4.その笑顔に恋をした。



「そうして二匹はいつまでも、幸せに暮らしました。めでたしめでたし」

「・・・・・・・・・・・・は!・・・」

 みちるが絵本を閉じる音で目が覚める。うわ、涎垂れてるよ。

(・・・これじゃ、いつもと変わんないじゃん!)

 せっかくみちるが泊りに来てくれたのに。

『私をさらって。オオカミさん』

 あんな殺し文句をぶつけられたのに。

「はるか、このお話好きね。この前も読んだわ」

「・・・・・・」

 何でこんなにいい子に、読み聞かせなんてしてもらってるのだ。

「まだ、眠たくないなら、もう一冊持ってきましょうか?」

 毛布を少しだけ上げて、みちるが起き上がろうとする。

「いい」

 それを慌てて引き止めると、彼女は目を丸くした。力が入り過ぎてしまったらしい。

「・・・眠たくないけど、まだ、眠りたくないから」

「そう?」

 穏やかな微笑みを浮かべながら、みちるはまた、静かに身体を横たえた。それを合
図にして、はるかは寝がえりを打つように、身体をみちるの方へ向けた。それを見た
みちるも同じようにする。寝転がったまま向かい合うと、いつもは上下差のある視線
が、同じ位置で重なった。


 毛布の中を手探りで進みながら、みちるの身体を抱き寄せると、洗いたての髪の匂
いに包まれる。はるかの背中を抱き返したみちるの手のひらが、いつもより温かい。


 額をくっつけあうと、みちるの瞳に吸い込まれそうだ。

 それに抗うことをあきらめて、鼻先に唇を寄せる。瞼に、目元に、頬にも同じよう
に、繰り返し唇を落としていく。


「くすぐったいわ」

 瞼に受けるキスに、目を瞑っていたみちるが、くすくす笑う。その笑い声まで独り
占めしたくなって唇に口付けた。


「ピアス、いっつも外して寝るんだね」

 唇だけじゃ足りなくて、いつかしたようにはるかはみちるの耳元へと手を伸ばした。

「髪が引っかかってもつれたら目も当てられないもの」

 耳元近くに、吐息交りの声が聞こえる。優しく鼓膜をゆすられて、その声が耳の中
で何度も反響しているみたいだ。


 遮るものがなくなった、耳朶に口付けると、胸の中が甘やかに痺れていく。

 みちるは、背中にまわした手に、ほんの少し力を込めたけど、範囲を広げながら降
り注ぐ、はるかの唇を拒んだりなんてしなかった。


 でも。

 その胸元に唇が到達すると、はるかは少しの躊躇の後、名残惜しくそこを離れた。

(・・・・・・だって)

 だって。そこでお終いなんだもん。肌が見えている場所は。

 くつくつと煮込まれていくような感情をもてあましながら、はるかは顔を上げてみ
ちるを見た。


「・・・・・・さらっても、何もしないのね。オオカミさんは」

「う」

 瞳を柔らかに細めたまま、みちるがそう囁く。言外に意気地なしと非難されている
ような気がしないでもない。


「・・・いや、だから・・・」

 だから。

「・・・・・・・・・」

 こんなまどろっこしい寝巻なんか引きはがしてやりたいし。

 遮るものなく、彼女を抱きしめられたらどんなに幸せかって思う。

 でも。

 どうやって言えばいいわけ。

 言ったとして、嫌がられちゃったらどうするの。

 黙り込んだはるかの様子をしばらく眺めていたみちるがくすりと笑う。

「私、あなたが弱虫で泣き虫で毛虫なのは知っていたけれど・・・」

 待て、・・・僕は虫じゃない。

 ベッドライトの光の中で、みちるが微かに首をかしげて見せる。なんで彼女はこん
なに落ち着いているんだろう。もしかして、一人で勝手に空回りしているのだろうか。


「・・・・・・だからさ」

 穏やかな様子を眺めていると、何だか腹立たしくなる。

「僕はみちるの全部に触りたいし。見たいし。服なんて邪魔で仕方ないよ。でもそれ
って、みちるが嫌がってたらできないじゃない」


 腹立ち紛れに、だけど早口でそうまくしたてる。言ったすぐ傍から、全部をみちる
のせいにしているかのような自分の口草に呆れ果ててしまった。


「あら。私のせいなの」

 案の定、みちるからは至極まっとうなご指摘。

「・・・ごめんなさい。ちがいます」

 情けなさから素直に謝ってみる。その姿に向かい側のみちるは声をあげて笑った。

 弱虫で、泣き虫。多分その通りだ。それでもって臆病者。

 伝え方とか、そう言うことじゃない。

 触れたい、触れたい。大好きな彼女に。

 でも、気持ちのままに彼女を抱きしめたとして。

 もしも嫌われちゃったらどうしよう。

 そんなことばっかり考えてるんだ。

「・・・私も、あなたの全てに触れたいし、みつめていたいわ」

 不意に、みちるが言った。

「嫌いになった?」

 重ねてそう問いかけられると、はるかは目を丸くするしかなかった。目の前のみち
るがそんなことを考えていたなんて、思ってもみなかった。でも。


「・・・ううん。・・・何か、恥ずかしいけど・・・みちるが言うなら・・・」

 そりゃ、実際は口で言うより何倍も恥ずかしがったりするかもしれないけれど。嫌
いになんてなったりしない。大好きな子が、同じように大好きって気持ちで抱きしめ
てくれるのなら、こんなにも幸せなことはない。


(ん?)

 そこまで考えたところで、やっと気がついた。

「・・・・・・」

 これは、誘導尋問だ。

「ほら」

 はるかから引き出した返答に満足したと言わんばかりの笑顔で、みちるがこちらを
覗き込む。


 頭をなでるように、はるかを抱き寄せながら、彼女は囁いた。

「だから大丈夫。嫌いになんてならないわ」

 間近でみつめたら、頬が赤くなっていることに気が付いて。それからはるかを抱き
しめる指先も、少しだけ震えていた。でも、みちるはじっとはるかをみつめてた。安
心させるみたいな笑顔のままで。


 可愛い笑顔だなって思った。


                             


 遮光カーテンを取りつけとけばよかった。まどろむ頭の中でそんなことを考えてし
まうくらい、明るい日差し。その日差しが、不意に柔らかなものになったのを感じて、
はるかは閉じていた目を少しだけ開けた。


「・・・おはよう」

 ぼんやりとした視界の中に映っている彼女がそう告げる。

 徐々にその姿がはっきりとしていくと、みちるが何も身につけていないまま、上半
身を起こしているのがわかって、頬が熱くなる。


 はるかの反応に、みちるはすぐに頬を染めたけれど。しばらくすると、赤い頬のま
まではにかんで、こちらへ唇を寄せた。


「ね、嫌いになんて、なっていないでしょう?」

 軽く触れるだけのキスの後、鼻先が触れちゃいそうな距離のまま、みちるがそう言
った。きれいな瞳が笑っていた。


「はるかは?」

 頷いて見せると、みちるは指先ではるかの首筋をそっと撫でた。少しだけ熱を持っ
て、鈍く脈打つそこには、きっと、肌のいたるところにつけられたのと同じ赤い跡が
付いているはずだった。


 笑っていた瞳が少し不安そうに揺れるのを眺めながら、愛しさがあふれてくるのを
止められなくなって。その唇にそっと口付けた。


「もっと好きになったみたいだ」



                             END



 前回よりもさらにおバカな展開に・・・!!すみませんすみま(蹴)



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