あいをこめてはなたばを〜その後〜




「よく、一人だけで整理したわね」

 乱れてしまった髪をそのままに、祥子さまはそう言ってため息をついた。
 軽自動車に積みこんだ荷物は、きれいに降ろされて、元あった場所へと納められていた。

「・・・少しずつ、整理していたので」

 祐巳がそう返すと、祥子さまはますます目元を釣り上げた。

「ふぅん」

「・・・・・・・・・」

 怖い。
 本当に怒っている時、祥子さまは大きな声を上げたり、物に当たったりというわかりやすい
アピールをしない。むしろ感情を抑えて、見透かすような視線をこちらに投げかけるのだった。

「あの・・・お茶、淹れますね・・・」

 その視線から逃れるように立ち上がりながらそう告げたけれど、祥子さまは逃がしてくれなかった。

「きゃ・・・っ?」

 立ちあがりかけた腕を下から掴まれて、強い力で引き寄せられると、祐巳は祥子さまの膝の
上に乗せられてしまう。

「・・・・・・ん・・・・・・・っ・・・・・・・」

 目を見開いたまま、呆然としている祐巳に、祥子さまは力任せに唇を重ねた。

「・・・ふぁ・・・・・・・」

「・・・・・・こんな風にキスしてる時も、出ていくことを考えていたってことね」

 鼻先をこすり合わせるような距離で、相変わらず祐巳をにらみつけながら、祥子さまは吐き捨てるように言った。

「・・・・・・・・・」

 もちろん、返答なんてできるわけがない。少しずつ、荷物をかたずけるというのは、つまると
ころ、素知らぬ顔で普通に生活していたということに違いないからだ。

「・・・・・・こういうこと、している時も・・・・・・?」

 祐巳の首筋に唇を這わせながら、祥子さまは祐巳の腿を撫で上げて、そう呟いた。

「そんなこと・・・」

 じりじりと素肌をなでる指先に、喉が焼けついてしまうような感覚を覚えながら、ぼそぼそと
言い訳を考える。
 最中には、ないと思う。
 というより、そんな余裕がない。
 祥子さまの吐息や、微笑みや、指先に翻弄されて、それ以外のことを考えられない。

 ただ、その後に。温かい腕に抱きしめられながら、ふと思い出して、胸が苦しくなってしまったのは、
一度や二度じゃなかったと思う。

「・・・・・・だって、約束、だった・・・から・・・」

 唇に到達した指先が、祐巳から言葉を引き出そうとするかのように、何度もそこを撫でるから、 
追い立てられるようにそれだけ答えた。

 だけど、祐巳の言葉を聞いた瞬間、祥子さまは爆発した。

「それなら!」

「っ!?」

 一瞬のことで、すぐにはわからなかった。さっきまで、目の前にあった祥子さまの顔が、
今はすぐ耳の横にあって。全身が痛いぐらいの力で抱きしめられていた。

「・・・・・・それなら、約束して」

「え・・・?」

 耳元に聞こえてくる声は、全身を包む力からは想像もできないくらいに弱弱しくて。微かに震えているようで。
まるで、泣いているみたいだ。

「もうどこにも行かないって・・・・・・ずっと、側にいてくれるって・・・約束して」

「・・・・・・・・・っ」

 囁かれた耳元から、全身めがけて、朱色が駆け抜けていく。

(さ、祥子さまってば・・・)

 言っている本人は、真剣なのだろうけれど。まったく、気が付いていないのだろうけれど。

 こんなこと、祥子さまに真顔で言われちゃったら、祐巳でなくとも頷いちゃうと思う。

 頭がよくって、ものすごく美人で。その上中身も完璧で。

「・・・・・・駄目?」

 祐巳が呆気にとられていると、祥子さまは不安になったのか、覗き込むような上目遣いで
そんなことを尋ねてくる。

 見つめ返した祥子さまの瞳は、その心と同じく、まっさらに澄んでいた。

「そんなこと、ないです・・・」

   頭がよくって、ものすごく美人で。その上中身も完璧で。少しだけ甘えん坊。時々怒りんぼ
うで。きれいなとこも。祐巳を困らせるところも。その全てが好きで。

 こんな素敵な人、きっとどこにもいない。

 こんなにも素敵な人に、愛されているなんて、夢の続きでも想像できなかった。

「・・・・・・だったら、早くそう言ってくれればよかったのに」

 今度は少し、不貞腐れたような顔をして、祥子さまはまた唇を重ねた。

「あ、あの・・・祥子さま・・・?」

 唇を重ねたまま、ゆっくりと後ろに倒れていく祥子さまにつられて、祐巳もその上に倒れこんだ。

「しゃ、謝恩会には、ご出席されるんですよね?、ん・・・っ」

 その態勢のまま、脚を絡ませながら、より一層深く口づけてくる祥子さまに、祐巳はしどろもどろで
そう尋ねたけれど。

「するわよ。でも、18時開始だもの。あと、何時間あると思っているの」

 三時間くらいしかないです。

 喉元まで出かかった声は、祥子さまの舌によって押し返されてしまった。

「言ったでしょ?」

「ふぁ・・・ん・・・・・・?」

 髪の毛をかき乱されながら顔を上げると、祥子さまは濡れた唇で悪戯っぽく笑った。

「もう、離してあげないんだから」

 楽しそうな声に流されていくように目を閉じた。それから。

(せっかくきれいに着つけたのに・・・)

 夜は別の服を着て行くんだな、なんて。ぼんやりとそんなことを考えてしまった。

 暖かい腕の中で、祐巳の頭はすっかり溶かされてしまったようだった。



                                 END



 きっとこんなやり取りがあったに違いない―!なんてことを妄想しつつ、あいをこめてはなたばを。
お読みくださった皆様へ感謝をこめて。ではでは。



                                TOP
 

inserted by FC2 system