Sweets Buffet 1
不定期でトップページに載せていた小噺を集めてみました。



                               ハグ


 「祐巳さん」
 「何?」
 薔薇の館への途中、由乃さんは唐突に言い放った。
 「ハグよ」
 「へ?」
 「時代はハグなのよ!」
 「はい〜?」
 突然なに言っているのだ由乃さんったら。顔中にはてなマークを浮かべている祐巳なんてお構いなしに
由乃さんは拳を握り締めた。
 「ドラ○もんもそう言っているわ」
 (そうだっけ?)
 確かに今日は月曜日だ、週末にでも見てきたのだろうか・・・。
 「だから今日から山百合会はハグ強化週間にします」
 「な、なんで!?」
 「なんでも」
 もはや祐巳の力では由乃さんの暴走は止められそうにもない。どうしてドラ○もんでそんなことに・・・。
 「きちんと毎日成績発表するのよ祐巳さん」
 「成績発表って・・・」
 そんなこと言われても困る。それに誰彼構わず抱きつくなんてできないのに。そう思って祐巳が逡巡し
ていると由乃さんはにやりと笑った。
 「もちろん姉妹限定よ。がんばってね、祐巳さん」
 「そ、そんなぁ・・・」


 「どうしたの、祐巳?」
 「え、えっと・・・その・・・」
 「?変な子ね」
 薔薇の館でのお片づけタイム。今日はジャンケンで負けた人が片づけをすることになったのだけれど、
なぜか祐巳と祥子さまが一発で負けてしまって。その時の由乃さんの顔といったら、うれしそうなことこの
上なくて。策略の匂いがぷんぷんだ。帰り際に祐巳の肩を叩きながら「がんばってね」なんていうもの
だから恥ずかしくて真っ赤になってしまった。
 (ハグって抱っこのこと、だよね・・・)
 英語が得意でない祐巳にもそれくらいならわかるのだけれど。祥子さまを抱っこするなんて恥ずかしくて
どきどきしすぎてできっこないのに。だけど、きっとこの一週間、由乃さんは暴走したまま突っ走るだろう
し。そんなわけで、祐巳は祥子さまを抱っこすべく機会を窺っているわけだけれども。
 「・・・・・・気になって仕方がないのだけれど」
 「あう・・・」
 そりゃ、祥子さまが動くたびに後ろにくっついていくという不審な動きを繰り返しているのだから、祥子さ
まがそう思われるのも当然で。
 「どうしたの?」
 祥子さまは軽く息をつくと祐巳の方に向き直ってくれたけど、そうされるとすぐ後ろにぴったりとくっついて
いたものだから、すぐにでも腕の中に引き入れられてしまいそうだ。あ、いやいや、祐巳がしないといけな
いのだけれど。
 「何かあるの?」」
 (ええい〜!)
 「!?」
 祐巳は半ば勢いに任せて、祥子さまに抱きついた。
 「な、何?何なの・・・!?」
 「は、ハグです!」
 おろおろと狼狽している祥子さまに、とりあえず状況説明をしてみる。
 「今日からハグ強化週間なんですっ」
 「・・・・・・」
 なぜそうなのかとか、どうしてそういうことになっているのかとか、そういう説明を一切省いてそれだけ祐
巳が言い放つと、祥子さまはぽかんと口を開けた。
 「なぜ?」
 一瞬遠いところへ旅立ちそうになった祥子さまはそれでも何とかとり止めたらしく、当たり前の疑問を口
にした。
 「え、えっと・・・よ、由乃さんが・・・」
 「由乃ちゃんが?」
 「そうすると良いよって・・・」
 そんな柔らかい言い方ではなかったけれど、とりあえずそう言ってみる。だけど、その説明を聞くと祥子
さまは少し眉を顰めた。
 「由乃ちゃんに言われたから、その通りにしているの?」
 「え・・・あの・・・」
 人と同じとか、自発的ではないことが大嫌いな祥子さまにそんな言い方をしたから、ご機嫌を損ねてしま
ったのかな。そう思ったけれど祥子さまが次に言ったことはそんな祐巳の予想とは全然違うことだった。
 「言われた通りにしているだけで、祐巳は別にそうしたくはないのね」
 「え!?ち、ちがいます!」
 むしろ祥子さまにしかしたくない。どうせなら祥子さまに抱っこされたい。
 「本当に?」
 こくこくこく。もう思いっきり首を縦に振る。そのままぎゅって腕に力を込めて祥子さまに抱きつく。
 「ねぇ、祐巳」
 祥子さまは祐巳のそんな様子に満足そうな笑い声を漏らして、ぎゅって抱き返してくれながら悪戯っぽく
囁いた。
 「ハグだけでいいの?」

                               END

 思いついたままの小噺・・・。ドラ○もんのOPかEDかがそんなタイトルだったのを思い出して即座に祥祐
妄想に変換してみました。(・・・・・・) 




                        凛凛幕間


 満足そうな吐息を吐き出すと、祥子さまは祐巳の頬に「おしまい」のキスをしてから隣に肘を付いて横に
なった。
 「大丈夫?」
 優しそうに微笑みながら、落ち着かせるように祐巳の髪や腕を撫でてくれる祥子さまに蕩かされそうになる。
 優しい手のひらが腕から肩へ撫で上げて、頬へ添えられるとそれだけでどきどきが蘇って、甘えるよう
にその手に自分の手を重ねて目を瞑ると、少しずつ乱れた呼吸が整えられた。
 「・・・ん」
 一つ息をつくと祐巳はやっと落ち着きを取り戻すことができて。それから目の前で優雅な微笑を浮かべ
ている祥子さまをみつめていると疑問が浮かんだ。
 「お姉さま・・・」
 「なぁに?」
 「・・・どうして、触れていた私の方がこんなになっているのに、お姉さまは普通なのですか・・・?」

                                 END

 これから祐巳ちゃんを可愛がるつもりだから祥子さまは元気なだけです。(おい)



                          疲れた


 ちょっとはしたないけれどソファに座ったままで宿題をしていたら、寝室へ本を取りに行っていた祥子さま
が帰ってきて祐巳の傍らに座った。
 「疲れたわ」
 先程まで読んでいたのは経営学の本とやらで、お祖父さまや融小父さまのお仕事を手伝うために勉強
しているらしいのだけれど。どうにも量が多いらしく暇さえあればそういう本を読むことが最近の祥子さま
の日課だったりする。
 「お疲れ様です、お姉さま」
 なだれ込むように祐巳の抱きしめながら胸に顔を埋めてくる祥子さまを抱きとめて「いいこいいこ」をする
みたいに黒髪を撫でた。祥子さまは学業も優秀で何事もそつなくこなすけれど、やっぱり普段よりも多い
学習量は祥子さまの明快な頭脳をも疲弊させるらしい。祐巳なんて宿題を終わらせるだけでもいっぱいい
っぱいなのだけれど。
 「んー・・・」
 「だめですよお姉さま、ここでお休みになっちゃ」
 可愛らしく伸びをしながら祐巳の胸の上で目を瞑る祥子さまに、慌てて「ちゃんとベッドで寝てください」と
声をかけるけれど、祥子さまはいやいやをするみたいに胸に顔を擦り付けるみたいにして首を振る。
 (甘えん坊だなぁ)
 自分も疲れている時や、寂しい時には祥子さまにくっついて離れないことも棚に上げて、祐巳は目を細
めた。あやすように祥子さまの髪を指に絡めていると、祥子さまがそのまま額や鼻先、瞼や唇でパジャマ
の上から祐巳の胸をくすぐるから、くすぐったくなってお腹を捩る代わりに祥子さまの背中に腕を回す。そ
れでもやっぱりくすぐったくて、子どもみたいな祥子さまが可愛くて、くすくす笑っていたら、祥子さまが視
線だけを上げて抗議の声を上げた。
 「何がおかしいの?」
 そんな甘い声で唇を尖らせても、祐巳を幸せにするだけなのに。祥子さまは頬を膨らませて見せる。
 「いいえ」
 零れ落ちそうになる笑いをちょっとだけ抑えながら首を振ってから祥子さまをみつめ返すと、祥子さまは
胸から顔を上げて目を瞑った。
 「お姉さま?」
 「疲れすぎて動けないわ」
 「へ?」
 それではお姫様抱っこでもと言いたいところだけれど、あいにく祐巳は何でも平均点な女の子なのだ。
そんな力はない。そう思ってちょっとだけ困った顔をしていると、祥子さまはくすりと笑って続けた。
 「祐巳が癒してくれれば動けるもの」
 そう言って、やっぱり目を瞑ったままの祥子さまが「ん」と漏らして唇を少しだけ寄せてくるから。
 「お姉さまったら・・・」
 本当に甘えん坊さんだなぁなんて思いながら、そんな祥子さまも大好きな祐巳は想いを込めて祥子さま
の唇に自分の唇を重ねたのだった。

                               END
 無性に甘いのが食べたくなるんです、ええ。



                        合宿当日

「一番は三番を抱きしめること〜!」

 聖さまがうれしそうにそう叫ぶと、一番と三番と記された札を持った二人はお互いにみつめあってフリー
ズしてしまった。

「どうして、私が志摩子を・・・」

「・・・・・・・・」

 一番の祥子さまは思いっきり眉を顰め、三番の志摩子さんは恥ずかしそうに俯いた。

「王様の命令は絶対よ、祥子」

「く・・・っ」

 王様である聖さまがにたりと意地悪な笑顔を浮かべると祥子さまはそれはそれは悔しそうに唇をかみ締
めた。
 実は今、王様ゲームの真っ最中だったりする。
 最初はジュースの一気飲みとか、肩揉みとか、そういう他愛もないことだったのに、いつの間にか手を
繋いでみつめあうとか、後ろから抱きしめるとかそっちの方向になってしまった矢先に、祥子さまが当たり
番号を引いてしまったわけなのだけれども。

「祥子」

「わかっていますわ」

 蓉子さまにちろりと一にらみされると、祥子さまはしぶしぶといった感じで志摩子さんに腕を伸ばした。

「志摩子」

 祥子さまは覚悟を決めて小さく志摩子さんを呼ぶと、側面から背中に腕を回し柔らかな髪ごと志摩子さ
んを優しく抱きしめた。

「祥子さま・・・」

 祥子さまに抱きしめられる志摩子さんは、その腕の中でやっぱり恥ずかしそうに口元に手を押し当てて
いたけれど。恥らうその仕草が余計になんともいえない雰囲気を醸し出す。フランス人形みたいな志摩子
さんをお雛さまみたいな祥子さまが柔らかく抱擁している麗しすぎる図に、その場にいた面々は一様に感
嘆のため息を漏らした。

(・・・は、鼻血出そう・・・・・・)

 愛しの祥子さまが目の前で自分以外の誰かと抱き合っているのだからやきもちの一つや二つや三つく
らい焼いてもよさそうなものなのだが。あまりにも美しすぎるその構図に、祐巳はただただ見惚れるばか
りだった。祥子さまと志摩子さんは抱き合った身体が離れる最後の瞬間に、一度だけみつめあってすぐに
視線を離す。なんだか二人の周りの空気だけがいつまでもきらきらと輝いているみたいだ。
 そのままぽーっと見惚れていたら、ちらりとこちらを振り返った祥子さまと目が合った。

「・・・・・・っ」

 祥子さまは祐巳と目が合うと一瞬目を見開いて、すぐに視線を逸らしたかと思うとさぁっと頬を染めて、
バツが悪そうにもじもじとその場でまごついていた。

(照れてるのかなぁ・・・)

 そんなお姉さまも可愛いなぁ、なんてでれでれと頬を緩ませていると、いつの間にか次のくじ引きが開始
されていた。

「五番は二番の頬にキスすること・・・二番、誰?」

「え、あっ・・・はいっ!」

 蓉子さまの声に気付いて手にしていたくじをみるとまさに指定された番号だったものだから、祐巳は慌て
て手を上げて応えた。

「よっしゃぁ!蓉子も粋な計らいをしてくれるじゃない!」

「へ!?ちょ、ちょっと聖さま!?」

 聖さまは大きな声でそう言うやいなや、いきなり祐巳を羽交い絞めにしてぎゅうってその腕に力を込めた。

「私五番。キミ二番」

「へ?」

 ちゅっ。

「ふぇ!!」

 聖さまの腕の中でじたばたともがく暇もなく、頬っぺたに音をたててキスをされた。そりゃ、聖さまにとって
は「ほっぺにちゅっ」なんて挨拶代わりみたいなものなのだろうけれど、こうも不意打ちでされると、かえ
って後からじわじわとなにがあれするわけで。それなのに聖さまったら一度は離れたはずの顔をまたすぐに
祐巳の方へと寄せて至近距離でにっこりと笑った。

「うーん、やっぱりいいなぁ、この感触♪」

 そう一言囁いた次の瞬間、思ってもみなかった感触が祐巳の頬へ訪れた。

 ぺろり。

「!?!?!?」

(ぎゃあぁぁぁぁ〜〜〜〜!!??)

 舐めた。いや、舐められた。頬っぺたを、聖さまに。

「ごちそうさま」

「なっ・・・なっ、な・・・っ」

 聖さまは祐巳のそんな様子に満足したのか、悪戯っぽく舌を出してそういうと密着していた身体を離し
た。それでもってそのままみんなに向かってVサインなんてするものだから、王様の蓉子さまはもちろん、
それを見ていた他のみんなもやんやと手を叩いて楽しそうに笑った。

(見せ物パンダですか、私は)

 なんだかぐったりとなって、未だにおかしそうに笑っている面々に目を向けると、同じように笑っている祥
子さまと目が合った。

(う・・・・・・っ)

 いや、違う。笑ってない。正確には口元は笑いの形を作っているけれども、目が笑ってない。むしろ、目
が怒ってる。絶対怒ってる。
 やばい。やばい気がするこの状況。こんな時の祥子さまは要注意だ。きちんとその場でフォローをいれ
とかないと、絶対に後から爆発する。それでもっておしおきされちゃったりするのだ、きっと。祐巳のせいじ
ゃないのに、なんて言い訳祥子さまには通用しないのだから。あ、なんか自分がかわいそうになってきた
・・・。

「さぁって、もう寝ようかぁ」

 祐巳がそんな風に何とか挽回のチャンスを捻出しようとわたわたし始めたところで、ひとしきり後輩をお
もちゃにしたお姉さま方(主に元薔薇さまたち)はそう言ってさっさと寝支度を始めてしまった。きちんとした
片付けは明日することにして、寝る場所を作るために簡単にごみだけ別けて、布団を次の間に運ぶ。
 お片づけの間、当たり前のように祐巳は祥子さまの様子をそれはもうわかりやすいぐらいにちらちらと窺
っていたのだけど、知ってか知らずか、祥子さまはまったく祐巳の方を見ようともしてくれない。隣り合った
位置にお布団を敷きに行った時に一瞬だけ目があったけれど、祥子さまは予想通り、つんと横を向いてま
ったくの無視を決め込んだ。

(そんなぁ・・・・・・)

 もう今日は、祐巳なんて知らない。そんなオーラをこれでもかと振りまく祥子さまに絶望的な気持ちにな
って、涙がほろりと出そうになった祐巳の耳に聖さまの妙に明るい声が届いた。

「電気消すぞ〜。あ、今日は女の子しかいないから茶色はなしね、祐巳ちゃん。怖かったら祥子に抱っ
こしてもらいな」

 無理ですから。
 そんな祐巳の心の呟きもむなしく早々と電気は消されてしまったのだった。

「お姉さま、お姉さま・・・」

 電気が消され、寝る前の小さな談笑も途切れた部屋がすっかり静かになった頃、祐巳はもそもそと起き
上がると、隣の布団に擦り寄って小さく祥子さまを呼んだ。

「・・・・・・」

 何度も何度もそう呼ぶけれど祥子さまは応えてくれない。だけど、まったく寝返りを打たないし、祐巳の
呼びかけにも不自然なくらいに応えないことから、多分眠っていないことが予想される。そう思って軽く布
団を揺すって見せると案の定、祥子さまはわざとらしく布団を頭の上に被ってみせた。

「・・・お姉さまぁ・・・」

 子どもじゃないんだから、と心の中で突っ込むけれどそんなこと言おうものならますますご機嫌を損ねて
しまう。このままずっと布団を揺すっていても埒が明かないようなので、祐巳は意を決してその布団の中に
もぐりこんだ。

「お姉さま・・・っ」

「・・・・・・」

 布団の中は真っ暗で、何にも見えない。ただ入り込んだ布団の中ですぐに祥子さまの体温とぶつかった
ことと、規則正しい息遣いが聞こえてくるからそのお顔が間近にあるのだということだけはわかった。

「そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」

 真っ暗なお布団の中声を潜めてそういうと、祥子さまはやっと答えてくれたけれど、その声色は明らかに
不機嫌だ。

「怒ってなどいないわ」

「嘘。あれからずっと祐巳の方を見てくださらなかったじゃないですか」

「節操のない妹に悲しくなっただけよ」

「そんなこと言われたって・・・」

 節操なしなんて言われようはあんまりだ。それに祐巳から他の人に抱きついたりキスしたりなんてしな
かったのに。

「祐巳は、誰彼構わず、ああいうことができるのね」

「お姉さまにしかしませんっ」

 あんまりな祥子さまの言いようについムキになって大きな声でそう言ったけれど、みんなはもうとっくに
眠っている時間だということを思い出して慌てて口を押さえた。

「証拠は?」

「へ?」

「私にだけ、という証拠を見せて頂戴」

 そ、そんなこと言われたって。キスを何回しましたとかいうのは身体に出るわけでも、何かのデータにな
って残るわけでもないのに。まるで駄々っ子みたいなむちゃくちゃなことを言う祥子さまに途方にくれそう
になっていると、祥子さまはもう一度ぽつりと呟いた。

「・・・では、私の不安を消して」

「え?」

「あなたが私を好きだということを、証明してくれればいいだけよ」

「えっと・・・」

 これはやっぱり駄々をこねているんだろうけれども。如何せん祥子さまの複雑な思考回路の途中で出た
ことを唐突に言われたって、平均点頭の祐巳にはわからないのだ。

「他の人にはできて、私にはできないの?」

「あ」

 真っ暗なお布団の中だけど、祥子さまのお顔はきっと拗ねたような表情をしているに違いないことはわ
かった。まったく、素直じゃない。

「もう・・・」

 軽くため息をついてから、だけど祥子さまが祐巳を求めてくれていることにとってもうれしくなって、どきど
きしながらその顔に唇を寄せた。のだけれども。

「そこは顔じゃないわ」

 ちょんと暖かい場所に触れたのはわかったけれどそこがどこかはわからなくて、これで良かったのかな
って思っていると祥子さまがそう抗議の声を上げた。

「だって・・・よくみえないんです・・・」

 真っ暗だから。そう言おうとしたら、祥子さまがごそごそと布団の中で祐巳の手を探し出して、そのまま
その手を自分の顔へと持っていく。

「これなら、わかる?」

 なんというか、もうすっごい甘い声で祥子さまがそう言うものだから、それ以上何も言い返せなくなって
手のひらでもっていかれた先のすべすべの肌をなぞった。
 手のひらで頬っぺたを包んで。中指の先に目元。人差し指に触れるのは鼻筋。親指で撫でているのは
きっと唇だ。

「おねえさま」

 どきどきしながら、聖さまにキスされた頬や、江利子様に撫でられた額、それから鼻筋やおとがいにも。
祥子さまの怒りが解れますようにって願いを込めていっぱいのキスをする。だけど、そうやって何度もキス
を繰り返しているとふと気付いてしまった。
 祥子さまは、キスを受けてはくれるけど、まったく返してくれない。
 そりゃ、お怒りが解けて欲しいのも山々だけど、祥子さまの方こそ他の人にやきもちを焼いちゃうくらい
祐巳のことを想ってくれるのなら、そろそろお返しをしてくれてもいいのではないでしょうか。なんて。
 早く祥子さまに触れて欲しくて、祐巳は唇にキスをしてそっとその端に舌先を這わせてみる。だけど、や
っぱり祥子さまは受けるだけで返してくれない。それどころか触れ合った唇は軽くだけれど噤まれていて、
それ以上は受け入れてもくれない。

「ふぃ・・・・・・」

 まるで、拒絶されているみたいな仕打ちに祐巳はとうとう泣き出してしまった。祥子さまに甘えてもらうの
は好き。拗ねたり怒ったりする祥子さまだって祐巳は大好き。だけど、いつまでもこんな風にされると、本
当に怒って許してもらえないのかなって気持ちになってしまう。

「どうして泣くの」

「・・・だって、お姉さま意地悪・・・する、から・・・」

 冷静な祥子さまの声に、ますます悲しくなって祐巳は途切れ途切れにそう言うしかできなくて。それなの
に祥子さまは淡々と意地悪な言葉を重ねる。

「あら、最初に意地悪をしたのは祐巳でしょう」

 違うって言いたいのに、声が詰まってしまって、唸るようにして首を横に振りながら祥子さまの寝間着の
袖をぎゅって握る。

「・・・祐巳が好きなのは誰?」

 祥子さまが、そんな祐巳の様子に少し怒りが和らいだのか、軽く息をついてわかりきった質問をしてくるから。

「お姉さまです」

 祐巳は当たり前のようにそう返す。優しくされたらうれしくてどきどきして、意地悪にされたら悲しくて涙が
でる。そんな風に大好きなのは祥子さまだけなのに、祥子さまはまだ治まらないみたいに質問を重ねた。

「祐巳がキスしていいのは誰?」

「お姉さまだけですっ」

 それこそ証拠を見せるわけではないけれど、祐巳は放つようにそう言って、祥子さまの首に纏わりつくよ
うに抱きついてそのまま唇を重ねた。
 ぎゅうって抱きついてしがみ付くようにしていると、祥子さまはやっと自分の方からもキスをしてくれた。

「・・・んん・・・・・・」

 一旦応えてもらえると、形勢逆転したみたいに今度は祥子さまのキスに応えるしか出来なくなってしまった。
だけど、乱暴なくらいのキスに、胸の中で甘い熱が渦巻くみたいに感じ入って、その熱に全身が満たされていく。

「・・・ぁ・・・・・・ん・・・」

 いつの間にか、祐巳は祥子さまのお布団の上に仰向けになっていて。祥子さまはその上に重なるように
して抱きしめてくれていて。触れ合った唇は離れたがらない。

(・・・・・・まずい)

 この状況は、まずい。なにがって、ふかふかのお布団の上でいつまでも好きな人とキスしたまま、その
ままで済むわけがないじゃないか。いくらなんでも、みんなで合宿しているのにそんな無分別なことまで
はしちゃいけないことがわかるくらいの理性はまだ残っている。それなのに。

「・・・祐巳。祐巳」

 唇を離すと、祥子さまは祐巳の額に自分の額をくっつけて、切ない声で祐巳を呼ぶ。

「お姉さま・・・」

 その声を聞いた途端、離れた唇はまたすぐに触れ合って。お互いを抱きしめる腕に力がこもる。このまま
わからなくなっちゃう、そう頭の端で思いながらもどうすることもできなくて。だけど。

「好き・・・大好き、お姉さま・・・」

 うっとりと祐巳から零された睦言を聞いた瞬間に、祥子さまはぴったりと動かなくなった。そして。

 どさり。

「へ・・・?」

 動かなくなった祥子さまはゆっくりと祐巳の胸に落ちてきて、そのままぴくりとも動かなくなってしまった。

「お、お姉さま・・・?」

 驚いてその顔に耳を近づけると規則正しい寝息が聞こえてきた。確認するみたいにちょっとだけ布団をめ
くって目を凝らすと、やっぱり眠っている祥子さまのお顔が見える。

「・・・・・・寝てる」

 なんでだかわからないけれども、それはもう穏やかに寝ている。それこそ寝返りを打つみたいに、祐巳
の胸の上でごろごろと気持ちよさそうな顔をして。

「えっと・・・」

 確か、好きっていう証拠を見せて欲しいとか何とか言われてて。それでもって何度も何度もキスをしてい
たのだけれど。つまり、もう満足したということなのだろうか。だけど、さっきの勢いだと間違いなく・・・い
や、間違いが起こりそうだったのだけど。そこまでぐるぐると考えたところでふと祥子さまの言葉を思い出し
た。

 『あなたが私を好きだということを、証明してくれればいいだけよ』

 祥子さまはそう言って。祐巳の「好き」って告白を聞いた途端に安心したみたいに眠ってしまったのだ。

「・・・お姉さまったら・・・」

 キスより、抱擁より何よりも、祥子さまにはその言葉が一番必要だったんだって、祥子さまの幼い子ども
みたいな寝顔を見てやっと気付いた祐巳は、想いを込めてその瞼に「大好き」と「おやすみなさい」のキスを
落としたのだった。

                                *

(蔦子ちゃん、連れてくればよかったわ・・・)

 江利子はようやく静まった自分の隣にある祥子の布団をちらりと見てからそう思った。

(まぁ、楽しませてもらったからいいかしらね・・・)

 後学のためになったわなんて思いながら小さくあくびをすると、江利子はやっと静かな眠りの世界へと
突入することができたのだった。



                                      END

 合宿翌日の前の日つまり当日の一ページ。正しく妄想垂れ流しの、バカップル話に・・・。小噺というには長すぎますがそこは言わ
ない約束で・・・。ごきげんよう



                 0930プチ 〜まえむき。よこむき。〜


 余計疲れないかなって、祐巳は思った。


 祥子さまは読書が本当に好きで、暇さえあれば本を読んでいる。文庫本に新書、ハードカバーに
いたるまで、気がつけば違う本を食い入るように見ている。ジャンルも様々で学術書のようなもの
から純文学までとにかく読む。まるで活字中毒だ。だから、初等科の朝拝前の読書よろしく、おや
すみ前の読書が日課になっていた。

 今だってベッドに横になった祥子さまは下校ついでに買ってきたのか、新たな文庫本にかじりつ
いて祐巳の方なんて見向きもしない。それも日常のことなので、今更怒ったり拗ねたりする方が疲
れるって学習している祐巳は、祥子さまに合わせる形でお気に入りの本を適当に眺めていた。ただ、
どちらかというと文字がびっしり詰まっているものは得意ではない祐巳が眺めるのはもっぱら文字
よりも断然写真やイラストの多い雑誌なのだけれども。


(あ、このジャケットかわいいな)

 まだ真冬の入り口なのに、早くも春先のコーディネートなんて特集が組んである、淡い色で構成
されたページにつられて、頭がぽかぽか陽気になりそうだ。そうやって誰に向けるでもなく笑顔で
雑誌を眺めていたけれど、特に購入の予定のないものを眺めているだけというのもなんだか空しい、
おまけに祐巳はそんなに集中力がある方でもないのだ。眺めていた特集ページが終わったのを機に、
祐巳はパタンと雑誌を閉じて小さくひとつため息をついた。


「・・・・・・」

 相変わらず文庫本に夢中の祥子さまにもう一度ため息をついて見せたくもなったけれど、文字を
追う横顔がなんだか可愛らしくて、意地悪をする代わりにその肩に頬を寄せた。

 パジャマの布越しにじんわりと祥子さまの温もりが感じられて、その気持ちよさに思わず頬擦り
をしてしまう。だけどやっぱり祥子さまはそれを気に留めるでもなく読書を続けるから。唐突にめ
いっぱい甘えたくなって、肩口をやんわりと唇で噛んだ。


 なんだか猫みたいだな。

 肩口から首に向かってゆっくりと甘噛みをくりかえしながら、ぼんやりとそんなことを考えてい
たら、祥子さまの頬っぺたにおでこがぶつかってそれ以上進めなくなった。

 だけどストップをかけられた身体はそれじゃ全然足りないっていっているみたいに、祥子さまの
細い身体に腕を回してぎゅって抱きつく。そのまま目線をずらすと、祥子さまが眺めている本の紙
面が視界に入った。


(うわ)

 思わず声に出してそう言いそうになるのを寸でのところで何とか留めるけれど、こめかみにたら
りと汗が流れた。

 英字だ。全部。しかもびっしりと。

(・・・わかんない)

 祥子さまの読んでいる本の内容も、何が面白いのかも、というより祥子さまの能力自体計り知れ
ない。少なくとも一年後の自分が同じように外国語で書かれている書物を楽しそうに読んでいる姿
なんて想像できない。

 改めて祥子さまとの差を認識させられて愕然としそうになるけれども、そもそも祥子さまと自分
を比べること自体、ナンセンスなのだと思い直して祥子さまの視線の先にもう一度目を遣る。

 新しい本独特のインクのにおいと、まだくたびれていない紙の硬い音が、祥子さまがページを繰
るたびにあたりに広がると、しばらくは祥子さまの規則正しい呼吸しか聞こえなくなる。


 祥子さまがページを繰る。

 興味があるらしいページはゆっくりと、そうでもないページはさらさらと、祥子さまの気が向く
まま不規則に。


 祥子さまがまた、ページを繰る。

 相変わらず本の内容なんてちっともわからないけれど。その面白さもまったくわからないけれど。
祥子さまが見ているものを自分も一緒に眺めていることが、なんだかおかしくて、それからうれし
くなった。


「えへへ」

「・・・・・・?」

 思わず笑い声を零してしまうと祥子さまは今気づいたみたいに、ちょっとだけ身じろぎをして祐
巳の方へ顔を向けた。


「どうしたの?」

 唐突に笑い出した祐巳に訝しそうに祥子さまが尋ねる。まぁ、読書している隣でいきなりにやに
やされたら気になって仕方がないだろうけど。


「いえ、何だかうれしくなって」

「?」

 祐巳の答えに祥子さまはますます首を傾げる。ちょっとだけ眉を顰めて顔中にはてなマークを浮
かべている祥子さまなんて普段ではみられないから、ますます笑みが深くなる。


 どうして祥子さまは、こんなちょっとした仕草で祐巳を幸せな気持ちにさせちゃうことができる
んだろう。


「お姉さまと同じものを見ているんだなぁって思うと、うれしくなったんです」

 抱きしめてもらったり、キスしたり、祥子さまがすぐ傍にいることが実感できることだってもち
ろんとってもうれしいけれど。こうやって寄り添って同じものを見ることも、二人で隣り合って前
を向いているんだなって思えるから。祥子さまが祐巳の隣にいてくれるんだって感じられて、すご
く幸せな気持ちになる。

 それなのに、祐巳からそのことを聞いた祥子さまはパタンと本を閉じながら。

「そう?前ばかり向いていてもつまらないわよ」

 なんて、すげないお言葉。まったく天邪鬼なんだから。

「だって」

 だけど、祐巳が唇を尖らせて抗議する前に、祥子さまはシーツの中でもぞもぞと身体ごとこちら
へまっすぐ向き直ると、はにかんだような笑顔を浮かべてとびっきり甘い声で囁いたのだ。


「それじゃ祐巳の顔が見えないもの」

 ――――――って。
 そう言って、祥子さまがきれいな顔を近づけてくるのを眺めながら、でもやっぱり前を向くのも
必要かなって思った。


 だってそう意識してなきゃ、祐巳なんていつまでも祥子さまに見蕩れたままでいそうだもの。

 そんな風に思いながら静かに目を閉じると、ふんわりと柔らかい唇が触れてくるのを感じて、祐
巳は目を閉じたままにっこりと笑ったのだった。



END

 むしろ祥子さまは興味のあるものしか見ない気も・・・。
 小噺というには少しばかり長す(省略)・・・0930話なので0930ページでも良いのですが、最初から最後までひ
たすらただのイチャラブなので(・・・)小噺にしてみました。


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