Summer sweet



 短い夏を惜しむかのように蝉が鳴いている。じわじわと耳につくような鳴
き声は、いつもより更に甲高く聞こえた。


(花寺との次回打ち合わせの日程は決まったから・・・向こうからの依頼書
類が来るまでは、リリアンの文化祭の下準備かなぁ・・・)


 突き刺さるような日差しに耐えられなくて、少しだけ小走りになったけれ
どすぐにやめた。見る間に汗が吹き出てしまったからだ。午前中とは思えな
い暑さだ。今月いっぱいはこの暑さが続くのかと思うと、どこかから生気が
抜けていきそうな気がする。


 仕方なく、石畳の道を見ながら歩くことにした。つまり俯き加減で。背中
が丸まって見えるから不恰好なのだけれど、背に腹は変えられない。


(今年も劇なんだろうな。でも、祥子さまったら全然教えてくれないし)

 取りとめもなくそんなことを考えながら、とぼとぼと歩く。気持ちは元気
なのだ。ただ、身体に与えられる刺激のせいで、動きが鈍っているだけで。


 でも、もうすぐ薔薇の館に着くから。

 心の中で、元気の出るおまじないのようにそう呟くと、何だかしゃっきり
とした気分になる。


 だって、薔薇の館には、大好きな人が待っているのだ。

 例え祐巳の方が早く着いたとしても、必ず会える。

 祥子さまに。

「え・・・?」

 うきうきと軽くなった足取りのまま、祥子さまのことを思い出すと、唐突
に火が出ちゃいそうなくらい顔が熱くなった。


(な、な、な・・・?)

 なんでだろう。

 もちろん、祥子さまの事を考えただけで、くらくらしたり、耳元が熱くな
ったりすることはあるけれど。それにしても唐突過ぎる自分の反応に首を傾
げてしまう。


(・・・・・・って・・・)

 立ち止まって考えること数十秒。とあることに気付いた祐巳は、しゃがみ
こんでしまうくらい、身体中が熱くなった。恥ずかしさで。


 だって。

 別荘から帰ってきてから祥子さまに会うのは、今日が初めてだった。


                          


 背中にふんわりと柔らかな温もりが押し当てられるくすぐったさに、ぼん
やりと目を開いた。


「・・・・・・?」

 一瞬、自分がどこにいるのかもわからなくて、手のひらで目を擦る。白色
の壁に濃い色の柱。


(あ、そうか・・・ここはお姉さまの別荘だ・・・)

 目が覚めるといつもこうだ。お邪魔してから今日でちょうど一週間になる
というのに、中々慣れそうにない。


(でも・・・お部屋にあんな机あったかなぁ・・・)

 ちょうどベッドと向かい合うような形で置かれている、少しだけ小さい感
じの木の机。確かに泊まらせていただいている部屋にも机はあるけれど、こ
んな風に、程よく使い古されたものではない。どことなく、小さな子どもが
使っているような愛嬌があった。


「・・・おはよう・・・祐巳、起きないの?」

「・・・・・・・・・!?」

 耳元で聞こえる囁き声に、冗談でも何でもなく、頭のブレーカーか何かが
落ちた気がした。


「祐巳は意外とお寝坊さんなのね」

 その声の主は、はにかんだようにそう言うと、祐巳の首筋にそっと唇を寄
せた。


 その瞬間に、彼女の甘い匂いが鼻先いっぱいに広がって、祐巳は今の状況
を理解してしまった。


 ここは、祥子さまの部屋なんだ。

 背中越しに伝わってくるのは、祥子さまの体温で。柔らかな感触なのは、
素肌が触れ合っているからだ。


「どうしたの」

 声をかけたのに、祐巳がいつまでたっても黙り込んでいるから、祥子さま
は訝しそうにこちらを覗きこんだけれど。


 そんなことをされたら、余計に祥子さまを見られそうにない。

 とりあえず、祥子さまの声が聞こえていることを伝えるために、何度も首
を振ってから、祐巳は手のひらで顔を覆ってしまった。


「何故、隠すの」

 そう問いかける祥子さまの声はとても優しげで。

「だって・・・なんだか・・・・・・顔、上げられない・・・」

 照れくさくて、くすぐったい朝だった。


                          


「あら、早いのね」

「・・・・・・!!!」

 幸せすぎる甘い記憶を振り払うように、駆け足で薔薇の館へ来たまでは良
かった。だけど、ビスケットの扉を開けると、追い払った記憶の変わりに、
当人が目の前に現れてしまったのだから、もう固まるしかない。


「ごきげんよう、祐巳」

「ご、ごきげんよう・・・お姉さま・・・」

 ふわりと微笑みかけられると、避暑地の夜が瞬く間に目の前に広がってい
くようで、卒倒してしまいそうだ。


「?どうしたの。いつまでも立っていないで、座りなさい」

 手招きをする代わりに、祥子さまはそう言って、隣の椅子を引いてくれる。
そこに座りなさいということなのだろう。


「は、い・・・」

 単音をつなぎ合わせるような返事を何とか返したけれど。祥子さまの隣ま
でが果てしなく長い道のりに感じられる。


 右足と左足を交互に前へ繰り出すという単純な動作のはずなのに。歩を一
つ進めるたびに、身体ごと突き上げられてしまいそうなくらいに、心臓が強
く胸を打った。


「?」

 用意された席に着いた時には何だかぐったりして、隣の祥子さまに首を傾
げられてしまった。


「外が暑くて、疲れてしまったの?」

 首を傾げたままの角度で、祥子さまはそう言って微笑んだ。

(う・・・わあ・・・・・・)

 駄目だ。

「い、い、いいえ・・・っ・・・」

 壊れたおもちゃか何かのように、ただ激しく首を横に振った。

「?」

 そんなことしたら、余計に祥子さまに不審に思われるだろうことは百も承
知だけれども、やっぱりそうせずにはいられない。むしろ、それしかできな
い。


「変な子ね・・・」

 祥子さまは呆れたようにそう言って席を立ったけれど。怒らせちゃったか
な、と心配するよりも前に、ひとまず距離ができたことにほっとしてしまっ
た。だって、まともに祥子さまをみられないどころか、顔を上げることすら
できそうにない。


(だって、だって・・・・・・)

 祥子さまが、いつもにも増して、きらきらと輝いて見える。

 欲目を差し引いてみても。祐巳が重度の祥子さま病だということを考慮し
ても。比喩でも何でもなく、そう見えてしまうのだから仕方がないではない
か。


 微笑みかけてくれた唇が濡れているように艶やかで。立ち上がる際にふと
視線を下に落とした伏し目がちな角度の睫がとても長くて。肩にかかってい
た黒髪がさらさらと落ちていくと、それだけでふわりと甘い匂いが広がって
いくようだ。


(・・・・・・もしかして、これが“世界が変わって見える”とかいう・・
・・・・)


 世界というよりは視界だろうという突っ込みが脳裏をよぎるけれど、気に
する余裕もない。


 祥子さまってこんなにきれいだったんだ。

 改めてこんな感想を抱くこと自体恐れ多いのはわかっている。祥子さまが
華やかで整った顔立ちをしていることも、流麗な所作も、その心が美しいこ
とも。二人で重ねた時間の分だけ、その気持ちは募っていくのに。避暑地へ
行く前と今とでは、それは比べ物にならないほどに大きく膨らんでいた。


「はい」

「へっ!?」

 突然後方からかけられた声に思わず顔を上げると、すぐ目の前にグラスが
差し出されていた。


「飲みなさい。気分が良くなるわ」

 不思議に思って振りかえると、祥子さまは先程よりも一層柔らかな微笑を
浮かべて、そう促した。


「え、あぅ・・・はい・・・」

 両手で冷えたグラスを受け取る。手にしたグラスは暑さのせいで汗をかい
ていたけれど、手のひらが水滴で濡れてしまうまで、うだるような暑さのこ
とすら忘れていた。どうやら重症のようだ。


 祐巳がグラスに口付けるのを見届けると、祥子さまはまた隣の椅子へ腰掛
ける。先程と同じように、ごく自然に。


(・・・・・・なんで祥子さまは普通にしていられるのかな・・・)

 祐巳の隣に腰掛けた祥子さまは、先程まで手にしていたのであろう書類に
視線を落とした。ゆっくりと視線を動かしながら、時折手にしたペンで印を
付けて、文章を書き加えていく。流れるような動きで、白い指先がペンを走
らせる。整えられた爪が、つやつやできれいだった。思わずじっと見入って
しまう。


(・・・だめだ、・・・何だかちょっと息が荒く・・・違う、上がってきた
・・・)


 どこまでもヘンタイさん街道まっしぐらである。

 意識しなければいいのに。そう思えば思うほど、視線が祥子さまに釘付け
られて動けなくなる。

 だって。


 全身が覚えている。

 あの白い指先のたおやかな仕草も。吐息が漏れる瞬間の、濡れた唇も。そ
こから零れる、掠れた声。もどかしそうに、ゆっくりと閉じられる、潤んだ
瞳。

 思い出すだけで、熱いため息が漏れてしまいそうだ。

「祐巳?」

「は、ひゃい、はいっ!?」

 どこか遠い場所へトリップしそうになったところで、目覚まし時計の鐘の
音のように美しい声が響いた。


「・・・さっきから、本当にどうしたの?」

 先程までの柔らかな微笑ではない、気遣うような視線で祥子さまがじっと
祐巳を覗き込んでいた。


「あ、あ・・・いえ・・・お姉さま・・・その、文化祭の書類に、目を通さ
れているのかな、と・・・」


 わかりきったことを、それでも何とか口にする。たどたどしいといったら
ない。


「ええ、各部が予定している催しや出店の調査票よ。締め切り前だけれど、
もうほとんどの部が出してくれているから、まとめておこうと思って」


 それなのに、祥子さまはにこやかな表情で、たどたどしい祐巳の言葉にも
きちんと応えてくれる。


「そ、それじゃあ・・・私も、させていただいてよろしいですか・・・」

 天使のような微笑に、よくわからない罪悪感が生まれて、グッサリと胸に
突き刺さった。


「そうね・・・これはもう終わるから・・・」

 祐巳の言葉に、祥子さまは静かに辺りを見渡す。確かに祥子さまが手にし
た書類は残り一、二枚といったところ。机の上には筆記用具と、祥子さまが
借りてきたらしい、図書館の本が数冊置かれているだけだ。


「あら」

 ぐるりと周囲を見回して戻ってきた視線が、祐巳の顔の位置でぴたりと留
まった。


(な、何・・・!?)

 唐突にばっちりと目があってしまうと、そこから視線を外すこともできな
くて固まってしまう。


 祥子さまは。

 祐巳の顔を見ると、何かを思い出したようにポケットから白いハンカチを
取り出した。そのハンカチがゆっくりとこちらへ近づいてくる。それから。


「ひゃ・・・」

 じっとその光景をみつめていたくせに、白いハンカチがおでこにそっと押
し当てられると、思わず間抜けな声を上げて目を瞑ってしまった。


「すごい汗」

 笑い声のような吐息が頬っぺたに触れて、おずおずと目を開けると、すぐ
目の前で祥子さまが慈しむような微笑を浮かべていた。


「お姉さま・・・」

 額も、頬も、首筋も。祥子さまは白いハンカチで丁寧に、流れた汗を拭っ
てくれた。


「これで少しはさっぱりするでしょう?」

 祐巳の肌からハンカチを離すと、祥子さまはそう言ってにっこり笑った。

「あ、ありがとうございます・・・」

 瞬間、頬っぺたにかぁっと熱が走った。

 祥子さまの笑顔がきれいだったからだけじゃない。
 祥子さまはこんなにも優しいのに。優しくしてもらっている自分はといえ
ば、先程から純粋とは言いがたい視線でずっと祥子さまを眺めている。羞恥
心と罪悪感で胸がちくりと痛むような、頬の火照りだった。


「あのっ、それではお茶の用意を・・・っ。令さま達も、もうすぐ来られる
だろうから・・・」


 何だか居た堪れなくなって、飛び跳ねるように椅子から立ち上がるとそう
言って、祥子さまに背を向けた。


 少しだけ視線を感じたけれど。すぐに書類の捲られる音がしたから、視線
が外されたことがわかってほっとした。


 胸が疼くような。高鳴るような。息が上がりきってしまうような。

 こんな感覚に慣れちゃう日が本当に来るのかな。

 それとも、そんなこと感じなくなるくらい、祥子さまに触れられるのが当
然のことになるのだろうか。


 祥子さまが作っていてくれたのだろう、冷ました紅茶を氷と一緒にガラス
のポットへ淹れながら、そんなことを考える。だけど雲の上に立っているよ
うなふわふわとした感覚はいつまで立っても抜けていかない。


 ポットの中で、溶けた氷がぶつかり合って軽い音を立てた。

「お姉さま、お茶のおかわりはいかがですか?」

 だけど、いつまでも背を向けているわけにもいかないし。そう思い直して
振り返ると、祥子さまは少しだけ驚いたような顔をした。


「・・・いただくわ」

「?」

 一瞬の間をおいてから、祥子さまはそう言って苦笑いのような表情を浮か
べた。


「祐巳も座って、もう一杯いただきなさい」

 祐巳にグラスを差し出しながら、祥子さまはそう言って、手のひらでテー
ブルを軽くはたいて見せた。


「あ、はい」

 そう促されては、座らないわけにはいかない。できるだけその時間が遠く
なるように、ゆっくりとした仕草でグラスにお茶を注いでから、シンクへポ
ットを戻した。


「私、何かしたかしら」

「え?」

 不自然にギクシャクと椅子へ腰掛けると、隣の祥子さまがグラスに口をつ
けたままポツリと呟いた。


 不機嫌なわけでは決してない。だけど自分に向けられた言葉が決して穏や
かなものではない気がして、祐巳は恐る恐る顔を上げた。


 顔を上げて目があった祥子さまは、やっぱり怒った顔はしていなかったけ
れど。


「だって、祐巳ったらさっきからまったく落ち着きがないのですもの。私と
目が合うと、あからさまに気まずそうな顔をして、そっぽを向いたりして」


 本当に不思議そうに、それから少し不安そうに、祥子さまは小さく首を傾
げた。


「いえ、その・・・」

「何か、怒らせるようなことをしたのかしら、と思って」

「ち、違います・・・!」

 祥子さまの言葉を遮るように慌てて叫んだ。二人の会話は間違いなく穏や
かに流れている。だけど、これはどうみてもいつも繰り返してきた二人のす
れ違いのパターンそのものだ。


「違うんです、そうじゃなくて・・・」

「じゃあ、どうして?」

 何とか方向修正しようとしどろもどろで言葉を繋ごうとする祐巳を、祥子
さまはほんの少しだけ怒ったような顔でみつめた。


「だって、私・・・」

「何?」

 声に出そうとすると、耳元どころか頭の先まで熱くなってしまいそうで、
途中で言葉が途切れてしまった。それなのに、祥子さまが更に問いを重ねる
ものだから、もう逃げ出すこともできなくて、祐巳はぎゅっと目を瞑って口
を開いた。


「・・・祥子さまの事ばっかり考えちゃうから・・・・・・」

 覚悟を決めて言った割には、何とも小さな、それこそ蚊の鳴くような声だ
ったけれど。祥子さまはそれを咎めたりなんてしなかった。次の言葉を促す
ように、そっと祐巳の手を握ってくれた。ひんやりとした、優しい手だった。


「祥子さまのお顔をみると、すぐにこの前の別荘のことを思い出して・・・
だから・・・恥ずかしくて・・・」


「恥ずかしい?」

「・・・・・・気がついたら、その時のことを思い出して・・・すごくどき
どきして・・・そのことばかり考えちゃうんです・・・それなのに、お姉さ
まはまったく普通にしていらっしゃって・・・」


 抱き合ったことを、恥じ入っているわけじゃなくて。

 ただ、目の前に祥子さまがいるだけで、意識してしまうんだ。

 大好きな祥子さまにドキドキしてる。だけどそれだけじゃない。気がつけ
ばその時のことを思い出して舞い上がっている。そんなことばかり考えてし
まう自分が恥ずかしくて。幸せな記憶を重ね合わせた向こう側の祥子さまは、
いつもと変わらない美しさだから。ふと我に返ってしまうような心許なさが
交互に押し寄せてしまう。


 静まり返った部屋の中に、どこか遠い蝉の鳴き声が響いている。

 祐巳の言葉を黙って聞いてくれていた祥子さまは、何だか考え込むように
俯いて、握ったままの祐巳の手を、親指で僅かに撫でた。


「・・・・・・考えちゃ駄目なの?」

「へ?」

 顔を上げた祥子さまは、眉を僅かに下げてそう言った。それから。

「それでは、私もまったく祐巳と目が合わせられなくなってしまうわ」

 ほんの少し早口でそこまで言い切ると、繋いでいた手にぎゅっと力を込め
て、また俯いてしまった。


「・・・・・・祐巳とキスしたいし、早く、その・・・・・・あなたが思い
出しているようなことも、したいと・・・すぐに考えてしまうもの」


「え・・・・・・」

 俯いた祥子さまの頬っぺたは、朱色の絵の具を落とした水面のように、じ
わじわと赤くなって。


 ひんやりとしていた手のひらが、今は少し汗ばんでいた。

「でも」

 何ともいえない、甘い沈黙を打ち破るかのように、祥子さまは言った。

「こういう時間も好きよ」

 赤くなってしまった頬のまま、それでも祥子さまは優しく微笑む。

「あなたと二人でお茶をするのも。お話をするのも」

 繋いだ手に力を込めて。反対の手で祐巳の頬を撫でて。瞳を三日月の形に
細めてみつめてくれた。


「私はあなたと二人で過ごす全ての時間が好きよ」

 ああ、きっと。

 今、祐巳の頬っぺたは、祥子さまに負けないくらい真っ赤になっているは
ずだ。

 それは、避暑地の夜を思い出してじゃない。目の前の祥子さまの微笑にく
らくらして。祥子さまの言葉に胸が高鳴って。ただ、大好きで真っ赤になっ
ちゃたんだ。


 そこまで考えてからやっと気が付いた。

 キスをすることも、抱きしめあうことも。それから肌を重ねることも。素
敵なことだと心から思う。

 でも、この甘く幸せな気持ちは、その行為だけがもたらしてくれたわけじ
ゃないんだ、きっと。

 紅茶を淹れてさし上げる時も。それから二人で、向かい合って穏やかにお
話をする時も。お互いを想い合う気持ちが心地よく胸に響くから、自然に笑
顔がこぼれてしまう。


 グラスの中の氷が、溶けて落ちる小さな音が聞こえる。

(そっか・・・)

 結局全部、大好きって気持ちに繋がっていくのか。

 祥子さまはそれに気付いていたから、祐巳の目にはいつもと変わらなく見
えたのだ。

 あまりにも簡単で、だけど大切なことを思いついて祥子さまへ視線を向け
ると、小さく一つ頷いてくれた。


「・・・・・・はい」

 頬に添えられた祥子さまの手に自分の手のひらを重ねると、何だか照れく
さくて声がかすれてしまったけれど。


 おでこをくっつけてみつめあうと、祥子さまがにっこりと笑うから。

「私も、お姉さまと過ごす時間の全部が好き」

 ただうれしくて、笑顔と一緒にそう零した。

 開け放った窓から、蝉の声と一緒にそよ風が入り込む。

 二人の笑い声がその風にさらわれても、みつめあって微笑むと、また笑い
声が零れ落ちた。


 まるで青空みたい。

 祥子さまの笑顔をみつめながらそんなことを考えると、いつまでも頬が緩
んでしまいそうだった。




                         END



                    あとがき   TEXTTOP

inserted by FC2 system