Lovers 4



『はるかはそう言うことしか考えていないの』

 だって、仕方ないじゃない。どうしても考えてしまうんだから。

(・・・でも)

 あんなにむきになっちゃったのは、それが正解だったからだけじゃないんだ。

 素肌のままになることには、もちろんまだ戸惑うけれど。その姿で重なり合うと素
直に心地よい。一度だけなんて、足りるわけない。でもそれって、ただ単に身体が気
持ちいいからだけじゃないのに。


 くっついた身体と同じように、心も溶けて混ざり合って、一つになったみたい。

 言葉じゃもどかしい位の大好きだよって気持ちが、みちると一つになっていく。だ
から、心地よくて愛おしい。


(身体だけじゃないのに・・・)

 はるかの普段からの立ち居振る舞い言動全てに、そう誤解させてしまう要因がある
のかもしれないけど。そんな風に言われるのは心外だった。


 けれど、そんな風に思わせちゃったんだって、後から考えると、やっぱり心苦しい。

(あー・・・でも。可愛かったなぁ・・・)

 しゅんと項垂れそうになったところで、その後の彼女の姿を思い出すと、途端に顔
がにやつく。駄目だ。反省って何でこんなに長続きしないんだろ。


 ポケットに手を突っ込んで、ビルの壁に背をもたれさせたまま、はるかはぐちゃぐ
ちゃになった思考に疲れ果ててため息をついた。日が長くなって久しいけれど、そろ
そろ茜色の空が夕闇に霞みかける時間だった。


「はるか?」

 その空をぼんやり眺めていたら、ビルの入口あたりから呼びかけられて、顔を横に
向けた。


「・・・何してるの?」

 視線の先には、ヴァイオリンケースを抱えてこちらを眺めている女の子。

「お姫様のお迎えに来た」

「・・・・・・」

 はるかが待ちわびていたその子は、怪訝そうに立ち尽くしたままだ。

(・・・まだ、怒ってるのかな)

 険しい表情を向けられているわけじゃないけど。いつもなら、こんな風に迎えに来
たはるかに、みちるはうれしそうに笑いかけてくれるのに。今日は何だか言葉を探し
ているみたいに、小さく俯いて時折ちらりと視線をこちらへ向けるだけ。


(まあ、気まずいのかもしれないけど)

 結構言い合ったような気もするし。おまけにはるかは逆ギレ。でも簡単に「ごめん」
なんて言えない。


 口先だけでそんなこと言ったって。みちるのことばかり考えちゃうのは改められそ
うにもない。・・・その他については謝れよって感じだけど。でもそれはもはや性と
いうより業に近い。別の意味で改められない気がするから、やっぱり謝らない。反省
はしてるけど。変な所ではるかは意地っ張りだった。


「・・・そう言うことばっか考えてないってこと、ちゃんと分かってもらおうと思って」

 それなのに、どうにかご機嫌とれないかななんて考えているのは、かなり滑稽じゃ
なかろうか。


「何、それ」

 案の定、彼女はますます訝しがってそう尋ねる。縮まらないままの距離がもどかし
くて、焦れたはるかが歩み寄るまで、その場に立ち止まったままだ。


 ポケットに突っこんだままの手を伸ばせば届く程に近づいて見下ろすと、「ああ、
可愛いな」って自然にこみ上げてくる。頬っぺた撫でたりしたら怒られるだろうか。


「デートしよ」

 どうせなら、このままさらっちゃいたいな。さっきまでの反省をすっ飛ばしてそん
なことを考えながら、はるかは彼女に笑いかけた。


「・・・どこで何をするの?」

 もしかしたら、知らん顔されちゃうかも。一応そんな覚悟はしていたけれど、みち
るははるかの不安を裏切って、そう尋ねてくれた。


「・・・買い物したり。散歩したり、ドライブしたり。コーヒー飲んだり?」

 彼女が気まぐれを起こしてしまう前にと、急いで思いつく限りの言葉を並べたてる。
その様子がおかしかったのか、みちるは固かった表情をほころばせると、苦笑いする
みたいに眉を下げた。


「はるか、苦いの嫌いだって言って、飲みたがらないじゃない。コーヒー」

「そんなことないよ。朝はいっつもコーヒーだもん」

 砂糖二杯いれるけど。

「・・・そう」

 何をどう納得してくれたのかは分からないけれど、みちるは一つ息を吐くと、穏や
かな声を零して歩き始めた。


 隣に追いつくと、寄り添った彼女の腕がはるかの腕に絡まされる。ポケットから手
を出すと、腕を絡めたままそっと手のひらを重ねてくれた。


「学校じゃなかったらいいの?」

「・・・そういうわけじゃないけど」

 触れ合う感覚がうれしくて仕方がないのに、つい意地悪な言い方をしてしまうと、
当たり前だけど、みちるは困ったような顔をする。


 その表情がやっぱり可愛くて、手を繋いだまま屈みこんで唇を寄せてしまった。

 覗き込んだままみつめると、みちるはますます戸惑ったように瞳を揺らめかせていた。

「・・・学校じゃないよ」

 また拒否されるのが怖くて声がかすれちゃう。

「そうだけど・・・」

 けれど、みちるはその瞳と同じように、揺れて戸惑うような声でそれだけ呟く。

「誰も見てないと思うな」

 歩道の真ん中でひたすらべたべたしていたら、邪魔なことこの上ないのはこの際忘
れることにする。だって、道行くサラリーマンもカップルも、きっとそれぞれ忙しく
て、他にまで気をまわしてなんていられないでしょ。


「・・・だから、・・・そういうのとは違うの・・・」

 言いながら、みちるは繋いだ手に少しだけ力を込めた。汗ばんでいきそうなくらい、
熱くなっているのは、はるかの手のひらだろうか。それとも、彼女のものなのだろうか。


「・・・それで、どこへ行くの?」

 ぎゅっと手を繋いだまま、みちるが俯く。頬や耳元が色付いて行くように見えるの
は、霞んでいく夕日のせいだけなの。


「みちるはどこ行きたいの?」

 そのリーダーシップのなさが女性を疲れさせます。そんなフレーズが聞こえてきそ
うな返事をしてみる。いや、色々提示はしたと思うけど。


(だって、正直どこでもいいし・・・)

 どうでもいいのとは全く別。みちると一緒ならどこでも良いだけ。けれど、彼女か
ら「どこでもいいわ」なんてそっけない答えが返ってきたら少しへこむかも。自分勝
手に思いを巡らせながら、じっとみつめていたら、みちるは少しだけ考え込んでから
言った。


「・・・・・・海辺をドライブしたいわ。いつもの道で良いから」

 一緒にいられるのならばどこでもいい、なんて考えていたにもかかわらず、いつも
の道、と言われてはるかはかなり落胆した。


「いいけど。そのままご帰宅しちゃうとか?」

 学校帰りや、ちょっとした出先から彼女を家まで送り届ける際、はるかはよくその
道で車を走らせていた。ちょうどすぐ側に海の見えるその場所は少し遠回りになるけ
れど、彼女の好きな道だから、特に急いでいない時はいつもそこを通るようにしてい
た。でも、それじゃあ今日はまっすぐ家に帰るってことじゃないか。


「そうね」

 落ち込むはるかにトドメを刺すかのように、みちるはそれを肯定した。

「・・・・・・コーヒー飲めないじゃん」

 悪あがきだと言われてもいい。別にそれが飲みたくて堪らないわけじゃない。けれ
ど、このまま帰らせちゃうのが嫌で、はるかはぶすっと不貞腐れそうになりながらも、
そう食い下がった。


 仲直りしに来たんだろ。

 拗ねて黙り込みそうになる自分にそう言い聞かせても、離れるのなんて嫌でたまら
なくて唇が尖っていく。夕焼けがどんどん霞んで、もう夜になっちゃうよ。


「・・・じゃあ」

 ついに立ち止まってしまったら、隣のみちるがこちらを仰ぎ見るのを感じて、わざ
と視線を上へ向けてそらしてしまう

 ちょっとしんどいかもしれないけど。みちるが言うなら我慢するから、帰らないでよ。

 できなくってもいいから、側にいてよ。


 一人そんなことを考えながら見上げたら、茜色の沈んだ空が夜色に輝きながら、二人の
元へも降りてくるのがわかった。


「それなら」

 そっぽ向いたままのはるかの腕にみちるが頬を押し付ける感触がした。視線を戻す
と、すれ違う人の中で、相変わらず彼女の瞳は揺れていたけれど。夕日が消えてもま
だ赤く色づいたままの目元が、優しく弧を描いていた。


「明日の朝は、私が淹れてあげるわ」



                            END



 はるかさんよりもみちるさんの脳内の方が大変なことになっていたと思(蹴)



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