Paean of the love 6




 その表情は、可愛いんだけどな。

(もう読み終わったのかな?)

 ベッドの上、枕を背もたれにして座った祐巳の膝の上に寝そべって、祥子さま
は文庫本にかじりついていた。つい数秒前まで。

 それなのに、今は先ほどまで視線を落としていた文庫本を片手でおざなりに 
持ったまま、祐巳の脚に指先を滑らせたり、お腹のあたりに唇を寄せたり。飽き
っぽい子どもみたいに、祐巳の膝の上でごそごそと動き回る。


「もう眠たくなりました?」

 前髪を梳きながら、屈んで視線を合わせると、祥子さまは薄く笑って首を横に
振った。


(・・・・・・・・・)

 じんわりと背中に汗が流れたような気がした。

 最近の始まりはいつもこんな感じだ。じゃれあっているうちに祥子さまが本気
モードになる。別段何の問題もないのだけれど、祐巳としては何とも気恥ずかし
くなる。この、愛し合う直前の、祥子さまの甘えた仕草に。


「まだ眠たくないわ」

 そう言うと、祥子さまは少しだけ背伸びをして、祐巳の胸元に唇を寄せる。

「・・・・・・っ・・・」

 ほんの一瞬だけだけれど、布地ごしに唇で触れられた先端に、電気を流された
ような感覚が走る。その上。


「祐巳はもう眠たい?」

 何事もなかったように小首を傾げてそう尋ねる。微かに首を横に振ると、祥子
さまはまた、唇を寄せる。


 最初はゆっくりとした小雨のように、胸の麓や間に遠慮がちに口づけられる。
その合間合間に悪戯っ子のような笑顔を浮かべて、祥子さまはこちらを覗きこんだ。
恥ずかしいったらない。


 だって、明らかに祐巳の反応をうかがって楽しんでいるのだもの。

 全身に埋み火を焚きつけられているような感覚。だからといって、その肩を
押し返さなければいけないほど、それは嫌な感覚ではなくて。結局祐巳はあいま
いな表情を浮かべて、祥子さまの瞳を見返すしかできない。


「ぎゅっとして」

 胸の間に顔をうずめた祥子さまにねだられるまま、のろのろとその背中に腕を
回す。ゆっくりとさすってみせると、その動きに合わせるように、祥子さまは 
先端へ這わせた指先で、柔らかな円を描き始めた。


 上辺を掠めるように撫でおろして。軽く食い込ませるように撫で上げる。その
強さのまま指先が何度も弧を描く。祥子さまの吐息が、少しずつ上擦っていく。


 紙の束が床に落ちる軽い音がした。普段なら、祥子さまは書籍をひどく丁寧に
扱うのに。


 今の祥子さまはその音なんか気にも留めずに、祐巳のパジャマの釦に手をかけ
る。手間取ったりすることなどまったくない。滑らかな動きで祥子さまは上着を
取り払った。そのすぐ後に、祥子さまは祐巳の素肌に頬を寄せて、こちらを上目
遣いで覗きこんだ。


 その表情は、可愛いんだけどな。

 切れ長の瞳をあどけなくきらきらと光らせて。じゃれあいの延長のまま、うつ
伏せの体勢で両足を軽くばたつかせている。どこの幼稚園児だろう。


「一人だけこんな恰好でいるのは恥ずかしいんですけれど・・・」

 祥子さまがズボンの裾に手をかけたところで、たまらずそう呟いた。だってほ
ら。遊んでいるのか愛し合っているのかわからない状態で、もしも声なんて上げ
ちゃったりなんかしたら、とてつもなく恥ずかしい気がする。


 それなのに、祥子さまときたら、祐巳の言葉にぽかんとした表情を浮かべて 
小首をかしげた。


「祐巳が先なの」

「ええ?」

 もそもそと起き上がりながら、祥子さまはそっと祐巳の衣服すべてを取り去っ
ていく。


「はい、おしまい」

 脱がせ終わった祐巳のパジャマ上下セットプラスアルファを丁寧に畳み終える
と、祥子さまは満足げな表情でこちらへ向きなおった。駄目だ、やっぱり
ちっちゃな女の子にしか見えないよ。この行動。


「じゃ、じゃあ・・・今度こそお姉さまの番ですよ」

 ペタンと座り込んでいた祥子さまの肩を軽く押さえて、あおむけに寝かせると、
祥子さまは一瞬だけ目を見開いて、すぐににっこりと笑った。


「ちょ、お姉さまっ?」 

 何も身にまとっていない格好が悪かったのか、はたまた押し倒すような体勢が
よろしくなかったのか。祥子さまは祐巳がパジャマに手をかけている間中、お腹
をつついたり、脇腹をくすぐったりと、やりたい放題。


「ん・・・っ・・・」

下方から手のひらで小さな膨らみを押さえつけられると、鼻から抜けていくよう
な声が漏れた。


「可愛い、祐巳」

 だけど、祥子さまは相変わらずにこにこと笑っているだけで。祐巳の零す熱い
吐息をさらりと受け流す。わざと意地悪をしているのだろうか。そう思いかけて、
すぐにその考えを否定した。眼下の祥子さまはさっさとその唇を祐巳の胸元まで
寄せて、口づけようとしているところだった。


(・・・・・・赤ちゃん)

 そう、こんな時の祥子さまは基本的にただの甘えん坊さんなのだ。だけど、く
すぐったさに身をよじらせながら、祥子さまの衣服をすべて取り去る頃には、ず
いぶんと息が乱れてしまっていた。


「くすぐったい・・・」

 手にした衣服を畳もうかベッドの下に落そうか思案していたところで、後ろか
ら抱きしめられて、そう呟く。腕を撫で上げる指先も、耳朶に当たる吐息も、
背中を包む素肌の感触も。


「じゃあ、これは?」

 ぴったりと祐巳にくっついたまま、祥子さまが両脇を思いきりくすぐるから、
声をあげて笑ってしまう。逃れようとすればするほど、その手のひらは全身に
範囲を広げていく。振り返ってその手を抑え込もうとしたら、逆にシーツの上へ
仰向けに押さえつけられてしまった。


「っあ・・・・・・」

 両手を頭の上へ伸ばすような格好で押さえつけられて、反らせた状態の胸に
祥子さまは躊躇なく舌先で触れた。おまけに、少しばかり大きな声をあげて
しまったものだから、祥子さまは煽られたように、そこへきつく吸いついてくる。
こうなると、「赤ちゃんみたいで可愛いな」なんて言う穏やかな感想は浮かんで
こない。


 絡みついてくるみたいに、熱い舌が奔放にさざめく。その度に、呻き声のよう
な、泣き声のような甲高い自分の声が、どこか遠くから聞こえてくる。羞恥心を
遥かに追い越して、甘ったるい感情が胸の中で犇めいていた。


「も・・・っ、あんまり、見ないで・・・くださ、い」

 時折こちらをじっとみつめてくる祥子さまにそう抗議する。いつもそうお願い
する。だけどそれを叶えてくれたことは一度もない。乱れていく姿なんて、自分
では意識したくもないのに、祥子さまはその様子を観察するのが好きらしい。


「・・・・・・やめ・・・」

 両膝を掴まれて反射的に抗うと、祥子さまはより一層両腕に力を込めてそれを
阻害した。


「駄目。ちゃんと見せて」

「・・・・・・っ・・・」

 有無を言わせない態度で押さえつけられて、少しだけ涙が出た。祥子さまが嫌
なわけでは決してない。ただ、明け透けにそう言った体勢を取らされることに、
ひどく抵抗を覚えるだけなのに。その上。


「・・・私しかいないのだから、構わないでしょう」

 むっとした顔でそんなことを言われても。こんな場面に他人が同席していたら
大問題だ。


「祐巳、こっちにして」

 恥ずかしさと、それを上回る心地よさにシーツを握りしめていたら、祥子さま
がその手を取って自分の背中へと回させた。


 いつもなら、なだめるように撫でさするその背中をきつく抱きしめながら顔を
上げると、祥子さまがゆっくりと唇をふさいだ。舌先も。腕も。脚もどちらのも
のかわからないくらいに絡まり合って、溶けだしてしまいそうだ。


 唇を離してみつめあうと、祥子さまが艶やかに微笑む。額から流れ落ちた汗の
粒が唇にまで到達して、尚更色づいて見える。だけど。


(すぐに甘えん坊さんの顔になるんだろうなぁ・・・)

 心地よさと幸福感の間でぼんやりとそんなことを考えながら何度もキスをした。
その合間に、きれいな瞳を盗み見ると、祥子さまと同じように甘えた表情の自分
がいて。やっぱりくすぐったくなった。それを見た祥子さまが、また笑う。

 もしかして。

 その表情が、可愛い。

 祥子さまもそんな風に思ってくれているのかな。

 そう思いついて、顔から火が噴き出そうになった。



                           END



 祥子さまは今日も絶好調。そんなお話(え)



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