は、慌てて祥子
さまに抱きついた。

「嫌じゃないです、全然嫌じゃなかったです」

 祥子さまは、負けず嫌いの天邪鬼。だけど、本当はとっても繊細で。きっと自信をなくしかけているのは
初めてのキスに戸惑っているからだ。いや、キス自体は初めてじゃないけど。

 今日初めて、唇をくっつけるだけじゃないキスをした。

 もちろん、そういうキスもあるんだってことは知っていたけれど、祥子さまと(祥子さま以外の人となんて
しないけど)そういうキスをしたのは初めてで、最初に舌先が触れてきた時には正直びっくりした。

 でも、全然嫌じゃなかった。

 話で聞いたり、本で読んだりした時には、なんだか生々しいと言うか、ちょっと嫌だなぁ・・・なんて思っ
ていたのに。
 祥子さまとそうするのは全く嫌じゃない。唇とは違う感触の暖かな舌が、遠慮がちに祐巳の中に入って
くる感覚は、優しいだけじゃなかったけれど。ゆっくり絡まっていく熱で、祥子さまと一つになっていくよう
な気持ちになった。

(えっと・・もしかして、こういうのを感じちゃったとか言うのかな・・・)

 もしかしなくても、祥子さまのお膝の上にいつまでも力の抜け切った身体を置いている時点で、骨抜き
状態だ。

「嘘は嫌よ」

 「嫌じゃない」って言ったっきり、祥子さまの首筋に額をすり寄せて甘えていたら、祥子さまが拗ねたよ
うな声を上げた。

「ふえ?」

 だけど、祥子さまの匂いを胸いっぱいに吸い込んで、すっかり「祥子さま」に浸っていた祐巳は何を言わ
れたのかすぐにはわからなくて。思わず間の抜けた声を出してしまった。

「嫌だったら正直に言ってくれたらいいの。・・・私はほんの少しでも、祐巳に嫌なことや心地よくないこと
はしたくないもの」

 祥子さまはどうやら祐巳が遠慮して「嫌じゃない」って言ったと思っているらしい。

(えっと・・・)

 どうしよう、そんなこと思っている場合じゃないのに。すごく、うれしい。
 そりゃ、誤解されたままじゃまずいけど、思いっきりずれたことを言ってくれているんだけど。祥子さまが
祐巳のこと、どれだけ大切に思ってくれているかって、わかるような言葉だったから。どうして祥子さまの
することは、全部祐巳を幸せにするんだろう。

(で、でも誤解は解かないと)

 せっかく祥子さまと仲良くできる貴重な時間。どうせなら、すれ違いなんてしたくないもの。

「本当に、嫌じゃないです」

 すり寄せていた頭を上げて、祥子さまの目を見てまずは一言。

「いつものキスも好きですけど・・・えっと・・・祥子さまの気持ちや暖かさがいっぱい感じられて、すごく、
すごく気持ちよかったです・・・」

 何て恥ずかしいこと口走っているんだろう、って思ってしまったけど、言ってしまえば後の祭りだ。でも、
祥子さまは顔を顰めるようなことはしなかった。それどころか、祐巳の「気持ちいい」発言なんて霞むよう
な質問を投げかけてきた。

「じゃあ、好き?」

「うえ!?」

「好き?」

「・・・・・・」

 真っ赤。絶対顔が真っ赤になっているはずだ。

「祐巳・・・好き?」

 祐巳のおでこに自分のおでこをくっつけて、甘えたような声で祥子さまが答えをせがむ。何がどうあっ
ても言わせるつもりらしい。

「・・・・・・好き」

 言った瞬間にぽぅっと頬に熱が灯ったのがわかる。恥ずかしいったらない。大好きな祥子さまとのキス
なのだから、好きじゃないわけなんてないのに。なんで祥子さまってば疑り深いんだろう。その上。

「・・・じゃあ、もう一回、してもいい?」

「え・・・え、え・・・」

 今度はお願い攻撃。祐巳じゃなくても撃沈しちゃうと思う。

「あう・・・」

 だけど、「はいはい、どうぞ!」なんて言えないし。でも、さっきまでの様子から、祐巳が「うん」って言う
まで、祥子さまはこの体勢のままずっと待つはずだ。

「・・・やっぱり、したくないの」

 祐巳がいつまでも固まっていたら、祥子さまは唇を尖らせてから拗ねたような声でそう言った。ま、まず
い。これではまた最初からやり直しになってしまう。

「そ、そうじゃなくて・・・」

 あえて口に出すのが恥ずかしいだけなのに。だけど、そんなことを言っていたら、祥子さまのご機嫌は
ますます傾いていきそうだ。

(あ)

 あわあわとうろたえていたところで、祐巳にしては名案が浮かんできた。口にするのが恥ずかしいだけ
なのだ。だから。

「祐巳?」

 急に押し黙った祐巳を不審に思ったのか祥子さまは訝しそうな顔をした。だけど、構わずにぴったりと抱
きついたまま、祥子さまのきれいな顔に自分の顔を近づけた。
 だって、わかってほしい。
 祐巳だって祥子さまといっぱいキスしたいってこと。
 さっきのキスが、とってもうれしかったってこと。

「・・・・・・ん」

 祥子さまに自分からキスするなんて、とっても恐れ多くて、とんでもない無礼者のような気がする。でも
唇を求めた祐巳を、祥子さまは遮ったりせずに優しく抱き返してくれたから。さっき祥子さまがしてくれた
のと同じように、祐巳も祥子さまの中にゆっくりと入り込んだ。

 あったくて、甘くて、蕩けそう。

 祥子さまのようにうまくできなくて、二回も歯をぶつけてしまったけど。唇だけじゃない、胸までジーンと
熱くなるようなキスに、祐巳はやっぱり夢中になってしまったのだった。



 結局、最初と同じようにむせてしまった祐巳が、祥子さまにまた拗ねられてしまったと言うのは、二人だ
けの秘密。



                              END

 Passion祐巳ちゃん編(?)でした。



0930プチ〜卵焼き編〜

「・・・・・・何をされているのですか?」

「料理の勉強よ」

「・・・・・・」

 ボウルの中の卵をかき混ぜながら隣の祥子さまを窺うと酷く真剣な表情。じっと祐巳の手元を見ている。

 休日の朝は穏やかだ。学校のある日だと、朝食を作って、お弁当を作って、身だしなみを整えて、急い
で食事を済ませたら、もう登校時間なんてことが多い。
 だからお休みの日ぐらいは、手を掛けた朝食を祥子さまに召し上がってもらいたくて、いつもは作らない
卵焼きなんかを作っているのだけれど。

「・・・勉強になりますか?」

「ええ、とっても」

 お米を研ぐ時も、お味噌汁の具財を切る時も、もちろんお味噌を解く時も、祥子さまはじーっと祐巳の手
元を見ている。普段は低血圧で、朝食を作り終えた祐巳が起こしに行っても中々目を覚まそうとしないの
に。今日はなぜだか祐巳が起きると同時に目を覚まし、キッチンまで着いてきたかと思ったら、椅子に腰
掛け、小さな子どもみたいに背もたれに両手と顎を乗せて、祐巳を眺めているのだった。

「今更勉強なんてしなくても、お姉さまのお料理はとってもおいしいですよ」

 それこそ祐巳なんて足元にも及ばない。お嬢さまらしく最初は苦戦していたようだったけれど、頭脳明
晰な祥子さまは同じ失敗を二度は繰り返さないのだ。

「でも、私は祐巳の作るご飯が好きなのだもの」

「ふえ!?」

「だから、祐巳の味を研究するの」

「・・・・・・」

 さ、続けてなんていっている祥子さまと目を合わせるのも恥ずかしくて、祐巳はお砂糖を加えた卵を
激しくかき回した。なんでこう、さらっとそういう台詞を口にしちゃうんだろう。祥子さまの何気ない一言で
祐巳がどれだけドキドキしているかなんて、言ったご本人はきっとわかっていらっしゃらないんだ。

 真っ赤になった顔をそのままに、ほんの少しだけお塩を加えた卵を熱くしたフライパンに薄く延ばす。
卵が完全に固まる前に菜箸でくるくると三つ折にしているところで祥子さまが横から口を挟んだ。

「祐巳、生焼けになっているわ」

「?」

「きちんと火を通さなくていいの?」

「ああ、余熱で固まってしまいますから。これくらいの時に巻いた方が良いんですよ」

「?」

 祐巳が答えると、祥子さまはきょとんと首を傾げた。もしかして、祥子さま卵焼きを
作ったことないのかな。祐巳も曖昧に首を傾げつつ、残った卵を再びフライパンに流
してくるくると巻く。もう一度同じようにしたところで完成だ。

「お姉さまも作ってみますか?」

 切り分けた卵焼きをお皿に載せつつそう尋ねる。取り合えず二人分は完成したけれど、せっかく祥子さ
まが学習意欲を燃やしているようだし、二人でならもう一巻き分くらいは食べられるだろう。余ったらお昼
ご飯にでも・・・あ、でもにきびができちゃうかも。

「してみるわ」

 祐巳が出来上がったものの持って行き様について考えているうちに、祥子さまはさっさと卵を解いてフ
ライパンに流し込んだ。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・お姉さま」

「何?」

「あの、そろそろ」

「?」

 フライパンの中をじっと見ている祥子さまに祐巳が思わず声をかけた時には、既に卵が固まりきってし
まっていた。こんがりと美味しそうな、平べったくて、大きくて、薄い卵焼き。いや、見た目的には甘いお
好み焼きだろうか。

「だから、巻いたらよいのでしょう?・・・・・・あら?」

 くるくるくると巻いた卵はお互いにくっつくこともなく、またくるくるくるともとの平べったい卵焼きに戻る。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 くるくるくる。

 くるくるくる。

「・・・・・・だから祐巳は、あまり火を通さずに巻いていたのね」

「はぁ・・・」

 何度巻いても戻ってくる卵に、悲しそうな顔をしながら祥子さまが呟いた。

 結論、何でも一度に火を通せばいいわけじゃないんです。

                                *

 しゅんと肩を落としている祥子さまの姿と言うのは、結構貴重かもしれない。その目の前には、どうにか
無理やり巻き上げた卵焼き。切り分けると中に空洞ができていて、それを見た祥子さまは相当へこんで
いた。

「でも、きちんと卵焼きです」

 落ち込んでいる祥子さまを宥めようと祐巳がそう言うと、ジト目で「慰めなんていらないわ」と一刀両断
されてしまった。いや、でも焦げていないだけましではないだろうか。現に切り分ける前のものはきれい
な黄金色だったし。うん。

「いただきます」

 いつまでも落ち込んでいるわけにもいかないので、ご飯をよそって朝食をとることにする。祐巳が箸を
持ち上げると、祥子さまもしぶしぶ箸に手を掛けてくれた。

 祐巳は祥子さまの作った卵焼きに。祥子さまは祐巳の作った卵焼きに箸を伸ばす。

「・・・・・・おいしいわ」

 もそもそと祐巳の卵焼きを咀嚼してから、祥子さまはそう言ったけれど。いつもなら満面の笑みと共に
送られるその言葉を、今日の祥子さまは悔しいのか何なのか、拗ねたような表情で口にした。

「お姉さまの作ってくださったものも美味しいです」

 祥子さまの作った卵焼きを口にした祐巳も、お礼の気持ちを込めてそう述べる。確かに見た目は少しい
びつだけど、甘い卵焼きは想像していたよりずっと美味しかった。それなのに。

「お世辞なんて、やめて頂戴」

 すっかり拗ね虫になった祥子さまはぷーっと頬を膨らませて、つんとそっぽを向いた。

「お世辞じゃないです」

 ぷいっと吐き捨てられた言葉にちょっとだけ焦りつつ、それでもその可愛らしい仕草にでれでれと頬を
緩ませながら、祐巳は言い縋る。

 だって、祥子さまが祐巳のために作ってくれたものだから。形なんて関係ないもの。

「甘くて、美味しいです」

「・・・本当に?」

 祐巳が力を込めてそう言うと、明後日の方を向いていた祥子さまがゆっくりと祐巳に向き直る。

「本当です」

 こちらを向いた祥子さまはほんの少しだけ自信なさ気だったけれど。目が合ったのがうれしくて、祐巳
はにっこりと笑った。

「とってもおいしいです。祥子さまの味がするから」

 祐巳の口をついて出た言葉を聞くと、祥子さまはさあっと頬を赤く染めて。

「・・・・・・何を言っているの、この子は」

 消え入りそうな声でそう一言呟いたのだった。


                            END

 いえ、卵焼き、奥深いですよ?(逃)


ひざかけ



「あの、お姉さま。これ・・・」

 十二月。どんなに日差しが暖かくても、身体を包む空気はぐんと冷え込んで、今が冬だってことをひしひ
しと実感させられる、そんな季節。

「どうしたの?」

 薔薇の館だって、例外ではない。窓を閉め切っても、電気ストーブをたいてみても、足元から忍び寄る
寒さだけはどうにもならない。

「お姉さまに使っていただきたくて、えっと、あまり自信がないですけど、作ってみました・・・」

 だけど、今祐巳がもじもじしながら立っているのは寒さに縮こまっているからではない。顔は真っ赤だし、
その手には赤色の分厚い布。目の前には大好きなお姉さま。

「ありがとう・・・大切に使わせてもらうわ」

 祥子さまは一瞬だけ目を見開いたけれど、すぐにうれしそうに目元をほころばせて祐巳の手にした赤色
の布をうけとってくれた。

 それは、ここ一週間ほど祐巳が夜更かしをしつつ完成させた、手編みのひざかけだった。

 クリスマスでもなければ、お誕生日でもないけれど。祐巳から祥子さまへのささやかなプレゼント。お嬢
さまな祥子さまはわがま・・・いやいや暑がりの寒がりだから、このところの冷え込みに心底辟易としてい
るご様子で。桜咲く春も、暑い夏も、イチョウが色づく秋も、それから寒い寒い冬も、できれば心穏やかに
過ごしてもらいたい祐巳は、日ごろの感謝の意味も込めて、毛糸を手に取ったのだった。しかし、いつも
していないことをするというのは須く時間が掛かる、その上器用でもない祐巳のすること、一枚の布を作り
上げるだけで、結構な時間が掛かってしまったのだ。おまけに調子に乗りすぎて、ひざかけというよりは
巨大なマフラーのような代物になってしまった。

 だけど、祥子さまの事を考えながら毛糸を繰る時間はとっても穏やかで。

 これを渡した時には、どんな顔をしてくれるのだろうかとか。

 いつも使ってくれるのかなとか。

 そんな想像をしては、零れ落ちそうになる微笑を、ついには我慢することもできなくなった。

 だから、この時期クラスの子達が休み時間も惜しんでそんなことをしている気持ちが、少しだけ分かっ
た気がしたのだった。

「暖かいわ」

 紅茶を淹れて差し上げると、先に椅子に腰掛けていた祥子さまはそう言ってふわりと微笑んだ。そのお
膝には祐巳の作った赤いひざかけ。しかし、やっぱり祥子さまの華奢のお膝には大きすぎたらしい。半分
に折って乗せてあった。

「あ、ありがとうございます」

 もう使ってくださっているんだ、って感激した祐巳があわててそう言うと、祥子さまはおかしそうに笑った。

「ありがとう、は私が言うことでしょ。おかしな子ね」

 くすくす笑いながら、隣に座った祐巳の頭をこつんと小突く。

「えへへ・・・」

 ひざかけを掛けているのは祥子さまだけど、こんな風に微笑んでもらえたら、隣にいる祐巳までぽかぽか
暖かくなる。そんなこと言ったら、由乃さんにまた「脳みそ溶けてる」なんて言われるんだろうな。でも、
幸せ。

「・・・祐巳、もう少しこっちによってくれる?」

 ふにゃふにゃと蕩けていると、隣の祥子さまがそう言って祐巳を椅子ごと寄せるような仕草をしてみせ
る。

「?はい」

 もちろん仕草だけで、祥子さまの細腕ではそのまま引き寄せられることもないので、祐巳は座面の下を
持ち上げて、はしたないけれど座ったまま椅子ごと祥子さまにすり寄る。

「こうしたら、祐巳も暖かいでしょう?」

「え?・・・あ・・・」

 ぴったりとくっついて二人がけのソファのようになった椅子の上、隣に座った祐巳の膝の上に、祥子さ
まは折っていたひざかけの半分をふわりと乗せた。

「あ、あったかい、です・・・」

「そう」

 膝の上に載せられた布は、祥子さまの温もりをいっぱいに含んだもので。掛けてあるのは膝の上だけ
なのに、そこからじんわりと祐巳の全身を暖めてくれた。

 窓からの日差しは、柔らかくて。

 だけど、部屋を満たす空気は凛と澄んで少し冷たくて。

 それでも、祥子さまの隣で、同じ布に包まると、午後の日差しに負けないくらいにぽかぽかと暖かくなっ
た。

「あのね、祐巳」

「はい」

 お互いの腕や肩をくっつけて、ちょっとだけ頭を寄せ合って書類に目を通していたら祥子さまが不意に
祐巳を呼んだ。

「何でしょうか?」

 寄せていた頭を離して声のした方を向いたけれど、祥子さまは書類に目を通したまま祐巳と目をあわせ
ない。
 だけど、それはただの照れ隠しなんだって祥子さまの次の言葉を聞いて、祐巳は思わず微笑んでしま
った。

「ひざかけって、どうやって作るの・・・?」



                              END



 祥子さまも祐巳ちゃんに作ってあげたいようです。(ん?)

「・・・・・・祐巳、これ・・・」
「あ、ありがとうございますっ!(・・・ってちょっと大きい?)」
「二人で使うものなのでしょう?」
「・・・・・・(い、言えない・・・祥子さまに差し上げたものは単に調子に乗って大きくなりすぎたものだなんて・・・)」


抱っこして


 最近祥子さまが抱っこしてくれません。

 思わずそう誰かに相談したくなるくらいに、まったく。全然。

「祐巳、早くいらっしゃい」

「・・・はい」

 祥子さまに呼ばれた祐巳は仕方なく隣にとぼとぼと追いついた。

「・・・・・・」

 例えばこんな風に、薔薇の館へ一緒に行く時だって。
 ちょっと前までなら、祐巳が隣に並ぶとすぐに祥子さまは手を繋いでくれていたのに。今は手を
繋ぐどころか、祐巳の方も見ようともせずに自分のペースで祥子さまは歩く。前だけを見て。

(もしかして、もしかして)

 飽きちゃった、とか?いわゆるマンネリ、とか?

 そっけない祥子さまの態度に思わずそんな事を考えてしまう。

(・・・・・・そんなのやだ)

 どうしようもないマイナス思考にじわじわと涙が滲んでいっぱいになったところで、不意に祥子
さまが立ち止まった。

「?」

 同じように立ち止まり顔を上げると、祥子さまが玄関の扉を開けようとしていた。ぐじぐじと泣き
言を考えていたら、いつの間にか薔薇の館に到着していたのだ。

「入らないの?祐・・・・・・」

 押し開けた扉の向こうで、祥子さまはこちらを振り向いて固まってしまった。

「ど、どうしたの」

 おろおろとうろたえる祥子さまの様子から、自分は今相当酷い顔をしているらしいことはわかっ
たけれど、どうしようもなく立ちすくんでしまう。

「とにかく中へ・・・」

 それなのに。祥子さまは祐巳の手ではなく、コートに包まれた腕に微かに触れて中に入るよう
促すだけで。

 パタン。

「・・・・・・えく・・・」

 自分の後ろで玄関の扉が閉まると同時に、涙が零れてしまった。

「ゆ、祐巳・・・・・・」

 これといった会話もしていないのに、突然泣き出されれば驚くに決まっている。祥子さまは泣き
出した祐巳を見てますますうろたえた様子でフリーズしてしまった。

 いつもなら。祐巳が悲しそうにしている時、祥子さまは迷わず抱きしめてくれるのに。

「どうしたの、祐巳。泣いていたのではわからないわ」

 少し離れた場所から、困り顔でそう言うだけの祥子さまにますます悲しくなった。

「・・・お姉さまが・・・・・・ないから・・・」

「え?」

「お姉さまが手を繋いでくれないから・・・・・・」

 言いながら、こんなことを言っていること自体がとっても惨めな気がして、言葉に詰まってしまった。

 それでも、祥子さまは固まったまま、祐巳をみつめているだけだ。

「もう、祐巳の、こと・・・嫌いですか・・・?」

「そんなわけないでしょう!」

「でも・・・だ、抱っこだって・・・」

「う・・・・・・っ」

 祐巳がやっとのことでそれだけ言うと、祥子さまはびくりと肩を震わせて、本当に硬直してしま
った。

「や、やっぱり・・・もう、私のこと・・・」

「ちちち違うわっ、そうではないわ」

「じゃあ、なんで触れようともしてくれないんですかっ」

「だって・・・」

 祐巳が破れかぶれで叫ぶと、祥子さまは縮こまってぼそぼそと呟いた。

「だって、私の手は冷たいから・・・」

「へ?」

「寒いのに、祐巳に冷たい思いをさせたらかわいそうでしょう?」

「・・・・・・」

 聞けば、元々ひんやりとしている祥子さまの手は冬になると氷のように冷たくなるそうで。って、
去年の冬から姉妹になっているのだから、今更そんなこと気にしなくてもいいのに。そう祐巳が
言うと。

「祐巳と毎日手を繋ぐようになったのは今年からだもの・・・」

「えっと・・・」

「それに、抱きしめたとしても同じよ。祐巳が風邪でもひいたらどうするの」

「・・・・・・・・・・・・」

 もう、なんというか。とりあえずもじもじと呟く祥子さまの姿に涙も引っ込んだ。それから、ちょっ
とだけ呆れて、ものすごく安心したけれど。

「・・・もう、とっても冷たくて、風邪だってひいちゃいそうです」

「えっ?」

 さっきまでいじけたり泣いたり怒ったり、どこを見てもぴんぴんしているだろう祐巳がそんなこと
を言うから、祥子さまは心底驚いた顔をした。

「身体が暖かくても、お姉さまがたりないと、ここが寒くて、苦しくなります」

 そう言って、胸の真ん中に手を置くと、はちきれそうなドキドキがそこから伝わってきた。

「それに・・・」

 胸も顔も熱い。だけど、どこか物足りないのは祥子さまと祐巳の間に隙間が開いているからだ。

 祥子さまはそうじゃないの?

「お姉さまの手や身体が冷たいなら・・・・・・私が暖めますから」

 胸に当てていた手を冷たい指先に伸ばすと、祥子さまは少しだけ身じろをした。

「祐巳・・・」

 構わずにぎゅっと握り締めると、祥子さまの指先はやっぱり冷たくて。だけど、すぐに祐巳の指
先から全身に向かって、しびれるような熱を走らせる。

「こうしている方が、暖かいです」

「・・・・・・ええ」

 握り返してくれた手に甘えるように頬ずりをすると、祥子さまがおずおずと祐巳を抱きしめてくれ
たから。祐巳も冷えた祥子さまの身体をぎゅうって抱きしめた。

 早く温まりますようにって願いを込めて。力いっぱい抱きしめる。

「・・・・・・も」

「え?」

 頬っぺたと頬っぺたをくっつけて、ずっと抱きしめあっていたら、祥子さまが不意に掠れた声で
言った。

「・・・唇もきっと冷えているわ」



                            END



 えーっと、えーっと・・・・・・やっぱりバカップルということで・・・(逃走) 


chocolate


「それは、私からだけ?」

 三つ目のトリュフチョコレートを摘まむお姉さまに倣って、祐巳が二つ目のチョコレートに手を伸ばした
所で、祥子さまがそんなことを言った。

「え?」

 今まさに「それ」であるチョコレートに食いつこうとしていたのだが。そんなにじっと見られては、動きを
停止せざるをえない。

『これは、私にだけ?』

 そういえばさっきも同じようなことを聞かれたっけ。でも、その時と今とでは何か違うような気もする。
声のトーンとか、表情とか。

「どっちなの?」

 少しだけ苛々した様子の祥子さま。唇を尖らせて。何となくむすっとした感じ。

「えっと・・・」

 祐巳がチョコレートを渡す相手が、祥子さま一人なのかどうかを確認したさっきの言葉は、嫉妬からで
はない。でも、今の質問にはなんだか険があるというか、不機嫌というか。

「・・・・・・ふ、二つほど、いただきました、けど」

「・・・・・・・・・ふぅん」

「・・・・・・」

 顔が怖い。
 嫉妬。とまではいかなくとも、不快であることに間違いはなさそうだ。だって、見る見るうちに眉間に皺
が寄っていっているもの。

「・・・おいしかった?」

「あ、まだ、食べていません・・・あの、お姉さまが一番最初です!」

「そう」

 一番最初、と聞いて祥子さまは幾分か表情を和らげてくれたけれど、それに気を緩ませてしまった。

「名前もあまり覚えていないのでなんだか申し訳ない気もするんですけれど、二つとも手作りって感じで
心がこもっているのが伝わってきました・・・って、あの・・・」

 何とかこのまま危機を脱しようと、慌てて口を動かしたのが命取り。このタイミングでそんな話題を出さ
なくてもいいじゃないかと、気がついてももう手遅れだ。

「・・・・・・・・・」

 和らいでいた祥子さまの表情が瞬時に、絶対零度の冷たさへと変わっていく。怖い、怖すぎる。さっき
までの甘い空気は一転して、重苦しい状況に陥ってしまった。

「手作りの方が、愛情もたっぷりでしょうしね」

 ぼそり。

「・・・・・・ぁぅ」

「じゃ、早くその心のこもったチョコレートを食べたらいいじゃないの」

 ちくちく、どころかぐっさぐっさ。祥子さまはそう言い捨てると、ぷいっとそっぽを向いた。どうやら今度の
は、嫉妬から出た質問だったようだ。

『去年は、聖さまにも差し上げたじゃない』

 もしかしたら、さっきのにも若干の嫉妬は含まれていたのかも。

「あの・・・」

 つまるところ、お姉さまは祐巳が自分以外の人からチョコレートをもらったことが気に食わないのだ。
直接そう言ってはくれないだろうけど。

(こ、怖いよぅ・・・)

 そりゃ、焼きもちは「大好き」の裏返しだけど、ここまでご機嫌が急降下しては、それを味わう余裕もな
い。
 でも、祐巳と目を合わそうとしない祥子さまの横顔は、不機嫌そうで、悔しそうで、寂しそうで。
 さっきまで、口の中に広がっていた優しい甘さが、今はほんの少しだけ苦い。

「・・・別に、怒ってなんていないわよ」

 祐巳が口ごもっていると、祥子さまはまだどこか拗ねているような声で言った。

「・・・・・・・・・こんなことなら、諦めずに作ってみればよかったわ」

「え?」

 不意に、祥子さまはこちらへ向き直ると、ばつが悪そうに視線を下へ落としてから、消え入るような声で
そう言った。

「お姉さま・・・・・・」

 呼びかけても、祥子さまは俯いたまま顔を上げようともしない。髪の間から見える耳が少しだけ赤かっ
た。

 ああ、そっか。

 祥子さまは、祐巳がチョコレートを付き返さずに受け取ったことを怒っているわけでも、祐巳にチョコレ
ートをくれた子たちに腹を立てているわけでもない。

 多分、祐巳がもらったチョコレートが手作りだったから。祥子さまのご機嫌は斜めなのだ。

 もらう側になってみれば、市販品でも手作りでも、相手の気持ちがこもっているのを知っているから、
うれしいことに変わりはないけれど。去年の自分を思い出してみて、祥子さまの様子に納得した。

『祐巳みたいに上手に作る自信もなかったし』

 もしかしなくても、祥子さまは手作りチョコレートにしようって思ってくれていたのかもしれない。だけど、
祥子さまは負けず嫌いで。

 でも、本当は。どうせなら、誰とも違う、世界に一つだけのものを大切な人には贈りたいから。

「あの!手作りだろうが何だろうが、お姉さまが私のために用意してくださることが、何よりも幸せなこと
ですから・・・っ」

 急激に胸が熱くなって、祐巳は俯いたままの祥子さまに飛びつくようにしてその手を取ると、少々大き
な声を上げてしまった。
 だって、うれしすぎて、それからどきどきしすぎて。

「ええ・・・」

 それなのに、祥子さまはまだ、納得できないような表情のままだ。
 祐巳は、祥子さまにチョコレートをいただけただけで充分なのに。祥子さまが下さるから、特別なのに。
 どうしたらわかってもらえるんだろう。

 とくとくとくとく。祥子さまと繋がった指先から、痺れていくような心音が駆け上がってくる。

「・・・それじゃあ、お姉さまからの世界に一つだけのチョコレートをください」

「え・・・?」

 そう言うと、祥子さまはやっと顔を上げてくれたけれど。

「祐巳?」

 それとは反対に、今度は祐巳の方が下を向いて、繋いでいた手を離すと、反対側の手に持っていた
チョコレートの箱に伸ばす。そのまま、祥子さまにいただいたチョコレートを摘んで、迷わず口に放り込んだ。

 甘い甘いチョコレートの味が口いっぱいに広がっていくのを感じながら、きつく目を閉じる。

「ゆみ−−−・・・・・・っ」

 祥子さまが祐巳を呼ぶ声がしたけど、構わず首に腕を回して抱きついた。ぎゅっと唇を押し付けて。

「・・・・・・っ」

 頬が熱い。
 なんて恥ずかしいことしているんだろう。舌先で祥子さまの唇の間におずおずと入り込むと同時に、
今更ながら、羞恥心が湧きあがってきたけれど。硬直していた祥子さまがゆっくりと祐巳の背中に腕を
回してくれるのを感じると、そんな気持ちまでも吹き飛んでしまった。我ながら単純だ。

 甘い、甘い、甘い。

 むせ返るようなチョコレートの匂いと。蕩かされてしまいそうな祥子さまの味と。全部が交じり合って、甘い。
さっきまでの苦味も、もうどこにもない。

 胸の中まで甘く感じてしまうのは、それを与えてくれるのが祥子さまだからに違いない。

「・・・・・・ん・・・」

 長いキスが終わると、祐巳はくったりと祥子さまにしがみついた。自分から唇を寄せていたくせに、祥
子さまに応えてもらえた途端に、身体のどこにも力が入らなくなってしまった。

「・・・・・・です」

「え?」

「おいしかったです・・・・・・お姉さまだから・・・」

 余韻に浸ってぼんやりとした頭のまま、夢見心地でそう呟くと、祥子さまはやっと笑ってくれた。
 それから。

「祐巳」

「?」

 少しだけ恥ずかしそうに躊躇った後、花が綻ぶみたいに微笑んだ。

「もう一ついかが?」

 私からのチョコレート。そう呟いて。  



                                  END



 お正月が終われば次はバレンタイン!ということで、新刊、薔薇の館裏でのやり取りの後にはこんな
ことが繰り広げられていたは・・・(殴)。ごきげんよう。


祥子さまの場合
*caution*性的描写が含まれます。閲覧は自己責任でお願いします。




「大体、みんなどういう風にしているのかしら」

 由乃さんのその呟きを聞いた途端、志摩子さんは軽く目を見張って、祐巳は口に含ん
だ紅茶を勢いよく噴出した。冬の入り口の昼下がり。


「な、な、な・・・」

「・・・・・・取り合えず、口の周りを拭いて、祐巳さん」

 ぱくぱくぱく。顔面で祐巳の噴出した紅茶を受け止めた由乃さんは、冷静にそう言い
ながらハンカチで額や頬を押さえる。だけど、祐巳の金魚の口は中々収まりそうにもない。


「つまり、どういう風に愛を育んでいるかということかしら」

「ひぃ・・・!」

 志摩子さんがさらりと答えるのを聞いて、祐巳は小さな悲鳴を上げた。

 ことの始まりは、由乃さんが持ってきた一冊の雑誌。普通の少女向け雑誌なはずなん
だけれど、なぜかちょっとばかりなにな内容の特集なんかがあったりして。別に事細か
な描写が在るとか、そんな画像が紹介されているような代物じゃなくて。どういうシュ
チュエーションでとか、されてうれしいこととかのアンケートをランキング形式で紹介
して、一部のコメントを載せているだけのもの。はじめはお付き合いまでの馴れ初めや
初めてのキスの場所なんてものが載っていたんだけど、次のページからはお付き合いし
ている恋人たちの日常なんてものまであったりして。ちょっと恥らいつつも三人して興
味津々(?)で読んでいたところで、由乃さんが呟いたのだ。「どういう風にしている
のかしら」って。それでもって、このうろたえようなんだけど。


「うん、そう。ちなみに乃梨子ちゃんはどうなの?」

「乃梨子?」

 にやにやしながらそう尋ねる由乃さんに、志摩子さんは目をぱちくりとさせた。だっ
て、この話の流れから言うと、志摩子さんと乃梨子ちゃんが普段どんな・・・いやいや、
とにかくそっち方面の質問をされているのは明白で。そりゃ、志摩子さんでなくても戸惑
うはずだ。・・・はずなんだけど。


「激しいわね」

「ぶっ」

 先程までのトーンと変わらない声で答える志摩子さんに、気持ちを落ち着けようと再
度口に運んだ紅茶をまた噴いてしまった。ごめん、由乃さん。


「あの、志摩子さん?」

 それってどういう状況ですか。そんな疑問が頭の中に浮かんだけれど。口に出すのを
躊躇っていると、志摩子さんが天使のように微笑んだ。


「・・・・・・でも、そこが可愛らしいのよ」

「・・・・・・」

 しばらくの沈黙の後、斜め上を向いて一瞬だけにやりと口元をゆがめた志摩子さんは、
間違いなく白薔薇さまでなく黒薔薇さまだった。


「ち、ちなみに、令さま・・・は?」

 とりあえず、志摩子さんが怖いので由乃さんに話を振ってみる。この話題を打ち切ろ
うとしない辺りでまずい気もするんだけれど。


「令ちゃんは・・・・・・ケダモノ?」

「うぇ!?」

「大丈夫よ・・・手綱はこっちが握っているんだから」

「・・・・・・」

 志摩子さんと同じようににやりと口元を上げる由乃さんに、以前の病弱な美少女の面
影はどこにもなかった。どうやら振る相手を間違えたらしい。というよりやっぱりこの
話題を打ち切るのが正解だった。だってここには三人しかいないのだ。おまけにそのう
ちの二人が既にお披露目したということは・・・。


「で、祥子さまは?」

「ええ!?」

 自分にお鉢が回ってくるかもと思いついた時にはもう遅い。由乃さんと志摩子さんが
目を輝かせてこちらを覗いている。そりゃ、二人とも快く(?)話してくれたのに、自
分だけ黙っているなんてよろしくないかもしれないんだけれど。


「その・・・」

 だけど、こういうのを開けっ広げに公開するのはどうにも抵抗があるというかなんと
いうか。


「やっぱり、女王さまっぽいのかしら」

「はい?」

 可愛らしく小首を傾げる由乃さん。とりあえず、祥子さまに対して誤ったイメージを
抱いているようだ。まぁ、普段の様子は正にそれだけれど。そういう時の状態を表す言
葉には適さないのではないだろうか。いや、むしろ適したらなんだか別の方向にいっち
ゃうような気もする。


「えっと、祥子さまは・・・」

 言いかけて、言葉に詰まる。だって、自慢じゃないけれど実はあんまりそういう状況
にならないのだ。デートをしたり、お家に遊びに行っても、手を繋いで二人でお話した
り、せいぜいキスするだけの日が断然多い。うーん、もしかして祥子さまは淡白なんだ
ろうか。それだけでも充分幸せだからあまり気にしたことがなかった。それでも、乏し
い記憶力をフル稼働させて何とか最近の出来事を手繰り寄せる。


「・・・うーん・・・」

 うんうんと唸りながらも徐々に近い記憶から蘇らせると、そういえば体育祭直後くら
いのデートの後に、そんなことがあったような、なかったような・・・。



                              


「えっと、じ、自分でできますから・・・」

 なんだかいっつもこういうことを言っている気がする。

 久しぶりに祥子さまのお家でお泊り会をすることになった。花寺の学園祭からこっち、
お家に遊びに行くことは何回かあったけれどお泊りはなかったし。デートの後もずっと
一緒にいたいな、って思うことはあってもこれといって機会もなくて。だから今日は、
なんだかんだで忙しい祥子さまの予定の合間を縫ってのお泊り会なのだった。


 だからなのかな、祥子さまの瞳がいつもよりずっと潤んでいるのは。

 それはそれでうれしい。そんなことを思いながら、後からお風呂に入った祥子さまを、
雑誌を読みつつベッドに転がって待っていたのだけれど。


「へ?」

 いつの間にかとろとろしていたらしく気配を感じて顔を上げると、すぐ側にお風呂か
ら出てきたらしい祥子さまが立っていた。別にそれはおかしいことでもなんでもない。
ここは祥子さまのお部屋なのだから、お風呂から上がって眠るのならベッドへ直行する
のは当然のことで。問題なのは、祥子さまのお召し物。というかお召し物がない。パジ
ャマという眠るときに当然身につけるはずのものを身につけていないのだ。あ、祥子さ
まならネグリジェとか言うやつか。とにかく、祥子さまは寝間着を着用していなかった。


「お、お姉さま・・・っ?」

 祥子さまはしなやかな身体に一枚、バスタオルを巻いているだけの状態でそこへ立っ
ていたのだ。そのままそれを床に落としながらシーツの間にもぐりこんだ。


 それでもって、慌てて自分のパジャマの釦を外しているこの状況な訳で。

 祥子さまは曲げた肘の上に頭を乗せて、おかしそうに笑いながらじっとこっちを見て
いる。そんなに笑わなくてもいいのに。おまけに、じっと見られるのに耐えられなくな
って、ふいっと背中を向けると噴き出されてしまった。


「・・・お待たせしました」

 もごもごとそう言いながら振り返ると、祥子さまはやっぱり唇の両端を上げていたけ
れど。さっきまでのおかしそうな笑い顔じゃなくて、愛しげに目元を緩めているからな
んだか余計に恥ずかしくなった。


 祥子さまが自分の頭を乗せていた左腕を祐巳の方へ伸ばして、そのまま腕枕みたいに
してくれるから、自然に抱き合うような形になる。甘い匂いが一層近くなって俯きかけ
るけれど、露になった白い首筋や鎖骨の下にも当然何も身につけていないことに気が付
いて目のやり場に困ってしまった。だって、下を向くと豊かなお胸がまざまざと視界に
入ってくるではないか。


 前髪を指先でそっと梳かれて、頬を撫でられて。手のひらで包み込むように肩を撫で
られると、息が上がってしまいそうだ。それなのに、祥子さまは。


「そう言えば、今日は二年松組が体育会の備品の片づけをしてくれたのでしょう?」

「ふえ・・・っ?」

 背中をさすられながらうっとりと目を瞑っていると、祥子さまが突然そんなことを言
うから、いつも以上に間の抜けた声を上げてしまった。


「あ、は、はい・・・」

 そうそう、罰ゲームじゃないけれど体育祭の下位三チームは祭りの後始末、もといお
片づけをしなければならないのだ。最下位の赤チームは翌日の一番大変なグラウンド整
備を放課後いっぱいさせられていた。下から二番目の祐巳たち緑チームも細かな備品の
整備という時間のかかりそうなものをする羽目になっていた。だけど、三年生のお姉さ
ま方にさせるわけはいかないということで、一年生と二年生が自主的にさっさと終わら
せたのだった。お嬢さま学校のリリアンだけれど、こういうところは体育会系のノリで
ある。


「きちんと三年生にも仕事を残しておけばよかったのに、大変だったでしょう?」

 おとがいを親指で優しく撫でてくれながら、祥子さまは「めっ」と言う顔をしてみせる。


「でも、こういう機会がないとクラス全体で何かすることもないし。体育祭の延長みた
いで楽しかったんですよ」


 一致団結とでも言おうか。たとえそれが地味な備品整備であっても、みんなで一緒に
一つのことをするのは、それだけでテンションが上がる。何よりも体育会で盛り上がっ
た直後だったから、いざ解散となると寂しい感じもしていたし。余韻を残したままの二
年松組は大はしゃぎで後片付けに取り組んだのだった。


「そうなの」

 祥子さまは、その時のことを思い出してちょっとばかり興奮気味に話す祐巳の頭をそ
っと撫でてくれた。


「仲の良いクラスね」

 祥子さまは。

 優しげに目元を緩めたまま。今日のことも、昨日のことも。祐巳が取りとめもなく口
にする話を聞いてくれる。


 おでこをくっつけて。手を握って。肩を撫でて。

 素肌と素肌を触れ合わせて、ただそっと抱きしめてくれた。

「それから・・・」

 毎日お話しているのに、祥子さまに優しく聞いてもらえるといつも以上に饒舌になる。
時折唇が触れ合うだけのキスを繰り返しながら、祐巳はおしゃべりを止めることもでき
ない。


「あら、それは祐巳がぼんやりしていたからいけないのでしょう?」

 授業中に突然指名されて慌てふためいて立ち上がると、それと一緒に机から筆記具が
転げ落ちてしまった話をすると、祥子さまは微苦笑しながら祐巳の腿を撫でた。だけど、
それも頭を撫でるときのような優しい撫で方で。これから愛し合うのに、こんなに穏や
かでいいのかな、なんて思うくらいに、ただ安らかな気持ちで目を瞑る。もしかしたら、
祥子さまは抱きしめたり優しく触れ合ったりして、相手の存在を確かめるのが好きなの
かもしれない。


「ん・・・」

 おしゃべりの合間に交わすキスが徐々に長くなっていくと、穏やかな気持ちとは裏腹
に、くつくつと煮込まれていくジャムみたいに、熱い何かが身体の奥で渦巻いていく。
祥子さまは相変わらず優しく身体を撫でてくれているだけなのに。指先が触れただけで
こんなにも興奮しているなんてとんだ変態さんである。


 だけど、言葉と指先だけで祐巳をこんな風にしちゃえるのは、きっと祥子さまだけだ。

 ふと気が付くと、いつの間にか、祐巳を抱きしめてくれていた腕が離されて、両頬を
優しく包まれていた。すぐ近くの瞳をみつめ返すと、相変わらず穏やかに細められてい
たけれど、涙が零れそうなくらい揺らめいていて。「お話はもうおしまい」って言って
いるみたいだ。


「・・・おねえさま・・・」

 縋るように呼びかける自分の声が掠れている。喉が詰まるような感覚のままぎゅっと
目を閉じると、祥子さまの祐巳を呼ぶ声が唇に直接吹き込まれた。


 熱い。熱い。熱い。

 煮詰められていた身体が、一息に燃えてしまうくらいに火照る。

「・・・・・・ぁっ・・・」

 キスしてもらっているだけなのに、それだけで、さっきまでと同じように身体を撫で
られても、ちりっと焼けていくみたいな痺れが走る。


「祐巳?」

 声を上げかけてとっさに両手で口元を押さえたら、祥子さまが不思議そうに祐巳を覗
き込んだ。多分、「そんなことしなくてもいいのに」なんて思われているのだろう。で
も、こういう時、どうしたらいいのかわからない。恥らいなく自分の上擦った声を聞け
るほどには理性は崩れていない。だからといって、唇をかみ締めないといけないほどに、
それが嫌なわけでもない。いっそのこと、腕を押さえ付けでもしてくれれば、話は別な
んだろうけれども。


「・・・大丈夫よ」

 だけど、祥子さまはそんなこと絶対にしない。恥ずかしい声を上げさせて喜んだり、
わざと意地悪をして反応を楽しむなんてこと、多分考えたりもしないんだろうな。

 優しい囁き声を聞きながら、そんなことをぼんやり考えていると、祥子さまは口元で
握り締めている祐巳の左手にそっと口付けてくれた。


「私の手を握って」

 言われたとおりに祥子さまの手に指先を伸ばそうとすると、自然に口元から左手が外
れる。


「ふぁ・・・・・・」

 祥子さまが、左手が押し当てられていた方の唇の端にキスしながら、押し当てたまま
の右手に舌先で触れるから。蕩かされていくみたいに拳が解されて、そのまま祥子さま
の首筋に抱きついた。


「・・・・・・もっと」

「え?」

 おずおずと首もとに腕を回していると、一瞬だけ唇を離した祥子さまがぼそりと呟いた。

「もっと強く、抱きしめて」

 そう言って、祥子さまはまた、唇を押し付ける。絡ませあった指先に力を込めて。祐
巳の頭を強く引き寄せて。


 言われたままに背中に腕を回してしがみつくと、祥子さまの小さな舌が一層激しく絡
まって、もう何も考えられなくなりそうだ。


 甘い呻きも、幸せな痛みも、切ないくらいに溶け合って、それがどちらのものなのか
すらわからない。


 ああ、だけど。

 自分の唇から零れ落ちるこの声は、間違いなく歓喜の声だ。


                                


「祐巳さん。おーい」

「へ?」

 ふと我に返ると、由乃さんが片手を振りながら祐巳を覗き込んでいた。どうやら相当
悦に浸っていたらしい。


「ずいぶんと幸せそうな顔していたけれど」

 由乃さんは呆れたような顔をして「よっぽど素敵な思い出みたいね」なんてぼやいた。
間抜け面を披露した上に、なんだか哀れなものを見るような目で眺められるとちょっと
だけ自分がかわいそうな気もする。


「で?祥子さまは?」

 気を取り直したように、由乃さんはそう切り出した。目が輝いている。

「えっと・・・」

 そういえば、どんなふうに恋人同士の時間を過ごすかなんてことを話していたんだっ
た。いつの間にか、「二人で」の部分は省略されて、相手はどうかなんてことになって
いるけれど。

 とりあえず、記憶を蘇らせることに何とか成功した祐巳は、にやにやと答えを待って
いる由乃さんと相変わらず静かに微笑んでいる志摩子さんに告げた。


「いっぱい抱きしめてくれる、かな」



                              END

 桜咲くまでにはー?またまたそんな自分突っ込みをしながらごきげんよう。
 いや、0930では祥子さまが甘えだったので、今回は祐巳ちゃんに・・・(遠い目)。


 Sweet sweet chocolate
                          *caution*性的描写が含まれます。閲覧は自己責任でお願いします。




 バレンタインデーを終えた次の週末。祐巳は去年と同じように、祥子さまとその日を
過ごすことに決めた。決まるまでにはバレンタインイベントがあったり、優勝者への副
賞なんかで紆余曲折したが、プライベートでのデートとなると話は別。祐巳がデートを
するお相手は愛するお姉さま、小笠原祥子さまただ一人だ。だけど気になることが一つ。


 今日のデートの場所は祥子さまのお部屋なのだ。

(確か・・・)

 そう確か、デートの計画を立てる時に祥子さまは言ったのだ。『甘いチョコレートが
食べたいわ』と。それが何で、お部屋でデートに繋がるのかはわからないけれど。それ
にチョコレートならもう贈ったはずなんだけどな。


(もしかして、祥子さまはチョコレートが大好きで、この前の十個じゃ物足りなかった
とか?)


 姉妹になって早一年。お互いのことは良くわかっているつもりでも、ちょっとした発
見に驚かされることもないわけじゃない。そんなことを思いながらも、祐巳はこの間よ
りももっと甘い手作りチョコレートを手提げに入れて、小笠原邸の前に立っていた。

 相変わらず大きなお家だ。インターフォンに指を伸ばしながらきょろきょろと辺りを
見回すけれど、どの辺までが祥子さまのお家の敷地なのかわからないくらいに白亜の壁
が続いていた。


「え?」

 そんな風にぼけっと突っ立っていたら、インターフォンを鳴らす前に扉が開いた。

「わ、わ、わ・・・・・・」

 背の高い門が音もなく開ききるとそこには。

「いらっしゃい、祐巳」

「お、お姉さま?」

 中から現れたのは間違いなくお姉さま。髪の毛さらさら、瞳はきらきらで斜に構える
ような立ち姿がなんとも言えないくらいに麗しい。


「ど、どうして」

 まじまじと祥子さまのお姿に見惚れつつ祐巳は尋ねた。祥子さまのお家は大きい。イ
ンターフォンが鳴ってから門まで迎えに来るとなるとそれなりの時間がかかってしまう。
その上それさえも鳴らしていないのだから来客の気配なんて感じられないはずなのに。


「だって、祐巳ったらいつまでも突っ立っているのですもの」

「な、何故それを・・・っ」

「何故って・・・ほら、あれ」

 祥子さまが指差した先を目で追うとそこには。

「か、監視カメラ・・・」

 まぁ、これだけの大邸宅。セキュリティーには万全を期す必要があるということだろ
う。でも、それだって祥子さまはずっとモニターを見ていなければ、もしくは誰かにす
ぐにでも伝えてもらわなければこんなタイミングで現れない。


「・・・別に」

「へ?」

 祐巳が怪訝そうな顔をしていると、祥子さまはむすっとした表情で口を開いた。

「たまたま廊下に出たところで、お手伝いさんが知らせてくれただけよ。祐巳が来てい
るって」


 早口でそう言い切ってつんとそっぽを向く。

「お姉さま・・・」

 唇を尖らせてわざとらしく祐巳から視線を逸らす祥子さまは、はっきり言って可愛ら
しいとしか言いようがない。


 だって、それって祥子さまも祐巳に早く会いたくて、急いで来てくれたってことで。
それなのに、そっけなくするところが素直じゃなくて。


「・・・・・・にやにやしないで」

 にんまりと顔が緩んでいくのに気づいて頬に手を当てようとした瞬間に、祥子さまが
怒った顔を作ってそんなことを言ったけれど。祐巳の頬は幸せに緩んでいくのを止めら
れそうにない。


「大好きです、お姉さま」

 にっこりと笑った顔をもう隠すこともせずに、祐巳は祥子さまの腕に抱きついた。身
体をぴったりくっつけて、絡ませた腕にぎゅうっと力をこめて。


「重いわ」

「はい」

 ぶっきらぼうにそう言いながらも祥子さまは腕を振りほどこうとはしないから、玄関
までの並木道を歩く間、祐巳はずっと細い腕に纏わりついていたのだった。



                                


 玄関で清子小母さまにご挨拶をして、お部屋までの長い廊下を歩く間中、祥子さまは
むすっとした表情だったのに。お部屋に入った途端、祐巳の肩を優しく抱き寄せて恭し
くエスコートしてくれた。どうやら照れていただけらしい。


「お姉さま、どれがいいですか?」

 ダイニングセットのスツールに腰掛けると、祐巳はいそいそと鞄の中身を取り出して
祥子さまに差し出した。


「あら」

 手にしているのは、トランプにウノ、それからお姉さまが読書をされる場合に自分も
合わせられるようにと持ってきた読みかけの文庫本。


「祐巳はどれが好き?」

 しばらくの間、祐巳の持ってきたものをかわるがわる見定めていた祥子さまは、「降
参」というように肩をすくめて祐巳に尋ねてきた。


「えっと、どっちも好きなんですけれど・・・」

 むしろ、祥子さまとできるのならどっちでもいいんだけどな。そんな風にもじもじし
ていると、祥子さまはふんわりと微笑んで囁いた。


「じゃあ、どっちもしましょう?今日は一日のんびりできるし」

「はいっ」

 結局、ウノを持った祐巳と、トランプを持った祥子さまがじゃんけんをして、買った
ほうから最初にするという方式にした。読書はお昼寝の時にしましょうとの提案にも、
一も二もなく頷いたのだった。


「祐巳の負けね」

 ババ抜きをしている時にはきちんと向かい合っていたんだけれど。ダウトや七並べを
する時にはなぜか隣り合ったりして。神経衰弱をする頃には祐巳は祥子さまに肩を抱か
れて二人はぴったりと寄り添うような形になっていた。


「あう・・・」

 お互いのもち札を一応は数えてみるけれど、数えるまでも無く見た目からして祥子さ
まの勝ちだ。こういう単純に記憶力に掛かる勝負というのは祥子さま相手では、どうに
も分が悪いのだった。


「ねぇ、祐巳」

 負けた祐巳がトランプを片していると、隣の祥子さまが甘えた声で祐巳を呼びながら、
方を抱いていた腕にぎゅっと力を込めた。


「?」

 端を整えたトランプをテーブルの上に置いて顔を上げると、そのままちゅっとキスを
される。


「はわ!?」

「チョコレートは?」

「へ?」

 突然のキスに思いっきり赤面しておろおろしている祐巳を余所に、祥子さまは小首を
傾げるようにしてじっと顔を覗き込んだ。。


(あ・・・)

 そういえば。

『甘いチョコレートが食べたいわ』

 祥子さまはそう言っていたのだった。

「あ、はいっ。これ・・・」

「?」

 祥子さまの腕の中で、ごそごそと鞄を探って取り出したチョコレート。

「この前のよりも、甘くなっていると思いますよ」

 甘党の祐巳にちょうどいいくらいの甘さだから、祥子さまにはもっと甘く感じるかも
しれないけれど。昨日、ちょっとばかり夜更かしして製作したトリュフチョコは、この
前召し上がっていただいたものと同じく愛情たっぷりの自信作なのだ。ベビーピンクの
ラッピングもこの前と色違いで、中々うまくできたなぁなんて。


「・・・・・・ありがとう」

「?」

 ふにゃりとどことなく苦笑するような微笑を浮かべながらチョコレートを受け取る祥
子さま。


(・・・もしかして、少ないかなぁ?)

 いつもと同じように、梅干大のチョコレート計十個。あんまり多すぎても困るかなっ
て思っていたんだけれど。予想外の反応に少しだけびくびくしながら様子を窺っている
と、それでも祥子さまはにこやかにラッピングを解いてくれた。


「おいしいわ」

 一つつまんで口の中に含んだ祥子さまは、にっこりと笑ってそう言ってくれる。

「愛情たっぷりですから」

 祥子さまの不思議な反応に内心焦っていたけれど、笑ってもらえるとすぐに立ち直っ
てしまった。相も変わらず単純だ。


「でも、これでは貰いすぎになってしまうかしら」

 祐巳をお膝の上に乗せて、祥子さまはまた一つ、チョコレートを口にする。

「もらいすぎ?」

「だって、この間のとあわせて三つももらってしまうわ」

「三つ?」

 この前のとあわせると二つなんだけど。もしかして、祥子さま今年は祐巳以外の子か
らもチョコレートを受け取ったとか。祐巳が不思議そうに首を傾げると、口の中でチョ
コレートを転がしていた祥子さまは、何を思ったのかにっこりと笑って唇を寄せてきた。


「え・・・っ・・・」

 身構える時間もなく、祥子さまの唇が祐巳の唇に触れて。その瞬間にチョコレートの
むせるような甘い味が口の中に広がった。


「ん・・・・・・」

(うわぁ、うわわぁ・・・・・・!)

 さっきの小鳥のような可愛らしいキスじゃなくて。味わうようにゆっくりと繰り返さ
れるキスに、祐巳の方こそチョコレートみたいに溶けちゃうんじゃないだろうかってく
らいに身体中が蕩けていく。


「・・・・・・だって、私はこっちのチョコレートをおねだりしたんですもの」

「へ?」

 唇を離しただけの距離だったから、すぐにはわからなかったんだ。祥子さまの指先が、
祐巳のお下げにそっと伸ばされていくのが。


「・・・え?」

 しゅるっという音がして。気が付いたら目の前で祥子さまが手にした赤いリボンが揺
れていた。


「おねえさま・・・?」

 どうして結わえている髪を解くのだろう。そう思った時にはすでににこやかの顔のま
まの祥子さまが祐巳の首もとに手を伸ばしていた。


(え、え、え・・・?)

 手際よく、首もとに赤いリボンが飾り付けられる。

「えっと・・・」

 蝶々結びの形にきゅっと結ぶと、祥子さまは満足そうに頷いて指を離した。

「あのね、祐巳」

「・・・・・・」

 祥子さまのなんだか取っても艶やかな微笑みに、ごくりとつばを飲み込む音が自分で
もはっきりわかったけれど。


 気が付くのが遅かったようで。

 固まる祐巳の前で、祥子さまは一層微笑みを深くして、甘い声で囁いた。

「甘いチョコレートが食べたいの」


                              


(あうあうあうあう・・・・)

 十時のおやつの時間。祥子さまはにこにこ顔でチョコレートのラッピングを解いてい
く。それだけ聞けば、とっても和やかな景色のはずなんだけど。


「朝、会った時から思っていたのだけれど。今日もとっても可愛らしい服装ね」

 カーディガンを腕から抜き取ると、祥子さまはうっとりとそう呟く。

 つまり。

 チョコレートは祐巳で。

 ラッピングは服そのもので。

「祐巳?」

「あ、いえ。あの・・・今日はお姉さまとデートだから・・・っ」

「デートだから?」

「・・・かわいい服が良いなって・・・」

 淡い色彩のワンピースにオフホワイトのロングカーディガン。ジーンズでも良かった
けれど、今日は何となく女の子を気取りたい気分なのだった。が。まさか、早々に必要
なくなるなんて。


「そうなの」

 祐巳の言葉にうれしそうに笑う祥子さまに一瞬だけでれでれと頬を染めてしまったけ
れど。すぐにワンピースの釦を外され始めて、また固まってしまった。


 ただでさえ、他の人に脱がせてもらうってことが恥ずかしくてたまらないのに。レー
スのカーテンが引いてあるだけで、遮光カーテンはばっちりと両脇にくくりつけられて
いる窓から、午前中のまっさらな日差しが惜しみなく降り注ぐから。部屋の中は相手の
瞳の中まではっきりと見えるくらいに明るいのだ。恥ずかしすぎてどうにかなっちゃう
んじゃないだろうか。


(でも、でも・・・)

 そんな心積もりなんてまったくなかったけれど。どうやら、今日の祐巳はチョコレー
トらしい。つまり、祥子さまへのプレゼントな訳で。


「・・・好きよ・・・・・・大好き、祐巳」

「・・・ふゃ・・・」

 耳たぶをやんわりと噛みながらそう囁かれると、元々そんな気もないけれど、まった
く抵抗できない。


 ああ、マリア様。
 祐巳は今日、祥子さまに美味しくご賞味されてしまうようです。

(そ、それはいいんだけど・・・っ、いや、でもそうじゃなくて・・・)

 やっぱり祥子さまの言うとおり(思うとおり?)にした方がいいのかな、とか。
 でも、やっぱり恥ずかしいのはちょっと・・・とか。

 そんな風に思いながら、心の中と、顔と、それから腕やら足やら全身でそわそわわた
わたしてしまう。


「どうしたの、祐巳?」

 当たり前だけれど、そんなことをしていると祥子さまにはばれてしまうわけで。怪訝
そうな顔をして覗き込まれてしまった。


「な、なんでもないです!」

 瞬間、祐巳は寝そべったベッドの上でピット背筋を伸ばして気を付けをした。そのま
ま瞑想。心頭滅却すれば火もまた涼し。まな板の上の鯉・・・はなんか違う気もするけど。


「おかしな子ね」

 あからさまに不審な祐巳の行動に祥子さまはやっぱり首を傾げた。だけど。

「・・・でも、そういうところも好きよ」

「・・・・・・!」

 とんでもない殺し文句を囁いて、ワンピースを取り払った。

「可愛いわ」

「・・・・・・ぁぅ・・・・」

 真っ赤になってもじもじしていると、祥子さまは頭を優しく撫でてくれた。
 そのまま、手のひらを頬っぺたに滑らせて、また撫でる。
 恥ずかしいのはちょっと。そんなこと思っていたのなんて忘れちゃうくらい、祥子さまは時間を掛けて、祐巳の緊張をほぐしてくれる。

 手首を優しくさすられて。踵にそっと口付けられる。膝の横を滑っていく黒髪の感覚
に身を捩ると、背中のくぼみにも優しいキスをくれた。


(・・・・・・えっと)

 いつの間にか衣服は全部取り払われていて。祥子さまはいつもと同じように優しく祐
巳を抱きしめてくれていて。手のひらや指先が肌の上を滑っていくときめくような感覚
に、ただただ蕩かされてしまいそうだ。


(い、いいのかな・・・?)

 後ろから抱きすくめられるようにして、そっと胸に触れられると、気持ちよすぎてお
かしくなりそうだったけど。はて、と思い出してしまった。


 確か、今日の祐巳はチョコレートなのだ。

 祥子さまへのプレゼントなのに、いつも通りに優しく愛してもらうだけでいいのかな、
なんて。


「あ、あの・・・っ」

「?」

 指先が胸の間からおへそへ向かって撫で下ろされていくところで、祐巳は意を決して
声を上げた。


「なぁに?」

 耳の後ろに唇を押し当てて、祥子さまが穏やかに聞き返してくれる。

「きょ、今日はチョコレート、ですから・・・」

「は?」

 振り返りながらもごもごと口の中でそういうと祥子さまはぽかんと口を開けたけれど。

「祐巳はお姉さまへのプレゼントだから・・・その、お姉さまのお好きなようにしてく
ださって、結構です、よ・・・?」


 今更だけど、なんだかとっても恥ずかしいことをいっているような気がして、最後の
方は消え入ってしまった。


 でも。せっかくのプレゼントなんだから。気を使わせたくなんてない。優しくしても
らえるのはうれしいけど、いつもいつもそれじゃあ、申し訳ないし。


「・・・・・・」

 だけど、祐巳がそんな風に(心の中でだけ)意気込んでいると、祥子さまはあっけに
とられたような顔をしてしばらくかたまっていた。それから。


「・・・・・・ふ、ふふっ」

「?」

 いきなり噴出したかと思うと、祐巳をころんと仰向けに寝かせた。

「お姉さま?」

「・・・ばかね。確かにチョコレートが食べたいとは言ったけれど、祐巳は物じゃない
でしょ?」


 体重が掛からないように、注意深く祐巳に重なりながら、祥子さまは祐巳の前髪をそ
っとすいて。


「祐巳は、私の大切な人」

 おでこに一つキスをくれた。それから。頬っぺたを両手で包んで、優しく目元を緩め
て唇に口付けるから。


「だから、大切な祐巳とこうしているのが、チョコレートなの」

 甘い声に負けないくらいのチョコレートの味が、口の中いっぱいに広がった。

「お姉さま・・・」

 唇が離れて見上げた祥子さまはとっても愛しげに祐巳をみつめてくれているから。ぎ
ゅうっとしがみつきながら、「ああ、そっか」と思い出した。


 祥子さまは祐巳以外の人からのチョコレートは受け取らない。それは、祐巳が祥子さ
まのために作ったものだからで。


 祐巳が大好きな祥子さまのために一生懸命作ったものだからで。

 祥子さまが受け取ってくれるのは、いつだって「大好き」っていう気持ちの方だった。
 抱き合うのは、心の奥から溢れてくる愛情で、お互いの身体を隅々まで満たしたいか
らだ。


 ああ、そっか。
 だから、チョコレートなのか。

「ふぁ・・・ん・・・」

 しがみついた腿の内側に、祥子さまの細い腰がはっきりと感じられた。

「・・・ゆみ」

 祐巳の頭をかき抱くようにして見つめてくれる祥子さまの瞳が揺れている。それに応
えるように祐巳も目の前の頬っぺたに両手を添えると、熱い息を吐き出しながら祥子さ
まは切なそうに眉を顰めた。


 この瞬間の祥子さまの顔が、好き。

 ゆっくりと瞳を閉じながら、祐巳の名前を繰り返し呼ぶ祥子さまの濡れた表情が、た
まらなく好き。


 みどりの黒髪をかき乱すように抱きしめると、祥子さまの気持ちが触れ合った唇から
小さな胸めがけてまっすぐに流れ込んでくる。

 追い詰められるような感覚にきつく目を閉じる間際に覗き込んだ祥子さまのきれいな
瞳には。


 幸せに蕩けそうな祐巳が、揺れながらいっぱいに映っていた。


                                


「・・・・・・ごちそうさまでした」

 浅い吐息を落ち着けると、祥子さまは顔を埋めた耳元に、掠れた声でそう囁いた。

「・・・え、えっとぉ・・・」

 お粗末さまでした、とでも言えばいいんだろうか。汗ばんだ背中に腕を回しながらそ
んなことを考えてしまったけれど。


「ん・・・」

 祥子さまが潤んだ瞳のままにっこり笑って唇を寄せてくるから、そんな疑問はすぐに
空の彼方へ飛んでいってしまった。だって、祐巳にとっては祥子さまからの蕩けるよう
なキスが何よりも甘いプレゼントだった。


 でも。

 ちゅっという可愛らしい音を立てながら、何回も繰り返されるじゃれあうようなキス
の合間に、またしても疑問が浮かんできてしまった。


 ―――ホワイトデーはどうしたらいいんだろう。



                                END


 いえ、本編では祥子さま大変そうなので、イベントぐらいは甘甘で。。。そんなことを言いつつごきげんよう。
 おまけSSの続き(?)バレンタインデー的小噺でした。祥子さま「愛情たっぷり」を早く実行したくて
たまらなかったということで(えー)。それではごきげんよう。


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