Paean of the love




 背中を向けたベッドの上、微かに聞こえてくる衣擦れの音にすら、
どうにかなってしまいそうだ。


「いつまでそうしているの」

「ひ、ひゃい!?」

 祥子さまに後ろから声をかけられて、思わず返事が裏返ってしまった。一
旦うろたえてしまうと、平常に戻るにはかなりの時間がかかるのだ。情けないと思う。


「・・・・・・祐巳、こっちを向いて」

 少し切なそうな声でそう呼ばれて、はっと顔を上げる。

「はい・・・」

 おずおずと振り返ると、声と同じように、祥子さまはほんの少しだけ眉を
寄せた切ない顔をしていた。


「えっと・・・お待たせしました・・・」

「本当よ」

 口の中でもごもごとそう言って頭を下げると、祥子さまは面白くなさそう
に短く答えて、つんと横を向いた。いつもは白くてすべすべの頬っぺたが、
今ははっきりと真っ赤に染まっていた。


「ごめんなさい」

 俯き加減で謝っても、祥子さまはこちらを向いてくれなかった。だけど、
熱くなった頬っぺたに心を込めて口付けると、白い腕がおずおずと祐巳の
背中を抱きしめてくれた。


 抱きしめられると、全身に祥子さまの素肌を感じて、くらくらと眩暈がする。

 祥子さまと肌を重ねるのは、初めてではないのに。

 視線で、音で、肌で、その事を認識させられるたびに、身体中の血液が
沸騰してしまいそうなくらい、全身が熱を帯びた。


 薄く霞んだ頭のまま、吸い寄せられるように祥子さまの首筋に口付ける。
むせ返りそうなくらい、甘い匂いがした。


 初めて抱き合った日は、初夏の風が素肌を優しくくすぐっていたけれど。
いつのまにか、肌に感じる空気は涼やかになっていた。


 毎日学校で会っているからだろうか、週末の度にどちらかの家へ行くよう
なことはない。運良く休みの日に逢うことができたとしても、祥子さまは積
極的に求めるようなことはなかった。二人で過ごす時間は、薔薇の館での茶
話会の延長に近い。ただ、椅子に座った距離ではなく、ベッドや窓際の絨毯
に腰掛けて、お互いの肩が触れ合う距離でそれぞれが思い思いのことを口に
する。時折目が合うと、祥子さまの唇が祐巳の頬に触れる。


 本当は、その勢いでも全然構わないのだけれど。

 祥子さまは何かの約束事のように、お泊りの時にしかそういった行為に及
ばない。それもたっぷりと時間をかけて、話の合間にみつめあったりキスを
したり、抱き合う事を念頭に置いて、充分にお互いの気持ちを高めながら夜
を待つのだった。


 だから、今日だってお昼ご飯の時からお邪魔しているのに、それぞれが
シャワーを浴びる頃には
22時を回っていた。

「・・・・・・ん」

 胸の間に唇を落とすと、祥子さまの腕がぴくりと動いて、すぐに縋りつく
ように祐巳の背中をぎゅっと抱きしめる。


「・・・い、嫌でしたか・・・?」

 祥子さまの反応に、びくびくと様子を窺ってしまう。本当はもっとスマート
にできたら良いのだろうけれど。


「そんなわけないでしょう」

 苦笑いのような声を漏らしてから、祥子さまは背中へ回していた腕を動か
して、祐巳のくせっ毛を撫でてくれた。


 きっと、祥子さまはわかっているんだ。手馴れていない祐巳がいつまでも
うろたえている事を。だから、いつも時間をかけて、その緊張をほぐそうと
してくれている。つまるところ、抱き合うまでにこんなにも時間がかかるの
も、それからあまり積極的に回数を重ねようとしないのも、祐巳を気遣って
のことなのだった。


「嫌なことなんて、何もないわ」

 半身を起こして、祥子さまが祐巳の耳元で囁く。

 姉妹になったばかりの頃、祥子さまはいつも「お姉さまと呼びなさい」と
言っていた。お姉さまと呼んでもいいの。あなたにそう呼んで貰いたいの。
言葉だけじゃない、声で、視線で、全身で、そう伝えてくれた。


「大丈夫よ」

 もう一度、静かな吐息が鼓膜を揺さぶる。あの頃を思い出すような、それ
は優しい声だった。


 祥子さまの声に勇気付けられて、指先や、手のひらや唇を白い肌のいたる
ところに這わせていく。もちろん、祥子さまに心地よく思っていただきたい
気持ちはある。だけど、それよりも祥子さまに触れたい気持ちの方が先に溢
れて、ただその暖かい肌の上でじたばたとしているようにしか見えないとこ
ろが何ともいえないのだけれど。


 時折祥子さまの唇から、ため息や、微かな声が漏れるから、やっぱりちら
ちらとそのお顔を窺ってしまう。


 見上げるたびに、祥子さまは切なそうにしていたり、恥ずかしそうにして
いたり。だけど、祐巳と目が合うと困ったような、照れくさいような顔をし
て笑ってくれた。


「・・・・・・っ・・・!」

 胸の縁へ這わせていた唇を、その先端に押し当てて口に含むと、祥子さま
は大きく背中を仰け反らせた。


 本当はそんなことないのだろうけれど、口の中に甘い味が広がっていく気
がした。


 頭を優しく撫でてくれていた手のひらに、ほんの少し力が加えられる。そ
れでも引き剥がそうとはされなかったから、祐巳はゆっくりと目を閉じた。


 抱きしめられながらこうしていると、このまま祥子さまの中に入ってしま
いたくなる。入り込んだその中で、赤ちゃんのように丸くなってただ目を閉
じていたい。心の底からそう思う。


「祐巳は甘えん坊ね」

 いつまでも胸の中でそうしていると、祥子さまはやっぱり苦笑いのように
そう言って祐巳の背中をさすった。


(はわわ・・・本当に寝ちゃうところだった・・・!)

 跳ね起きるようにして顔を上げると、眉を下げて笑う祥子さまと目が合う。
呆れられちゃったかな、そう思いながら顔を赤くしていると、祥子さまは微
苦笑のまま唇に触れるだけのキスをくれた。


 胸の中で何かがぱちぱちと弾けていくようにくすぐったい。きっと、幸せ
な気持ちってこんな感覚なのだろう。


 細い手首を指先で撫でて、手の甲に口付ける。胸の真ん中からおへそまで、
何度もキスして折り返す。背中に頬っぺたをくっつけると、祥子さまはくすく
すと笑った。


 躊躇いがちに腿の内側に指を這わせると、祥子さまは微かに頷いてくれた
けれど。やっぱり怖くて、祐巳は指先をおへその横へ逃がしてしまった。


 そこに触れるのが嫌なわけでは決してない。だけど、その暖かな場所へ立
ち入ることは、祥子さまの生命そのものに触れることに他ならない気がして、
恐れ多い気持ちでいっぱいになるのだった。


 二度、三度と同じように指先を周辺で滑らせていると、突然祥子さまの手
が祐巳の腕を掴んだ。


「えっ・・・?」

 反射的に身体を後ろに引っ込めそうになると、祥子さまは更に強い力で祐
巳を引き寄せた。


「これは、意地悪をされているの?」

 みつめた先の祥子さまに瞳が、濡れて揺らめいている。

 思いっきり首を横に振って見せると、引き寄せられていた腕がそっと放さ
れて、祐巳はよろよろと元の位置に座り込んだ。


 喉がからからに渇いてしまいそうだ。

 細い膝の間に入り込むと、一瞬だけ挟み込まれるような圧迫感を感じたけ
れど、祐巳が息を呑む前に、その力はどこかへ抜きされれた。


 震えてしまう指先を伸ばしながら、ぎゅっと目を瞑る。

「・・・あ・・・」

 声を漏らしたのは、祐巳の方だった。

「・・・何?」

 祐巳の声に、祥子さまが不安そうにこちらを見上げたから、慌てて首を振った。

「・・・あの、何でもないんです・・・」

「?」

「・・・だから、その・・・・・・熱くて・・・」

 雰囲気も何もかもぶち壊しながらぼそぼそと言い訳をすると、祥子さまは
ぽかんとした顔をしたまま固まってしまった。だけど。


 挿しいれた指がひどく熱い。

 それは、焼けるような熱さじゃなくて。熟れて溶けてしまうような熱さだ
った。


「祐巳だって、そうでしょう」

 言ったっきり恥ずかしくなってまごついていると、祥子さまは呆れたよう
に笑って、祐巳を抱き寄せてくれた。


 際限なくその熱を求めて、指先が忙しなく祥子さまに縋る。

 仰け反る身体に押し上げられて、首筋にしがみつく。

 黒髪に指先を絡めながらみつめると、祥子さまは濡れた瞳のまま、はっき
りとみつめ返してくれた。


 美しかった。


                          


「・・・・・・本当に、嫌じゃなかったですか?」

 温かな胸に抱きしめられながら、祐巳はまた、同じ言葉を繰り返した。こ
ういうところがスマートさにかけるのだと、直後に気がついても仕方がない
のだ。


 案の定祥子さまは、聞き飽きたといった風に呆れた顔でこちらを眺める。

「ばかね」

 笑っているような、少しだけ怒っているような。そんな声で短くそう言っ
てから、祥子さまは祐巳の身体に指先を滑らせた。


「・・・ひゃ・・・」

 いつもは冷たい祥子さまの指は、今はとても温かい。

「嫌・・・?」

 祐巳の胸の膨らみをくすぐりながら、祥子さまがそっと囁く。

「そんなこと・・・」

 胸の間からお腹に滑っていく指先を取って、頬ずりをしながら首を横に振
った。


「嫌なことなんて何もないですから・・・祥子さまが好きだから、だから・
・・」


 触れられると、胸がドキドキして、息苦しくて。呼吸が速くなる。全身が
熱くて、立っていられないくらいに脚が震える。でもそれは、嫌だからじゃ
ない。


 大好きな祥子さまに触れられた心が喜んで震えている。だからこんな風に
なっちゃうんだ。


 そんな気持ちを込めてみつめると、祥子さまは何故だかおかしそうに吹き
だした。


「え?え?え?」

 困惑する祐巳を余所に、祥子さまはお腹を抑えながら笑いをかみ締めていた。

「お姉さま?」

 よくわからない反応におろおろしていると、祥子さまはふいに顔を上げて
じっと祐巳をみつめた。


「私も、同じ気持ちよ」

 きれいな瞳を優しく細めた祥子さまは、そう囁いて再び祐巳を抱きしめて
くれた。


 大好きだから。

 自分の言葉に、祥子さまの声が重なると、それは祐巳の耳の奥で何度も繰
り返し響いた。


 抱きしめられながら、愛し合えた人がこの人でよかったって、いつもと同
じように強く思う。


 お互いに赤く染まった頬っぺたをくっつけると、幸せが声になったみたい
に二人して笑った。


 真っ赤な頬っぺたの祥子さまがかわいくて。

 それから、祥子さまの瞳に映る自分もそうだったら良いなって、胸いっぱ
いに思ったのだった。




                         END




 あとがき(言い訳)

 ごきげんよう。いえ、秋も深くなって(残暑厳しいだろ!という突込みがー・・・)きましたので、
つい甘甘に逃れてしまうわけで・・・。(何)とりあえず小噺には長すぎるので、
TEXTに。。。でもこっそり・・・。そんなわけで、何はともあれ祥祐ラブ!ということで、ごきげんよう。



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