Paean of the love 2




 すごく、すごく緊張する。

 向かい合って横になりながら、髪を撫でられて、頬っぺたに触れられて。
その心地よさにうっとりと目を閉じた。

 それなのに、祥子さまの吐息を間近に感じた途端、心臓が跳ね上がっちゃ
ったみたいに息苦しくなる。


「・・・どうしたの」

「へっ?」

 近づけていた顔をほんの少しだけ離すと、祥子さまは困ったような声を上
げた。


「顔、強張っているもの」

 そう言われて祥子さまを見返すと、確かに緊張しきった自分の顔が黒曜石
の瞳に映し出されていた。


「こういう場合は、どうしたらいいのかしら」

 苦笑いのように眉を下げて、祥子さまはもう一度祐巳の頬っぺたを撫でて
くれた。


 もう、衣服は何も身にまとっていない。強く抱きしめあって、何度もキス
をして。みつめあった瞳はこんなにもお互いを求めている。それなのに、そ
の相手がガチンガチンに固まってしまった場合はどうすれば良いのか。祥子
さまはそう言いたいのだろう。


「だ、だいじょうぶ・・・です」

 冷静に考えれば、何とも失礼な言い草である。だけど、祥子さまを受け入
れたいと思う気持ちの説明と、相反する自分の反応への言い訳を一度に考え
られるほど、祐巳の頭は高性能ではないのだ。首を振って、触れられるのが
嫌ではないことを示すだけで精一杯だった。


「それなら、良かったわ」

 あからさまにほっとした様子を見せる祥子さまに、心底申し訳ない気持ち
になる。こんな風に、ある種まどろっこしいくらいのやり取りを繰り返した
のは一度や二度じゃない。その度に祥子さまを不安にさせているのかと思う
と、申し訳ない気持ちでいっぱいになるのだった。


「・・・大丈夫。怖くなんてないわ」

 自分の不甲斐なさに落ち込んでいると、祥子さまが覆いかぶさるように抱
きしめてくれながらそう言ってくれた。きっと、祐巳が行為に対する不安の
ために、沈んだ表情を浮かべていると思ったのだろう。祐巳の背中とシーツ
の間に滑り込んだ腕は、どこまでも優しかった。


 耳元に祥子さまの穏やかな呼吸を感じる。後れ毛を啄ばみながら、耳の輪
郭を唇で丁寧になぞられる。右側にも、左側にも、同じようにキスの雨を降
らせながら、祥子さまは時折、喉の奥で唸るような甘い声を漏らした。


 くすぐったくて、だけど止めて欲しくなくて。躊躇いながら祥子さまの背
中に腕をまわす。ぴったりとくっついた胸や、背中に置いた手のひらに、祥
子さまの規則正しい心音が触れると、暖かな気持ちと、泣きたくなるような
切なさが喉の奥をぎゅっと押さえた。


 おとがいから喉元へ、喉元から首筋へ向かって柔らかな唇が滑っていく。
もう、充分に寒い季節なのに、祥子さまの唇は荒れたりなんてしないんだろ
うな。ぼんやりとそんなことを考える。それから、愛し合っている最中でも、
そういうくだらないことだけは考えられる自分に思わず笑ってしまった。


「・・・くすぐったい?」

 口元を押さえながら肩を震わせると、祥子さまは少し身体を離してそう聞
いた。首を横に振ってから、くすぐったいのは嘘ではないことに気がついて、
慌てて何度も頷いて見せた。


「変な子ね」

 上下左右に首を振りながら、それでもくすくすと笑う祐巳の様子に、祥子
さまは少しだけ唇を尖らせてから、安心したように笑った。


 背中にまわされた腕が、祐巳の身体をさっきまでよりもずっと強く抱きし
める。今度は祐巳もしっかりと祥子さまの背中にまわした腕に力を込めた。


 ぎゅっと強く抱きしめあいながらふわふわと優しいキスを交わすと、先程
までの緊張が遠く霞んでしまうくらいに、つま先まで痺れていく。


「・・・ふぇ・・・っ・・・」

 祥子さまの手のひらが胸の縁に這わされて、中心へと向かって舌先が滑っ
ていくと、思わず間抜けな声を上げてしまった。だけど、暖かく濡れた舌と、
柔らかな唇の感触は祐巳が声をかみ締めるたびに強くなっていくみたいだ。


 両足の踝を擦り合わせながら、じっとその感触に耐える。嫌なわけでは決
してない。ただ、昂ぶっていく呼吸が堪らなく恥ずかしいだけ。


 心地いいということを、どう表現したらいいのか、わからなかった。

「祐巳」

 おへその辺りから、祥子さまが祐巳を呼んだ。ぼんやりと目を開くと、何
だか泣いた後のように視界がきらきらと輝いていた。


 だからなのかな。こちらをみつめる祥子さまの瞳まできらきら輝いて見える。

「・・・声、我慢しないで」

「え・・・」

 祐巳と目が合うと、祥子さまは切ないような声でそう言った。

 そんなことを言われたのは初めてだった。肌を重ねたのは数えるほどだけ
れど。祐巳が声をかみ殺したり、口元を手で覆ったりしても、祥子さまは何
も言わなかった。その度に優しく微笑んで、柔らかな声で祐巳を宥めてくれ
たのだ。


 戸惑いながら視線を泳がせてしまうと、祥子さまは一層切なげな声で続けた。

「それとも、私がしていることは、祐巳にとってはじっと我慢しないといけ
ないようなことなの」


「そんなこと・・・」

 そんなこと、絶対にない。そう言おうと顔を上げた祐巳の目に、苦しそう
な表情の祥子さまが映ったから、そこから先の言葉は声にならなかった。


 抱きあう度に、ただぎゅっと耐えるような表情をされれば、祥子さまでも
不安になるのかもしれない。そう思えるくらい、祥子さまの表情は真剣だった。


「あなたが嫌だと思うようなことはしたくないの。だから、心地いいと感じ
ているのなら、それを私にも教えて頂戴」


 恥ずかしかった。すごく、いやらしいことだと思った。だけど、真摯にそ
う告げる祥子さまの瞳は、涙に濡れた祐巳の目のせいだけではなく、きらき
らと輝いている。ただ純粋に祐巳の気持ちを知りたいと思っているのだと、
きちんと納得できるくらいに、それは美しい表情だった。


「・・・・・・はい・・・」

 掠れてしまって消え入りそうな声だったけれど、それと同時に小さく頷く
と、祥子さまはほっと表情を緩めた。


 おへその周りを唇で探索しながら、指先が脚の付け根をゆっくりと撫で上
げる。腿の外側にいくつもキスを落としてから、祥子さまは祐巳の膝に手を
添えた。


「ひゃ・・・」

 膝の内側に何度もキスをしながら、祥子さまはそこへ添わせた両手に徐々
に力を加えていく。それが一体どういうことなのかくらい反応の鈍い祐巳に
だってわかる。


「・・・嫌?」

「ち、ちがいます・・・けど・・・」

 これはもう、祥子さまへの気持ちの問題ではない。ううん、大好きな人の
前だからこそかもしれない。


 大好きな祥子さまの目に、そこを晒してしまうことを考えただけで、胸の
奥がぎゅうっと締め付けられていくみたいだ。


 だけど、頑なにそれを拒むことは憚られて、力が抜けるようにふっと大き
なため息をついた。


 祥子さまも無理矢理に力を込めるようなことは決してしなかった。膝から
腿にむかって、指先と唇で何度も優しく撫でてくれた。甘えるように、腿の
内側に頬っぺたをすり寄せられると、恥ずかしさと一緒に、甘くて優しい気
持ちが胸から溢れてくるみたいだった。


 手探りで愛しい人を求めると、祥子さまはその手をぎゅっと握ってくれた。
指と指を絡ませて、強く強く握り締める。


 繋いだ手をそのままに、祥子さまは身体を起こして祐巳の額にかかった髪
をそっと梳く。それから、額にも、頬にも、鼻先にも、柔らかなキスをたく
さんくれた。祐巳も同じように目の前のお顔にキスを返したけれど、祥子さ
まみたいに自然にはできなくて。鼻先をぶつけてしまったり、頬っぺたに届
かなかったり。それなのに、祥子さまはくすくすとうれしそうに笑ってくれた。


 子猫みたいにお互いをくすぐりあって、素肌に手のひらや唇を滑らせると、
軽やかに心臓が高鳴る。祥子さまの笑い声が前髪をくすぐると、泣きたくな
るぐらいに胸が甘く締め付けられた。


「・・・・・・っ、ぁ・・・」

 そんな風にじゃれあっていたからだろうか。気がつくと、祥子さまがゆっ
くりと祐巳の中に入り込んでいた。シーツを握り締めた自分の指先に、痛い
ぐらいに力が入っていた。


 今、祥子さまと一つになっているんだ。

 祥子さまの細く白い指を感じるたびに、そう思う。そしてそれは、いつも
自分で思い出すよりもずっと、心地よいものだった。


 時折、祥子さまの長い髪が、祐巳の頬や肩に落ちて、くすぐったい。

 高みへと上っていく途中で、不意に目を開けると、祥子さまがじっとこち
らをみつめていた。


「・・・おねえさま・・・」

 祐巳と目が合うと、祥子さまはにっこりと笑って、頬にかかった髪を払っ
てくれた。その仕草に、急激に先程までの恥ずかしさが蘇って、思わず視線
を反らせた。


「祐巳」

 だって。今、きっと自分はすごく淫らな表情を浮かべていたはずだ。祥子
さまにみつめられながら、そんな表情を浮かべている自分こそが、堪らなく
いやらしい人間のような気がして、反らせた視線と一緒に、自分の顔を手の
甲で覆った。


 目の前の祥子さまのことじゃなく、気持ちよくなることだけを考えてしま
いそうで、嫌だった。そしてそれは、一人ぼっちで悦びの高みへと上ってい
くことのようで、怖かった。


「・・・だいじょうぶだから」

 それなのに、祥子さまは祐巳を気遣うように、静かな声で囁いた。

「私を見て」

 手のひらにそっとキスをされて、おずおずと顔から外すと、祥子さまが優
しげに目を細めてこちらをみつめていた。


「私はここにいるわ。あなたを放り出してどこかへいったりなんてしないから、
そんな顔しなくてもいいのよ」


 噛んで含ませるように優しく、だけどはっきりとそう言ってから、祥子さ
まは顔を覆っていた祐巳の手を取ると、重ね合わせるように強く握ってくれた。


 恥ずかしくないわけがない。胸がかき乱されないわけがない。

 だけど、目の前の薄い肩から背中へと腕を回してぎゅっとしがみつくと、
祥子さまの身体の確かな感触が祐巳を包み込んでくれた。


「おねえさま」

 うわ言のようにそう呼びかけると、祥子さまも繋いで手に力を込めて応え
てくれた。


 幸せだって、心から思った。

 小さな胸ではおさまりきらなくて、涙が零れてしまうくらい。

 祥子さまでいっぱいになっていく自分の身体が、愛しいと思えるくらい。

 本当に、幸せだった。


                            


「何だか、私ばかりがあなたを求めているみたい」

 呼吸を落ち着かせようとあたふたしている祐巳にシーツをかけてくれると、
祥子さまはそうぼやいて、隣にうつぶせた。


「え、え、っと・・・そんなことは・・・」

 はっきりいって、今のこの状態をもし誰かに見られているとしたら、祐巳
の方が祥子さまにメロメロになっちゃっているのは一目瞭然だと思うのだけ
れども。


「・・・・・・きれいだったわ」

「へ?」

「すごくきれいだから、視線を外すこともできないし。そうすると、すごく
ドキドキして、あなたのことしか考えられなくなるもの」


 それは人違いではないでしょうか。およそ自分を形容している言葉とは程
遠いことばかりを言われて、祐巳は目を回すしかできなかったけれど。祥子
さまの真剣な表情からするに、本気で言っているようだった。


(も、もしかして、祥子さまってば実は聖さまと同じような・・・えっと・・・タラシ?)

 どちらにも失礼なことを考えながら、真っ赤になってみつめ返すと、祥子
さまはまた、薄紅色の唇を開いた。


「これ以上あなたに夢中になってしまったら、どうしてくれるの」

「へ、え?あう・・・」

 拗ねたような表情で、無茶苦茶なことを言っている祥子さまに、もはや明
瞭な言葉を返すことすらできそうにない。いつからこんなに自然なくどき文
句が口をついて出るようになっちゃったのだろう、祥子さまは。


「百面相。よく回る目玉ね」

「うっ」

 よく見れば、うろたえている祐巳を眺める祥子さまは、さっきから必死に
笑いをかみ殺している。どうやら、やっぱりからかい半分だったらしい。


「うーっ」

 からかわれていたことにやっとこさ気がついた祐巳は、子狸の面目躍如と
ばかりに、きろりと祥子さまを睨みつけて、逆毛を立ててみせるけれども、
まったくと言っていいほどに迫力がないらしい。逆に祥子さまの更なる笑い
を誘ってしまった。


 だけど、祥子さまはひとしきり笑うと、すっと表情を変えた。

「?」

 不機嫌になったわけでも、怒っているわけでもない。ただ静かな表情をして、
祐巳と目が合うと、柔かく目を細めた。


「好きよ」

 まどろむようにそう言って、祥子さまはそのままゆっくりと瞳を閉じる。

 ―――好きよ。

 唐突な言葉に、それでも今度は慌てふためいたりしなかった。

 祥子さまの凛とした声が、温もりとなって全身を巡る。その穏やかな感覚に、
祐巳もそっと目を閉じて、目の前の美しい人に唇を寄せた。


 ―――私も、祥子さまが大好きです。

 触れ合った場所から伝わりますようにと願いを込めて。



                          END



 祥子さま攻め(?)バージョンも、というお言葉を頂いたので、調子に乗って書いちゃいました。うふふー(マテ)
 結果的に今回も祐巳ちゃん頑張る編、のようになってしまった気もしますが・・・。
 そんなこんなでごきげんよう。



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