サンセット 4



(コンビニで待ち合わせとか・・・・・・ガキ・・・)

 わざわざそんなこと確認しなくとも充分にお子様な年齢のはるかは、それでもその
事実に落胆する。だったらどこで待ち合わせればスマートなのかと問われてもわかり
はしないんだけど。車で迎えに行ったり。待ち合わせた後にどこかへ食事に行ったり。
したくてもできないのだから仕方がないわけだけれども。夕暮れの中で無意味に明るい
電飾に目を細めながら、はるかはバイクにもたれて頭を掻いた。


(それに、別に遊びに行ったりするわけじゃないし・・・)

 お仕事の話をするのに、彼女を迎えに来ているだけ。そう自分に言い聞かせる。絵
画制作用のアトリエとして彼女が通っているビルの名前は知っていた。けれど、その
入口の真ん前でじっと待つ気にはなれなくて、近くのコンビニの駐車場でだらけている
だけ。


 待ち合わせの場所で延々と待ち続ける趣味なんてない。時折呼んでいる雑誌の発売
日だったから早く着いただけで。けれど、バイクにもたれて空を仰いでいる時間が過
ぎていくとともに、早く来すぎたと舌打ちした。そもそも待ち合わせ時間を、彼女の
予定している終了時刻に合わせたのが間違いだ。時間通りに終わるはずなんてないの
だから。


「・・・天王さん?」

 恨み言のようにそんなことを考えていると、店の入り口から出てきた人影に声を掛
けられた。


「ああ、・・・」

 店内から漏れる眩しい光のせいで顔が良く見えない。けれど、見えたからと言って、
さして変わりはない。その声に聞き覚えなんてない。それなのに、こちらへ向かって
くる女の子のことはわかった。


 むせ返るような甘ったるい臭いが、その足音と一緒に近づいてきたからだ。

「この間はどうも」

 すぐ側で立ち止まった人影は、はるかがそう告げるとはしゃいだような声を上げた。
こちらの返答を期待していないのか、それとも話していないと息が詰まるのか、彼女
は一方的に話しつづける。どうやらはるかの出場したレースの感想を聞かせてくれて
いるらしく、言葉を挟む代わりに頷いて見せると、その声が一層高くなる。


「また、差し入れ持って行ってもいい?」

 話が一段落したのか、彼女は少しの間の後でそう言った。それから、向かい合った
身体が、擦り寄るみたいにして一層はるかに近づいてくる。


『はるか、香水付けているの?』

 冗談じゃない。こんな甘ったるいだけの臭い。

「最近は受け取らないことにしてるんだ」

 大きく身をのけ反らす代わりにそう言うと、はるかの願いが通じたのか、目の前の
身体がぴたりと止まった。だけど、声までは止まらないらしい。どうしてとか、何で、
とか。それこそどうしてそんなことまで言わなきゃいけないのと即座に言い返したく
なるような文章を並べ立てている。


 よくしゃべる唇は、この前と同じように、グロスがべたべたと塗り付けられていて、
不自然な位に輝いていた。


「そういうの、気持ちまでは受け取れないって気がついたから、かな」

「じゃあ、この間のは?」

 ふいに腕を掴まれて、はるかは硬直した。それが思ったよりも強い力だったからで
はない。振り払って押しのけること位は簡単だ。事実、腕を掴まれた瞬間、反射的に
そうするところだった。


 それなのに、できなかったのは。

 その人影のむこう側に、みちるが歩いてくるのが見えたからだ。

 少しずつ、近づいてくる彼女は、こちらの様子が見えているのだろう。歩きながら、
不安そうにこちらを窺っていた。


『じゃあ、みちるは、僕が君の目の前で女の子に冷たくすれば満足なんだ』

 そうしてって言ってくれたらよかったのに。でも。

『・・・その間は、あなたのこと見ないようにすればいいだけだもの』

 優しい君は、そんなこと、きっと考えついたりもしないんだ。

 ―――僕のこと好きなんだろ。

 なのになんで、そんな不安そうな顔してこっち見てるんだよ。

 心配しなくったって、この子を傷つけて楽しむようなことなんてしないよ。

 だから、ちゃんと僕のことだけ考えてろよ。

「・・・応援してくれてありがと。それだけだよ」

 思いっきり突き飛ばす代わりに、いつかと同じようにその肩をそっと押す。今度こ
そ、彼女ははにかんだりせずに、はるかの気持ちをくみ取ってくれたらしい。


 驚いて、それから傷ついたような顔をして、最後に踵を返した。

 足早に駆け抜けていく後ろ姿と、こちらへ近づいてくるみちるが交差する。

 すれ違った人影に、みちるが僅かに視線を向けた。

「待ちくたびれたよ」

 それを遮るように声をかけると、彼女は慌てたようにこちらへ走り寄った。

「・・・・・・」

 一歩離れたような位置で立ち止まると、みちるは何か言いたげに眉をひそめてはる
かを見上げた。


(お小言が飛んでくるかな)

 先ほどの女の子が踵を返す間際に、うっすらと涙を浮かべていたのを思い出して、
そう身構える。


「・・・いつもしないことをするからよ」

 けれど、はるかの緊張に反して、彼女は呆れたような声でそう呟いた。

「何、それ」

「時間より前に来るなんて、しないでしょ」

 苦笑いのように、みちるがそう言う。眉を下げて、浮かべる表情を迷っているみた
いだ。


 もっと困れよ。

 手放しにそう願うことが憚られる位、瞳が優しく揺らめいている。

 その瞳に吸い込まれてしまう前に、はるかは彼女に背を向けて、バイクに鍵を差し
込んだ。


 跨ってエンジンをかけると、ランプがアスファルトに反射する。沈黙をかき消すよ
うにアクセルを回すと、派手な音が沸き上がる。


 後ろへ乗るように促そうと振り返ると、彼女は沸き上がる音と共に空へ消えていく
微かな揺らめきを眺めていた。


「・・・きれいね」

 そう言った彼女の頬が、白や赤や橙の光に照らされる。それを眺めながらヘルメッ
トを差し出すと、彼女はぼんやりとそれを受け取った。


 後部座席が、僅かに沈んで彼女がそこへ腰掛けたことを告げる。

 きちんとつかまっておかないと危ないと何度も言っているのに、みちるはいつもと
同じようにそっとはるかの背中に手を添わせた。


「あのさ・・・」

 何度言ったらわかるわけと声を上げようとしたら、シャツの背中が引っ張られるよ
うに感じて振り返った。


 ヘルメットを左手に持ったまま、彼女がこちらを見上げていた。

「・・・出発したいんですけど?」

 しっかりつかまるどころか何の用意もしていない彼女に顔をしかめてしまう。それ
なのに、そうされた彼女は悪びれる様子もなく、にっこりと笑った。


「この前のこと、まだ怒っているの?」

「は」

 思わず聞き返したけれど、彼女は微笑みを崩したりなんてしなかった。

(・・・ああ)

 図書館のことだろうかと思い当って、もう一度彼女をみつめ返すと、微笑む唇が少
しだけ困ったように震えている。


 それを見つけて、つられて笑った。

「忘れた」

 彼女の手からヘルメットを取り上げて、無造作に頭に被せる。

「・・・もう・・・」

 はるかの言葉になのか、ぶっきらぼうな振る舞いになのかわからない抗議の声を上
げた後、みちるはもう一度静かに笑い声を漏らした。


 その声が、エンジンの音と一緒に、空へ吸い込まれていく。

『・・・きれいね』

「・・・本当だ」

「え?」

 呟きを聞き返す声に、その手を引き寄せて応えた。



                             END



 こうして少しずつみちるさんの顔色を窺うようになっていっt(殴)



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